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    toketu_0212

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    toketu_0212

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    あるだん産もくめん軍パロ小説、これで堂々完結です。
    途中すごい迷走していて読みづらかったりつまらなかったりすると思うんですけど…良かったら最初と最後を読んでほしい。
    ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

    余所者の処遇〈更新6〉終目の前の相手は、兄弟喧嘩という言葉を皮切りにぼたぼたと血を吐き足元に大きな血溜まりを作っていく。
    それはまるで全身を呑み込んできそうな大きな化け物の口のようで、普段よりも敏感になっている感覚から本能的にコイツを相手にしてはダメだという危険信号が送られているのが分かる。
    今更逃げるなど降参など出来るわけがないというのに。

    「…なあ…さっきから感じてたんだけどさー……おまえ…吐血から羊くんの匂いがするんだけど」

    コイツと相対した時から感じていた違和感。
    それは相手から少し前に手合わせをした羊くんと似たような匂いがするというものだったが…今やっと理解した。匂いが確実に混ざっている。あの2人を俺に相手させた時よりももっと強く、混ざった匂いが。

    「ああ、分かる?…というかガイくんも面白い渾名を貰ったもんだね。取り込んだんだ。2人とも」

    正面で笑う相手の笑顔が悍ましい。
    取り込んだ、それは言葉通りの意味なのだろう。
    あの羊くんはコイツの中にいるのだ。理解したくもなかったが。

    「あ、デーモちゃんにはまだ会ってなかったよね。見せてあげよっか」

    その言葉に寒気がした。

    「おいで、デーモちゃん」

    そう言った相手の全身…いや、相手が立っているその地面ごと喰らい尽くしてもおかしくないほどの白い化け物が、俺の前に姿を現した。今でも吐血丸ごとその地一帯を呑み込みそうな勢いだ。

    「ほら、可愛いでしょ?今は取り込んでるから自我が薄いんだけどさ」

    ニコニコと笑ってその化け物の額に触れて、それを撫でる。
    コイツ自身が化け物だけなのではなく、自分自身が化け物でありながらそれと同等ほどの化け物を使役するとは…恐ろしいったらありゃしない。

    「いやさぁ、どうせ兄弟喧嘩するなら全力を出した方がいいかなと思ってさ。あるだんさんやみやさん、ユ音さんと疾風さん、いろによさんとポタキムさん…皆が君のことを止めてくれている間にずっと準備してたんだ」

    …これほど口が引きつくお膳立てがあっただろうか。
    そこまで頼んでねえよ、とは今更言えるわけもなく。

    「……最悪…」

    いや、最高の間違いかぁ…?そこまで逆境が好きなわけじゃないなぁ…。

    「いつもはさ、デーモちゃんとガイくんに私の血を分けてるから普段の私って6割くらいなんだよね。で、今は10割。ね、良い喧嘩出来そうでしょ?」

    頼んでもないのにペラペラと…聞く気すら失せて最後には話は聞かないという結論に至るまでは早かった。
    俺も今までは狼人間の力ばかりに頼ってていたが…これは骨が折れる。確実に。
    それならこちらも能力を使うべきだろう。

    「………」

    「!……これは…ネシさんの能力か…」

    相手が気付いたのもそのはず、俺は今初めて俺自身の能力を使用していた。
    この周辺全てに深い霧がかけられ、お互いに視界は一瞬で役に立たないものへと成り下がる。
    湿気が多く、目先の景色なんて何も見えない。
    でも俺にはこの鼻がある。相手よりも俺の方が有利ではあるが、まずは相手の出方を伺わねば動けないというものだ。

    「…どちらも水に関する能力なんだ。兄弟らしくていいね」

    ぱちぱちという音が聞こえる辺り、恐らく相手は両手を叩いているのだろう。正直とても腹が立つが、その怒りは相手が動いた際の反撃の拳に込めておこう。

    「…私さー、大して目も良くないんだよ。耳も鼻も舌もダメなの。だけどさ、触覚だけはいいんだよね。例えば肌に当たる冷気とかさ」

    突如俺の顔スレスレに大きなナイフのようなものが斬り込まれ、霧が軽く晴れ互いの目が合った。

    「私はあるだんさんほど優しくないよ。だから、霧を巻きながら逃げるの頑張ってね」

    その言葉を最後に俺は走り出した。
    次々に鋭利な血のナイフが飛んでくるからだ。
    これじゃ影のアイツと戦った時と状況が同じだ。それも鋭さも速さも段違い。アイツが人間で隙を見せたからアイツのことはどうにか出来たってのに、目の前の相手ではそんなことも出来そうにない。

