らくがき夜。依頼をせっせと片付け、研究も一区切りついたところで、旅骨が帰ってきたとの報告が届けられた。
「...ってぇ...やっぱり痛みってのは何度受けても薄まらねえもんだな...」
『まーたやってきたんですか...ほら、どこですか。昔みたいにすぐには治らないんですから、後々痛みますよ』
「本当の姿でありゃ痛みはないんだけどな...」
『いいから見せてください』
ぶつくさと言う旅骨を見て、ため息をつきながらも治癒魔法を準備する。人間から骸骨の種族へと変わってしまった今、超人的な回復や力は出せなくなってしまったそうだ。それでもなお、一般人よりかは力があるらしいが。
『...あー...これは脱臼してますね。本当に...どれだけ暴れたら気が済むんですか?』
「俺が暴れたくて暴れてるわけじゃねえよ...すーぐあいつら飛んできて遊ぼう遊ぼうって言ってくるから...っえ"っ!?おい、もうちょっと丁寧に治せないのかよ!というか脱臼してねえだろ!今ビリッと来たぞ!?」
『あなたにはこれくらい必要でしょうに...わざわざ治してる私の身にもなってください』
「なんでそんなめんどくさがるんだよ...」
今日も今日とて、あの世界で色々とやってきたらしい。あの生徒がどうだのこうだのと言い訳を連ねてはその顔が緩む。なんだかんだ、その生活が楽しいらしい。その愚痴話はいつの間にか自慢へと変わっていった。
「...それで、あいつはサーバーごとハッキングをだ...」
『せいっ』
「っぶねぇ!?何をし...いっだぁ!?」
『もうその話はいいですから』
「ひでえ...」
ちょっとだけ電気を流そうと魔法を放てば、流石にあっさりと避けられてしまった。仕方ないのでそのまま地面から氷で刺せば、少しだけかすったらしく悲鳴を上げた。最近は動きも鈍っているのか、よく魔法が通じる。
『怪我は治りましたか』
「治ったどころか増えたんだが」
『そうですか、それは良かったですね』
「無視してんじゃねえよ!」
そう叫ぶ彼を無視し、魔法で依頼の進捗を確認する。今日の依頼は少しだけ複雑らしい、中々終わらないと報告があった。少しだけ指示を飛ばすと、はいっと元気な返事が来て、そのまま通信が切れた。
『...それで、なんでそこで突っ立ってるんですか』
「...今日は散歩の日だろうが。お前こそなんで研究する気満々なんだよ」
『はー...そうですか、そうでしたね。今日は散歩の日でしたね。あーあ』
「キレるぞ」
わざとめんどくさそうに答えると、彼はため息をついて...突如、身体がぐいっと持ち上がる感覚がした。前をもう一度見直せば、そこには彼の顔と、天井が見えた。お姫様抱っこをされたらしい。こちらが何かを言うよりも早く、景色が変わっていく。
『あの、立っていけますから、さっさと降ろしてください』
「ご安心くださいお嬢様、私が守って差し上げます」
『...腹立つ...』
「お前が前にやったことだろ」
脱出するにもなんだか微妙に気持ちが上がらず、そのままぐたりと体全てを預ける。別に誰かに見られるという訳でもあるまい、このままでも大丈夫だろう。そうして彼にこてんと頭を傾ければ、ふん、とだけ返ってくる。
『...楽ですね』
「そうかい」
外はもうすでに人がおらず、明るい窓も一つもない。街灯だけが街を照らしていて、月光も雲にさえぎられて消えてしまっている。このまま不意をつかれたら、恐らく一発でノックアウトされてしまうだろう。まあ、彼がそんなことになるとはほぼほぼ思えないのだが。
「...なんか、お前を見てると...」
『私ですか』
「...あいつに似てんなあ、って思うよ。いつも昼寝しませんかって声かけてくる、赤紫のもっさもさ」
『...はあ。そんなですか』
「雰囲気が若干似てる」
『怠惰なところですか』
「んー、どうだろうな...」
『なんなんですかそれ』
誰もいない町で、ただ私と彼の話声だけが反響している。確か今日は、魔物が出たとか何とかですぐに帰るように促されていたんだったか。道理で人が誰もいないわけだ。となると、その魔物はこちらに来る可能性があるが。
「...ああ、そうだ」
『なんですか』
「...やっぱ忘れた。お前に言うほどでもねえわ」
『はあ...』
やがて、路地裏へと到着して、ゆっくりとこちらをおろした。特に何かがあるという訳でもないが、一体。
『何かありました?』
「...ちょっとここに用事があってな。来い」
そう手をくいっとしてから奥に進む彼を追うように進めば、少しずつ全体像が見えてきた。小屋が、まるで路地裏を塞ぐ壁のようにして作られている。そこをがちゃりと開ければ、その奥には一人。橙色の髪の毛をした男の子が、すやすやと寝ている。
『...拉致でもしたんですか』
「違う、散歩中に突然転移されて、ここに飛んだんだよ。起こすにも面倒だしさ...子供の扱いは得意じゃねえから」
『むしろ私よりも得意だと思いますよ。特に人懐っこいのは本当に』
そう話していると、むくりとその子供が起き上がった。少しだけ話しかけてみれば、どうやらここに秘密基地を作って遊んでいたらしい。しかし、ぼーっとして昼寝してしまったようだ。自分は大丈夫だとそう意気込んで、すぐさまそこから飛び出してどこかへと行ってしまった。追いかけようにも、どこに行ったのか探知でもわからない。魔物にでも捕まってなければいいのだが。
「かわいい子だったな、って顔してるな」
『思考当てるのへたくそすぎません?』
「違ったか...」
『一度も当たったことないじゃないですか、そもそも』
「そうだな」
『はあ...』
そう呟いて、彼が手からぽわっ、と光を灯した。転移して帰るらしい。それがじれったくて、即座に転移魔法で同時に帰った。