幕間 ゴーイングアンダー「……った」
何度か目をパチパチと瞬きし、手で目を抑える武道に竜胆は「どした?」と尋ねる。
「目に何か入ったかも。……ぃってぇ、う……」
痛みが強いのかボロボロと涙を零しだし、手をやって右目を擦ろうとするので竜胆がそれを止める。
「傷付くから手は止めろ」
「そうは言っても、マジで痛いんだって! 多分まつ毛か何か入ってるから取りたいんだけど」
泣き顔で訴える武道に竜胆は「見てやるから、ちょっと我慢しな」と言い聞かせて顔を上げさせた。
「目を開けてくんね? 確認出来ないんだけど」
「だって痛い……。うう、ちょい待ってええ痛ええぇぇえ!!」
「うるせえ」
待たない竜胆が強制的に武道の右目を開かせた。手でしっかりと瞼と下瞼を無理矢理伸ばして、武道が何とも無残な状態になっている。
「ははっ。キモ」
ケラケラと笑う竜胆に武道は泣き続けて抵抗しているが、力の差には勝てなくされるがままだ。
「鬼ー! ってか早く見てってば! 開かれすぎてマジ痛えし」
「はいはい」
藻掻く武道とは真逆に竜胆はのんびりと大きく開いた目を見つめた。
相変わらずでけー目だなあ。ってーか、ポロって落ちそう。
涙で潤んだ碧が竜胆を映しているさまをこのまま保存出来たらいいのに、なんて思いながら異物はどこだと確認すると、瞼裏と眼球の隙間にまつ毛が挟まっていた。
あーこれは痛いだろうな、と思い教えてやる。
「まつ毛奥の方に入ってたけど、取っていいか?」
「えっ、おねがぃ……って、どうやって?」
「指でブスッと」
「やめてええ」
武道の目からぴゃっと涙が出てきて、竜胆はぶはっと吹き出す。アニメみたいだ。
だが目を大きく開かれたままの武道は冗談でも本気でもたまったもんじゃないから、自分の手を使って目を弄ろうとしたら竜胆からペシッと叩かれた。おい。
「手を使うなって言ってんだろ」
「オレの手使うのが駄目でなんで竜胆だといいんだよ! ってか痛いんだから見るだけなら離せ! 目洗ってくるから!」
「えぇー。ダメに決まってるじゃん」
「った!」
後頭部の髪の毛を掴まれ、頭を強制的に固定されたうえで股の間に足を入れられ、身動き出来なくされて武道はオレ目にゴミが入っただけだよな? 何でこんな事になってんの?、と訳が分からないでいた。
潤んだ涙で視界がボヤけてよく見えず、目の前にいる竜胆を視界に入れていると楽し気に話す。
「おっ。良かったじゃん。眼球が動いたからかまつ毛前に出てきたぜ」
「はあ……。もういいからハンカチかティッシュで取ってよ」
洗わせてもくれない、自分の手も使わせてくれないなら仕方ない。指よりはマシだ。妥協して武道が竜胆に頼むと、ニヤリと不穏な笑顔をされて嫌な予感が走った。
「却下。オレの指か舌、どっちで取ってほしい? 選ばせてやる」
「アウトォォオオ!!」
何言ってんだ!!、と武道は暴れようとするが髪の毛をぐいっと強く引っ張られ、激痛に身体が強張った。
「いっ! ……ねえ、マジでやめて」
目の前の竜胆の服を懇願するように掴み声にする。
「どっちだ?」
だが非情にも竜胆の態度は変わらず二択のどちらかを求め、武道の言葉を聞かない。
先程までの声色と違い本気の声。眼鏡越しに見えた竜胆の目がどろりとしているのを感じ、武道はぞわぞわと背筋に何かが這うような感覚がした。
「っ、」
気付けば吐息がかかる距離に竜胆の顔があって。愉し気な顔をし、唇を開け唾液で光る舌を見せつけるように出し――。
ガッシャーンと物が落ちて散らばる音が響いた。
虚を付かれたその一瞬を武道は逃さず暴れ、竜胆の足に引っかかってよろけながらも教室を走って出て行く。
「あ、の。す、すすすすみませんでしたー!!」
同時にドタバタと騒々しく、叫びながら逃げる女生徒の声。
一人教室に残された竜胆はハー、とため息を吐く。
完全に忘れていたが、まだ教室にいたのだった。放課後教師に居残るように武道が言われ、竜胆が教師が来るまで一緒に残って窓際で駄弁ってただけなのが、つい魔が差してしまった。
誰かクラスメイトが残っていたなんて頭に残ってもなかったし、別に見られても構わないからと言う心積もりもあったが結局邪魔をされ、あともう少しのところを逃げられるとは。
やり過ぎたな、と思うが自然と口角が上がる。
舐めようと舌を出し近付いた時の武道の顔は、竜胆の顔を見て惚けていた。走り去った時も耳が真っ赤になっていたし、想像以上に自分の事を意識しているのが分かって愉しくて仕方がない。
「あー。早くモノにしてえ」
くすりと笑いながらも照れて気まずく思っているだろう武道を迎えに、竜胆も教室を出ていった。