    「くそっ!…流石にキツイな!?」

    攻撃を躱しつつ、霧が晴れれば容赦なく真正面からアレに対応しなければいけないので霧を巻く。
    かと言ってこのままではこちら側だけが消耗戦になる。
    さあ、どうしたものか…。

    「……なあ…!!」

    「!」

    俺が相手に呼びかけると、相手の攻撃の手が一瞬止む。
    それを好機だと思いながら相手へと攻撃停止を呼びかける。
    こんな一方的な勝負はつまんねえだろ…!?と。

    「…おまえの中にはさ、…兄貴はいんの?」

    今までの相手たちの弱いところは分かりやすかった。
    だがコイツにはそれが効かない。なんせ先程、今の俺と前の俺を区別したのだから。
    出来るだけ怪我はさせたくないとぼやいていたのは聴こえたが、それもきっと建前上。
    必要であればコイツは俺に多少の怪我をさせるのも厭わないだろうな。
    それくらい、今までの奴らよりは割り切っていて覚悟が決まっている。
    だから今もその冷たい赤い目で俺の姿を追うんだ。

    「………どうだろう。多分ね、いないよ。君のお兄さんと言える存在はここにはいない」

    自身の胸元を両手でさすってこちらに向かって空っぽな目を細める。
    そこにあるのは、兄貴に顔のパーツがよく似た化け物がいるだけだった。

    「私さ、起きたら研究所にいたんだよね。それでその研究所をぶっ壊したんだ。多分その時に君のお兄さんの血は全部使ったと思う」

    俺は兄貴に捨てられたと思っていた。しかしそれは引き裂かれた運命だったと、頭にいる誰かが聞いたようで、そう言えばそんなことを言っていたなという感覚になる。俺自身が知ってる話でもないのに。

    「私の能力はさ、血を大量に使うし消費する。全身の血もごっそり入れ替わるんだよ。
    スワンプマンって知ってるかな、死んだ人と記憶も性格も見た目も一緒の化け物。他にはテセウスの船かな、その船を形成する全てのパーツが別の物に置き換えられても、過去の船と今の船は同じだと言えるかどうかとかさ。
    その当人じゃなくても、記憶がそのままで見た目もそのままなら、その本人は変わらないみたいな」

    難しい話ではあるが、理解は出来る。
    相手が何を言いたいのかを。

    「つまり、それと同じで君のお兄さんの血はもう一滴も残ってない私を、君はお兄さんと言えるのか。ねえ、どう思う?君は私のことをお兄さんと言える?」

    口は笑っている。ただ、それだけだ。
    コイツはこう言っておきながら何も思っていない。いや、声色はどこか楽しそうなところが悪趣味と言えるか…。
    ………こんなの、兄貴じゃない。
    今の俺にはそうはっきりと言える。

    「…おまえなんか兄貴じゃねーよ」

    ハンッと笑って言ってやると、相手もその返答に満足したようだった。
    微かに笑った表情を見せたと思えば、辺り一面をその血の刃で囲まれた。

    「!?」

    「……じゃあ、お互い遠慮する必要はないね」

    無数の血の刃が俺の身体を突き刺す、と直感した途端、それは俺の身体を突き刺すよりも前にどろりと崩れ落ちた。

    「……!?」

    相手は目を開いて状況を理解できずにいたようだが、その隙を利用した。
    勢いをつけて相手の身体目掛け大蹴りをかます。
    すると相手の身体までどろどろと溶けて、その溶けた血が辺りへと飛び散った。

