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    Traveler_Bone

    骨。

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    Traveler_Bone

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    波に揺られし、暗闇の船船が、揺れている。波が船に当たって、また戻ってを繰り返している。ここまで遠くまで来たのは初めてだろうか。辺りは暗闇に包まれていて、唯一視界を確保できるものが、たった一つの古びた魔素式照明であることが不安を煽る。

    「...じいさん、あとどれくらい遠くに行くんだ。まだまだ奥には行けるとは思うが、天候や海流、それに魔獣が来る可能性もある。ここらが一番だと思うぜ」

    このちっぽけな船の同席者である、"旅骨"と名乗った黒帽子の男が漕ぐのをやめ、そう告げる。今日は勘が危険だと叫んでいるがために、万が一を考えて「旅する魔術師」とやらに護衛と船漕ぎの依頼をしたのだが、その結果は予想を超えるほど優秀であった。『ここらで止めておこうか』、と伝えると、彼は持っていた錨を深淵の底へと下ろし、「準備完了だ」とだけ呟いた。

    「...しかし、海で釣りをするとは珍しいな。普通は大きい船に乗って魔法で釣り上げると聞くが、小さな船で釣竿を使うなんてな。普段からこうしているのか」

    『ああ、そうだね』、と言えば、その男は不敵な笑みを浮かべ船に寄りかかった。ギィ、とだけ音を響かせれば、その目線は私の持っている釣竿へと注がれた。
    確かに、こうして海で釣りをすることはかなり珍しい。いつ襲われるか予測できない上に、効率という面でも良い点は一つもない。しかし、釣りの魅力というのはそこだけではないと私は思う。ただ、静かに波に揺られながら、冷たい空気に触れ、陸では味わえぬ雰囲気を楽しみながら釣糸を垂らすというのも、釣りの醍醐味の一つと言えるだろう。

    「...」

    男は何も言うこともなく、静かに目を閉じ...その波の音に耳を傾けている。まだ若い彼も、もしかしたら理解者の一人なのかもしれない。そう思いながら、満天の星空を見上げる。今日は特に空気が澄んでいて、どの星もはっきりと見ることが出来る。体の老化故に、本当にはっきりと見えるわけではないが。

    「...じいさん、そろそろ来るぜ」

    そう男が告げると同時に、竿にぴくりと反応が来る。ただ者ではないなと思うと共にその竿をしっかりと握れば、強く糸を引かれる感覚がした。全身を使ってその獲物を逃がさんと糸を巻けば、少しずつ、少しずつそれが近づいていくのを感じた。あと少しだ、そう思った、刹那。

    「...邪魔だオラァ!!!」

    その男は何かが近づいてくると感じるや否や、声を張り上げ懐から槍を取り出し、その方向へ真っ直ぐに投げ飛ばした。ザシュッ!という音がした方向へと目を向ければ、そこには小さな赤い海が広がっていた。
    それと同時に釣り上げることの出来た魚は、傷一つついておらず、橙色に光る照明に照らされ、綺麗な鱗を見せた。

    「...大丈夫だったか?すまねえな、大声出しちまって」

    男はそう謝罪すると、槍についていたらしい糸を手繰り寄せると、深淵からゆっくりと大きなサメ...魔物を引きずり出した。巨体を持つそれは、小さな船だけでなく大きな船も襲うことがあり、巷ではかなり恐れられていた、通称"舟殺し"と呼ばれる存在だった。
    通常、このような存在は上の連中がやるはずなのだが、お金がないとほざいてそのまま無視をし続けていたせいで、仲間の中で魔獣の情報は常に共有しなければならない状況だった。倒そうにも、その圧倒的な速度と突進に特化した固い体で損傷が与えられず、返り討ちにされたという奴が何人いたか。高級食材だと報道する奴が現れたせいで、海に浮かぶ血はさらに増えることとなった。

    「危なかったな...もし仮に外していたら、どっちもお陀仏だったかもしれねえな」

    そいつは船からその化物を覗き込むと、その槍で化物をひょいと持ち上げた。一切傾くことのない船に困惑をしていると、その男はこちらへと顔を向けて言った。

    「...そういや、こいつは高級食材と言われてた...フェルンシャールって奴じゃないか、じいさん。どうせだ、捨てるより持って帰るか?」

    その時だけは、そいつの方がよっぽどの化け物のように見えた。今持ち上げられている魔獣はぴくりとも動くことはなく、完全に死んだということを伝えている。あの魔獣を、一撃で死に至らしめた。こいつが、死神と呼ばれていたのも納得だ。

    「うし、わかった。そんじゃ、しっかりと処理をしねぇとな...」

    その男は、槍を刺したまま化け物へ魔方陣を展開して...空間魔法でそれをどこかへと仕舞い込んだ。圧倒的な力を見せつけられ、呆然としている最中、そいつは槍を懐にまたいれると、船に寄りかかってまたゆっくりと揺られ始めた。

    「...」

    ふと自分の竿を見れば、その魚はすでに逃げてしまっていて、ただ何もない銀色の針が月光を美しく反射していた。釣り針にエサを付け、また釣糸を垂らす。
    魚が数匹釣れた頃には、空は夜明けを告げるように紫色へと変化していた。男はあれ以降一切動かなかったのに対し、ふと帽子を上げれば、その明るくなりつつある方向へと向いた。

    「...ああ、もうそんな時間か。そろそろ、戻るか?」

    同じようにしてその方向を見れば、ちょうど地平線から太陽が顔を出している時だった。海がその橙色を反射して、ほんの少しの霧がその景色に儚さを添えている。ああ、なんと美しい光景だろうか。なぜか、それを見ているだけで...生命の神秘を垣間見たような、そんな気分さえしてくる。不思議な、光景だ。

    「...そろそろ、戻るとしよう。そろそろお腹もすいてくる頃だ、さっきのサメやらを捌いてもらうとするか」

    男はそう呟くと、ゆっくりと、けれども力強く船を漕ぎ始める。その動きを見ながら、その力は決して若いからでは済まされない何かを秘めているのだろうと感じながら、しばらくは船に揺られることにした。

    船が、揺れている。ゆっくりと、優しく揺れている。眠れぬ者に、眠気を誘うように。
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