    「…これは……」

    状況を理解したらしい相手は、人間の姿をした表面からそれが中途半端に溶けてしまった赤い血で出来た身体の断面を人型に戻すことが出来ず、まだ形になっている自身の手を見つめることしか出来ていなかった。
    そんな相手を更に追い込むように、俺は自分の能力を最大限使用した。
    俺の能力は周りの水分から湿気をこもらせ、霧を発生させるというもの。
    相手の能力は血全般を思い通りに使うことだが、1つ難点がある。血は一定の熱さによって固まるが、相手は常に血の全身で人型を保っている。それはつまり、常に一定の温度をキープして人型を保たせているということ。

    「…まんまとやられたなぁ……周りの湿度とかで気付けば良かった」

    今現在のこの場での湿度は最高潮。
    故に、相手は人型を保つことも出来ず先程俺を襲った鋭利な血の刃も使えない状況に陥ったということだ。

    「案外、抜けてるね」

    「そう?いつも抜けてる方だけどなあ」

    息をするように煽ってやれば、相手はさして気にしない様子で返してくる。

    「…この後、どうすんの?何も出来なくない?」

    「………そうだね…」

    既に俺に攻撃することは出来ない相手は、どうやって俺を負かすというのだろう。
    その方法は知りたいという好奇心はあった。
    それが好奇心は猫をも殺すという言葉通りのものでなければ、そうであると察していれば、俺はその場からすぐに逃げ出していたはずなのに。
    ここでも判断を誤ったのだ。

    「…出来ることなら、使いたくなかったんだけどなぁ……しょうがないね」

    その言葉を耳にして、ヤバいと思った。
    全身が固まるようなその本能的恐怖。
    察したところでもう遅いと言いたげに、地面の方に嫌な感じがする。
    ゆっくりと地面を見てみると、そこには


    「一緒にお話しよっか。ねえ、ネシさん」


    先程のあの白い化け物の口が、俺と相手を今にも呑み込もうとしていたのだ。

    「っ、!!!」

    俺はそれに抵抗できるわけもなく、相手の言う通り2人で仲良くその化け物の口に呑み込まれていった。


    ーーー


    「…………?…」

    目を覚ました天井は赤黒く、先の見えない闇を感じさせた。
    俺は…何をしていたんだっけ……?
    何も分からずに手を自分の視界に映せば、そこに映ったのは凶器のように尖った爪と血だらけになっている手。
    それを見てすぐに思い出した。
    今まで、自分が何をしていたのかを。

    「ああ、起きた?」

    「っ!?!」

    どこか気怠げな声に全身を勢いよく起こした。
    そして周りを見渡すと、そこには先程まで真っ白だったはずの制服を赤く染めた相手の姿があった。
    相手はこちらを見ながらも疲れを隠せておらず、その場へと腰を下ろして座った。

    「記憶は?前のネシさん?それとも今まで暴れてたネシさん?」

    「………」

    相手が俺に対話を試みようとしても、俺はここに連れて来られたという事実に相手から何十歩か離れた場所へと下がった。

    「…今まで暴れてたネシさんみたいだね。どう?元気?」

    「……元気なわけないでしょ…」

    「それもそっか。かくいう私も元気がなくてさぁ…といってもデーモちゃんの中に入ると毎度こうなんだけど」

    先程よりもあからさまに勢いがなくなった相手こと吐血は、生気のない目を更に死んだ目にしてどこかを見つめている。
    何なんだコイツ…なんで自分の領域に入ったと思ったらそんなにげんなりしてんだよ…。

    「ああ、先に言っておくね。君の暴れたいっていう心を折るまで、この空間からは出られないから」

    「…、は!?!」

    「君が元のネシさんに身体を返すか、この国から出て行くかを決断してもらわない限り出せないよって言ったんだよ。まあ時間はあるし。長く悩めばいいよ」

    俺が聞き返したために丁寧に説明してくれるが、全くもって有難くない。
    コイツ、最初からこのつもりだったんだろうな。俺をこてんぱんに負かしてからそれを聞いて、どちらか一方を最初から選ばせるつもりだった。
    無計画な俺は結局あの全員を相手にして、まんまと相手に嵌められたのか。
    仕方ない…とも言い切れない。よくよく考えればわかりやすい罠だった。

    「…あのさー、」

    唐突に声をかけられ、身体が跳ねる。
    それを見かねた吐血は「ああ、ごめんごめん」と適当に謝り話を続けた。

    「どうせなら聞いてってよ。正直皆にこういう話したくないし…いやしてるのかな……分かんないけど…」

    …俺に選択を強いておいて自分の話を聞けとは…自分勝手にも恐れ入ったな。

    「……無言は肯定と受け取って話すね」

    「いや俺の意思も聞けよ」

    あまりの身勝手さに思わず口を出してしまった。

    「…ネシさんにも何度か言ったと思うんだけど」

    「無視すんな」

    「私ってさ、問題の放置が1番嫌いなんだよ。問題を放置しても、ただ問題が大きくなって良くない結果にしかならないからさ。今回もネシさんに対する一般兵たちの問題をどうにかしたかったんだ。でもさ、上手く出来なくて…結局このザマでさ……あはは」

    顔を自身の手で覆い、自嘲して笑ったコイツはどうやら俺と戦う前からこの様子だったようだ。
    明らかに今までずっと思っていた後悔を俺相手に愚痴りに来ている。

    「………ごめん……」

    …突然、吐血の口から謝罪の言葉が吐かれる。
    先程俺を驚かせた時よりも言葉を吐く様子は重々しく、…哀愁を感じさせた。
    それを俺相手に言ったってねえ…。意味がないことなんておまえが1番分かってんだろ。
    おまえが謝りたい相手は俺じゃなくて、おまえらを大事にしてた俺なんだろ。
    それくらい馬鹿でも分かる。

    「…ネシさんがこの軍に来て、幹部になって…居心地が悪いっていうのは知ってた。よく分かってた。それでも、今までも大丈夫だったからって楽観視してたんだ。……まさか私たち幹部に対して厄介な信者がいるとは思わなかった。最初は副司令部隊、次に情報部隊、…そして戦闘部隊に回っていって、…今回、君に薬を被せたのは研究実験部隊のだったよ。…彼らは、私たちと親しくなっていく君が気に入らなかったんだって」

    こんな話を聞いていても何も思わない。
    でも、コイツは今までの俺にこんな話をするのは怖いのだろう。
    だからもしかしたら俺が消えて前の俺が戻って来て、その時に今俺が聞いたことを憶えているかもしれないことを敢えて俺相手に言っているのかもしれない。
    コイツは案外弱い。今までの威厳と威圧感からは考えられないほどに、今のコイツは弱々しい。
    記憶の中のコイツを1つ1つ見返して見ても、こんな姿は一度も見たことはなかった。
    これが幹部の知るおまえなのか?
    それなら…

    「…」

    「……殺せば良かったのかな…君に危害を与えた兵をさ。でもそんなことしたらこれからの私たちに対する一般兵の信頼は?君への目は?それと仲の良かった兵や家族は?…そんなことをしても問題が増えるだけだから殺さなかったのに…こんなことされるくらいなら、どうせなら…」

    そこまで言い終えた吐血は、血を何度も吐いて咽せながら現実逃避の夢の話をした。

    「ネシさんと私でさ、兄弟水入らずの旅行でもしない?そしたらネシさんのことも思い出せたりしないかな…ってそれは皆を置いていくようなものだよね。どうせなら幹部の皆で行こうよ、国も今まで築いたもの捨ててさ!」

    …コイツは、恐らく今まであんな上司の理想像を演じておきながら、こんな面を隠していたようだ。
    結局のところ、コイツもそれなりに自分勝手で自分の立場が嫌になることも多々あったのだろう。
    言わないだけでここまで隠せるのかと笑えるような事実の陳列。
    こんなコイツを見てアイツらはどう思うんだか。
    もし俺の今聞いた記憶全てを前の俺が引き継いだら、コイツの立場はどうなるのか…俺も俺でそれなりに下らない現実逃避を無意識にしていたようだ。
    その事実にどこか下らなさを感じて、俺は思うままに言葉を吐いた。

    「…あのさ、…その姿を前の俺に見せてあげれば良かったんじゃないの」

    「!」

    相手は驚いたようにこちらに顔を向けた。

    「悪いのは前の俺を傷つけた奴だけどさ。…おまえってそんな強くないじゃん。なのに他の幹部は知ってたそういう姿をなんで前の俺には見せてあげなかったの。だから簡単に頼れなかったし、迷惑にならないように頑張ったんじゃねえの」

    俺がもし改心して、新しい場所に馴染もうとしたらそうしたんじゃないかと考える。
    真面目になろう、周りに迷惑をかけないようにしないとって誰にも頼らずに1人走り抜けそうな姿を思い浮かべた。

    「………もっと、本音で…その情けない姿を見せて、話し合えば良かったじゃん」

    前の俺がなんで消えたのか分かんないけど。
    きっと、そういうのはあったんじゃないかと思う。
    他の奴らは自分を大事にしてくれるいい奴らばかりで、こんな悩みを吐いちゃいけないと思ったんじゃないかって。

    「隠してたからこうなったんでしょ。おまえも、…アイツらもさ、もっと正直に心配だとか自分はこう思ってるとか、言ってること全部自分勝手で最低になっても気にせず言えば良かったじゃん」

    尻尾が小さく収まり、耳も垂れているのが分かる。

    「おまえらが前の俺に本音を全部ぶつけなかったからこうなったんでしょ。前の俺もそうなんだろうけど。…馬鹿じゃん皆」

    あんなに必死に俺を前の俺に戻そうとしていた全員が、目の前の奴が、前の俺と少しは本音でぶつかっていれば少しは変わったんじゃないだろうか。
    お互いに不満をぶつけ合わない結果が、…今の俺なんて。
    前の俺が他の奴の悪意でこうなったのは理解できる、けどそれを悔やんでも仕方ないことは確かだ。これからコイツらが対策していくしかない。

    「…前の俺も良い子ちゃんだけどさー…そんな優等生ぶった馬鹿のせいで今の俺がこうやって出て来たわけ?くっそ下らないんだけど。どうしてくれんの」

    俺に何かした奴が悪いに分かってる。
    ただ相手が自分を責めるように言うから、つい八つ当たりしてしまうだけで。

    「……おまえら、俺が消えたら全部忘れるんでしょ。俺が言ったこととか全部忘れて、前の俺だけに優しくして……それで皆幸せに過ごしました、ちゃんちゃんって。…ふざけんなよ」

    どれだけ理不尽でも、これだけは言いたかった。

    「俺は俺だよ。おまえらがネシさんって呼んでる奴は俺だ。おまえらのことは知らないけど、多分…今の俺は俺自身が今まで生きてきた環境全部に対しての不満の現れとかそういうのだろ。…自分の存在がそんなのなんて嫌だけど。良い国なんだろ、ここ。今まで生きてきた中で1番安心して自分らしく過ごせる場所」

    元仲間たちと戦って皮肉にも理解した事実。
    暖かすぎてのぼせそうなくらいに優しい目で俺を見つめたアイツら。
    …きっと、この空間から出た頃には俺は消えてる。
    今までのことを段々思い出してきたのがその証拠だ。
    なんでこうなったかも思い出した。変な奴に薬を被された、半月を満月だと錯覚してタガが外れた。それまで笑い合ってた仲間2人を殺しかけた。それを他の全員が止めようとした。

    「…おまえらの知ってる俺が起きたら、きっとソイツは全部を知って自己嫌悪するよ」

    この一夜のことを都合良く忘れられるとは思わない。
    十中八九覚えてるに決まってる。

    「…それも支えるよ」

    相手がこちらを強く見つめる。
    先程よりも力強い瞳で。

    「……今までみたいに?」

    こちらも見つめ返し、笑い尋ねた。

    「…今までなんて比にならないほどウザったく支えてみせる」

    その言葉は予想外。だけど…いいかもと思えて尻尾が少し揺れた。

    「………っふはは……いいんじゃねーの。…よく憶えとけ、俺はアイツだ。アイツの素はコレだ。それでもいいんだな?」

    「上手くいかない時はまた兄弟喧嘩でもするよ。…それに、君のことも忘れない。この後もずっと憶えてる」

    「…あっそ」

    …きっとこれでいい。
    分からないけど。正解なんてないけれど。
    初めての兄弟喧嘩がこんな結末であってもいいはずだ。


    ---


    「…………ん……?」

    開いた目はとても重く、全身や頭すら痛く感じる。
    それでも容赦なく光が顔を差して顔を顰めた。
    …なんだっけ…?
    何も理解出来ないまま、目をもう一度開けてみる。

    「…あれ……」

    ここは……外…?
    なんで外に…確かポッターとによさんと一緒に歩いてて…それで……?…思い出せない。
    何が…あったんだっけ?

    「…!ネシ!!!」

    突然の大声に全身が跳ねた。同時に身体の節々に痛みを感じて軽く呻く。
    ポッターの声だったのは分かるが、なんでそんな大きな声で…。

    「え、ネシさん起きた!?ほんと!?!」

    「ねっち起きたの!!?」

    「ネシ起きた!!!吐血さん!!吐血さん呼んで!!!」

    大声を出されたかと思えば視界にギュッと入ってくる見慣れた顔。
    ポッターにユ音さんに、によさん。
    全員気の抜けた顔をしているが、誰もが顔や身体に傷があったりして疲れた顔をしていた。
    本当に何があったんだと声を出す前に、他の面子までもが集まってきて最後には幹部全員がその場に居合わせていた。
    皆が俺のことを心配そうに見つめているし、疾風さんの肩を借りてこちらまで歩いてきた吐血さんなんて、こちらを見て「…よかったぁ…」なんて言ってその場に立ち崩れていた。

    「…………あの…待って………えぇ…?……どういうこと…?」

    説明を要求すれば全員の顔が緩くなり、更に訳が分からなくなる。
    誰か俺に説明してくれ!!!!

    「…てか…皆ボロボロじゃん…」

    俺が起きたことに真っ先に気付いたポッターやによさん、あるだんさんや吐血さんは見るからに重傷のようだし、ユ音さんなんて目元の泣き腫らした跡が痛々しい。唯一元気そうな疾風さんとその隣のみやさんの顔にも疲れが見える。

    「……ねぇ…何があったの…」

    それを聞くのはとても怖かった。
    だって、もしかしたら俺の記憶があやふやなことに理由があるかもしれないって。
    怖くて、最後の方には声が震えていた。

    「………ネシさん、…よく聞いてほし」

    「まって」

    吐血さんが覚悟を決めたような顔でこちらを見るから、その疑心は確信へと変わった。
    今まで普通に見れていた皆の顔が見れなくなった。

    「……………もしかして…ぃや、……おれ…?…おれが、みんなをやったの…?」

    俺の全身が痛いのも、俺の記憶に覚えがないのも、…皆が傷ついていることも。
    こうやって俺を囲んで俺の顔を見るのも、そういうことじゃないのか。
    恐る恐ると自分の手を見た。
    その手は赤くて、着ている服はボロボロなのにその色だけはくっきりとついていて。
    手が震えている、いや全身だ。全身が震えて息が上手く出来ない。
    はっはっと不規則になっていく自分の呼吸に更に焦燥感が募って、絶望の底の底へ落ちていく感覚がした。

    「ネシさん」

    上から掛けられた言葉に顔を上げたら、抱き締められた。

    「………ぇ、…とけつさん…?」

    意味も分からずにその身体を抱きしめ返した。
    なんで…?って思って、それを聞きたくて。

    「…ごめん……ごめんね…守れなかった。ちゃんと守ろうとしたのに」

    吐血さんが何を謝っているのか分からなかった。

    「君が二度も傷つかないように、するつもりだったのに。………出来なかった」

    頬に温かい何かが落ちたのを感じて、相手の方を見れば吐血さんは泣いていた。
    初めて見た。
    この人も泣くんだって目の前の光景に驚くことしか出来なかった。

    「…正直に言うね。…君はポタキムさんとによさんとの帰り道に、一般兵に半月を満月に錯覚させる薬を被されて暴走した。ポタキムさんとによさんはそこで君から重傷を負い、その後に君を止めようとしたあるだんさんも重傷を負った」

    その言葉から嫌でもその時の光景を思い出した。
    今までなんで忘れていたんだと思うほどに鮮明に。
    そうだ、俺は突然薬を被されて…半月なのに満月に見えて……それで…。

    「…それで、私は君を殴って無理矢理デーモちゃんの口に自分と一緒に閉じ込めた」

    ………ん?

    「臨戦状態の君が落ち着くのを待って、デーモちゃんの口の中で数時間過ごした後にガイくんの口から私と君を吐き出してもらった」

    …なんかおかしいな。
    自分がしたことに絶望するよりも前に衝撃の事実に困惑が勝っている。
    俺って吐き出されたんだ…?

    「ああ、ポタキムさんとによさんは豹変した君に対応出来なかったから、今後は訓練を増やすことにした」

    「「うあ“ーーっっ!!!!」」

    後ろからポッターとによさんの悲鳴が聞こえた気がするんですが。
    吐血さんは更に続ける。

    「疾風さんは人外が暴走した時に鎮圧できる薬を頼んでいたのに失敗したから、今月中には完成させることにしたよ」

    「ばーーーーーーーっ!!!!!!!!!」

    今度は悲鳴と共に立ち崩れた音がしたな。
    説明されているのに状況把握から遠のいている気がするんですが、これは。

    「あるだんさんも頑張ってくれたしなぁ……みやさんは戦闘員でもないし…ユ音さんに至っては後方戦闘部隊の隊長としてしっかり命中させてくれたし…」

    仕事が課せられるのはこれで最後なのだろうか…呆然とそう思っていれば顔を覗き込まれた。

    「あ、ネシさんも戦闘部隊として訓練は増えたから。ポタキムさんとによさんとあるだんさんの3人と頑張ってね」

    笑顔でそう言われては返す言葉もなく、頷くだけだ。
    ………だけど、

    「………いいの…?」

    小さな声ではあったが、その声に他全員が顔を上げた。

    「…おれ……このまま…この国にいて、いいの…?」

    当たり前のように許されては堪らない。
    俺が皆を傷つけたことは歴とした事実だ。簡単に許されていいとは思っていない。
    如何なる罰でも受けるつもりだった。…それなのに、

    「……いいよ。…いや、いてほしい」

    両手を握られて、相手の顔を見つめた。
    顔は…大丈夫だろうか。
    涙が溢れて酷い顔になっていないだろうか。

    「…これくらいどうってことないよ…ねえ、だからネシさん。私たちと一緒にこの国にいてよ」

    聞き間違いじゃない、この耳でしかと聞いた。
    渡された言葉が嬉しくて嬉しくて、言葉を返そうにも喉がつっかえて「う“っ」だとか「ひぐっ」だとか、そんな言葉にならない声しか出ない。

    「…っ、……う”ん…!」

    やっと言葉を紡げたと思ったらそれしか言えなくて、それでもそれを聞いた皆は緊張の糸が切れたように笑ってて、ポッターやによさん、ユ音さんなんて俺の腹に勢いよく吹っ飛んできた。
    それに呻いていたら他の誰かが泣いているような声がして、そっちの方を見たら吐血さんが顔を隠して泣いていて驚いた。みやさんやあるだんさん、そして疾風さんに頭を撫でられて疾風さんに対して取っ組み合いを始めているけど。
    あんな姿初めて見たな、なんて思っていたら真っ先に俺に吹っ飛んできたポッターが酷い顔をしてこちらを見ていた。

    「…ネシ、出て行かないよね…!」

    「……行かない。…皆とここにいたい」

    「よ“がったぁああ」

    皆がここまで泣くのも見たことはなかった。
    皆が泣いているから、俺も泣いていいんだなって。
    次の日には全員目の下が赤くなってそうだけど、そんなことはどうでもいいななんて思えた。
    今はただ、皆と一緒にこうやって肩を抱いて笑い合っていたい。
    そんな日々が続いてほしいと強く願った。


    ---


    あの騒動から約3ヶ月が経ち、今は外交の護衛官として吐血さんの後ろに控えていた。
    場所が他国ということもあり、吐血さん1人で行かせるには危険ということで俺とあるだんさんが護衛として同行することになった。
    この国とは人外への研究技術などで交流があり、吐血さんも慣れたようにそちらのお偉いさんと話していた。

    「…ええ、…はい。そうですね、こちらとしましては…」

    護衛とは大層なものではなく、この話し合いが無事に終われば特にすることもない。
    正直に言うと、吐血さん1人で行かせてもいい件ではあるのだが…総司令官を1人で行かせては体裁が悪い。
    そのため、俺たち2人が護衛として同行することになったのだ。
    あるだんさんは何度目かの護衛なのだろうが、俺は今回が初めての護衛でとても緊張している。
    耳や尻尾などが帽子と外套で隠せるものであってくれて良かったと切に思った。今の耳も尻尾も下がっているのが分かる。こんな姿を見せては舐められてしまう。
    吐血さんやあるだんさん、自国の印象のためにも舐められてはいけないのだ。

    「…それにしても……総司令官殿も人外とのことですが…違和感のない綺麗な擬態ですね」

    向こうの外交官が吐血さんをジロジロと見ていることを察して、内心不快感を感じた。
    まるで吐血さんを見せ物のように言うなんて。

    「貴国の幹部の大半が人外だとか。ですがその様子は新聞などでは知り得ないでしょう?つまり皆様上手く人間に擬態しているということです」

    吐血さんだけでなく他の皆のことも言うとは…。
    チラリと2人を見ると、どちらも表情は変えないまま目を細めている。
    …よくそこまで顔に出さないものだと感心してしまうが、これではいけない。
    相手はこちらを舐めている。

    「実は私、人外には大変興味がありまして…よろしければ素手での握手などお願い出来たら大変喜ばしいのですが……今後の両国の良好な関係のためにも、…そう思われませんか?」

    こんなことで戦争なんて馬鹿馬鹿しいが、だとしてもここで相手の思う通りにしてしまえば我が国が相手国へ服従したように見られる。
    相手が吐血さんの方に手を伸ばしたところを見て、心を決めた。

    「「!」」

    自分以外の全員が自分の行動に驚き目を見開いている。
    吐血さんの前に出て、相手の外交官へと笑顔を向けたのだ。

    「大変恐縮なのですが…我らが総司令官の手は液体でして、貴方のような方が直に触れては危険なものなのです。我が国にご興味を持って頂けることは喜ばしい限りですし、人外への熱心な感心も素晴らしいものです。
    そんなに人外との接触にご興味があれば、よければ私めと如何でしょうか?」

    そう言って手袋を外した手は爪が伸びに伸びており、ただの人間は触れるだけで怪我をすることは目に見えていた。
    その手を外交官に向けると、外交官は口元をひくつかせていた。


    ---


    「…………ごめん……初めての外交なのに…やっちゃった………大事な外交先なんだよね…」

    外交が無事に終わった馬車の中、消え入るような声で俺がしょげていると他の2人は帽子を外した俺の頭を撫でてくれた。

    「いいよいいよ!気持ち悪かったしさ、助かったよ」

    「そうですよー、ネシさんすごかったですって」

    あの後外交自体は無事に終わったものの、馬車に乗った途端俺は反省と後悔で今にも消えてしまいたかった。
    完全にやらかした自信しかなかった。
    初外交なのに、外交の護衛としても初めての顔合わせなのに…!!!

    「本当にね…ネシさん、行動も言葉も自然ですごい上手かったよ。……あのさ、これはネシさんが良かったらなんだけど…」

    吐血さんの次の言葉が分からずそちらを見ると、吐血さんは楽しそうに話した。

    「うちの国の外交官にならない?」

    「………………え?」

    今も名案とばかりに笑っている吐血さんと、「いいですね!」と同じく笑っているあるだんさん。
    俺が戸惑っている間に自国に着き、吐血さんとあるだんさんがその話をみやさんにまでしてしまって、最早俺が止めに入る隙はなかった。

    「よし、じゃあネシさんはこれからうちの外交官ね!」

    話はとんとん拍子に進み、気付けば幹部会議で宣言されてしまうほどに本格的な話となった。
    「記念にネシさんが隊長の外交部隊も作ったよ!」とまで言われてしまえば今更断れるわけもなく…。

    「……うん、…この国の外交官として…頑張るね」

    そう返せば、俺が目覚めたあの時のように皆が笑うものだから、俺も満更でもない気持ちになってしまった。

    「外交部隊隊長のネシです。………よろしく…」

    かくして余所者は、その国の外交官となったのであった。
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