キスする凛と潔のはなし朝、目覚めたら毎日キスをする。
どちらが決めたわけでもないけれど。
2人で一緒に住むようになって、なんとなく、そんな習慣になった。
どちらかが先に目覚めたら、その気配でもう一人が起きる。
大体は潔の方が早起き。
でも、ちょっと夜更かししたり、あまりにも激しい試合になった時は、凛の方が先に起きてる。
目を閉じていても意識は浮上してるから、まだ寝そべっている相手の頬にキスをひとつ。
以前、まだ寝ている凛を起こしちゃ悪いと思ってそのままベッドを抜け出したら、凛の機嫌がものすごく悪かったことがある。
だから潔は学んだ。
目覚めたら凛が起きていてもいなくても、必ずキスをするってことを。
シャワーを浴びて朝食に取り掛かれば、入れ替わりで凛がバスルームへ入っていく。
トーストしたパンに、レタスとハム、ゆでたまごのサラダ。今日のスープはクラムチャウダーの気分。ヨーグルトも用意する。
パンのお供はバターかジャムか、またはあんこかお好みで。
小倉トーストができるんだよって乙夜に貰ったものだけど、凛は邪道だってバッサリ切り捨てていた。
キッチンカウンターでカトラリーを準備していたら、シャワーを終えた凛が隣に来て、グラスを準備してくれる。
その合間に、またキスをひとつ。
朝食の後、一旦胃を休ませたら、午前中は散歩へ。
散歩と言ってもなんだかんだでだんだん競歩になって、どちらともなくランニングになって、どっちが早いとか遅いとか言いながら家まで帰ってくるわけだけど。
ペースがめちゃくちゃになって良いトレーニングではないかもしれないけれど、楽しいからまぁいいやってなる。
水分補給とストレッチを公園で済ませて、昼と夕食の買い物をしたら帰宅。
「凛、先にシャワー浴びて来いよ」
「ああ」
食材を冷蔵庫に入れた凛に声をかけると、返事をしてすれ違いざまに潔の後頭部へキスをひとつ。
朝、目覚めたら毎日キスをする。
それとは別に、いつの間にか加わった習慣がある。
休日には10回キスをする。
どちらが決めたわけでもないけれど。
厳密にはそれ以下かもしれないし、それ以上してるかもしれない。10回という回数を数えていたのは最初の数回くらい。あとは慣れてしまって、それから数えるのはやめた。
キスされるたびに、照れが入って真っ赤になっていた初々しい自分が懐かしい……と潔は思う。
さすがに所属クラブの練習や試合の時は控えているが、休日は概ね一緒にいることが多いため、暇を持て余しているか、口さびしいんだろうなぁ、と思っている。
凛がシャワーを終えると、潔も入れ替わりで入る。
この物件のセキュリティの良さとあらゆる方面への交通の便、キッチンの使いやすさは文句なしだが、バスルームだけはやや手狭で、そこが唯一の欠点であった。
おそらく一般的なカップルならば一緒に入浴することも問題はないかもしれないが、片や180cm近い潔と、片や190cmに迫る凛との体格では無理があるというものだ。
試したからわかる。無理だった。
昼食はサンドイッチ用のパンを買って、朝食で余った野菜を挟んでサンドイッチにする、という会話をしながら帰ってきたわけだが、シャワーから上がるとすでに凛が昼食の準備をしてくれていた。こんなところは本当にデキる男だと思う。
お気に入りの店でテイクアウトした鶏肉のトマト煮やマッシュポテト、ソーセージ。そのまま食べてもいいし、サンドしてもいい。
「食うぞ。腹減った」
「さんきゅな、いただきます!」
凛のくちびるは厚くもなく、薄くもなく、丁度よい厚みがあって、でも食事を摂るときは大きく口を開けて食べる。しなやかな猛獣が獲物を咀嚼するようなイメージだ。
無駄な会話を好まない凛が、あの監獄で大きな口を開けて食事するところを見た時は驚きだったし、多分それが惹かれたところかもしれない。
ご飯をいっぱい食べてる人を見るのは気持ちがいい。
食後は潔が片づけて、凛が洗い終わった洗濯物を取り出す。フランス、とくにパリは街の外観維持のために外干しが出来ないので、ほとんどの家が室内干しか乾燥機を利用する。
トレーニングで使う化学繊維生地のウェアは熱に弱いが、即乾性だからより分けて別に干す。しわになって困る服も。大判のタオルも乾燥機は効率が悪いので別に干して、あとは乾燥機を使って終了、というのがこの家でのやり方だ。
「おい」
「ん?」
洗い物を終えた潔が、洗濯と格闘している凛に参戦したら、ふいに呼ばれる。
凛の手には下着があった。それも四着。全部潔のものだ。
「おまえ昨日から下着何枚替えてんだよ」
「……っ……それ…はッ!!」
おまえが昨日の朝食後にいきなり盛ってきたからだろ!!
あと練習後にもあちこち触って来るし!!
おかげで泣く泣く着替えざるを得なくなったんだぞ!!
そう叫んだ後に、顔が火照ってくるのがわかる。
訴えてみたが、凛はふーん、と言って乾燥機のスイッチを入れた。
わざわざ確認する必要あったか?
「そりゃ悪かったな」
顎を持ち上げられ、キスをひとつ。
「……っ」
微かに笑われた。
不意打ちの顔に弱いんだよな。
惚れた弱みってやつ?
午後からはソファでのんびりと過ごす。
気になっていた漫画を読んだり、サブスクに上がってきた日本のドラマを観たり。
次の対戦チームの分析もする。練習試合でのポジション取りの確認や、シュートやパスのタイミングは適切だったかを振り返る。
潔がリビングのテレビを使っているから、凛はタブレットで新たに配信されたというホラー映画を観ている。
AIの女の子?がなんか暴走して人を襲っていた。なにそれ。こわ。
ソファは二人の体に合わせて広々としたものを購入したのに、凛は横にピッタリとくっついて、腕や太腿にじんわりと温かさがにじんでくる。
9月のパリは夏から少し気温が下がる。まさに人肌恋しくなる時期だ。
そういえば8月の親善試合で日本代表として日本に帰国したときは、恐ろしいくらいの猛暑で凛も冴もめちゃくちゃ不機嫌な顔してたっけ、と思い出す。
暑いときは人肌を合わせた方が涼しいんだよな~。冗談交じりに南国育ちの千切が教えてくれた。確かに40℃近い外気温と体温とでは差がある。試しに素肌を合わせてみたけれど、暑いものは暑かった。
冴に話したら、それって砂漠地帯とかでやる話だろ?って言われた。
そうなの?
映画を観終えたらしい凛が伸びをして、あくびをひとつ。
でっかいネコチャンみたいだな~……と思って見つめていたら、「なんだよ」と言われキスをひとつ。ふたつ。
みっつ…はいろいろ止まらなくなりそうだからストップをかけた。
凛は舌打ちするが、何とか宥めて、とりあえず次の対戦相手から集めた情報を忘れないうちに共有する。
夕食はラーメンが食べたいと凛のリクエストがあったので、サッと乾麺を茹でて、買ってきた鴨肉を添えて食べた。
夜の時間を、潔は語学の勉強に使う。夏にドイツからフランスに移籍してまだ1年ちょっと。語学の習得には毎回四苦八苦させられている。
音で物を覚えるらしい凛と違って、潔は目で視てインプットしようとするクセがある。イヤホンでレッスン用の音源を聴きながら、ノートに単語を書く。
ちなみに移籍当時よく聴いていた音源は、監獄時代からの恩師であるノエル・ノアが手ずから作ってくれた音源だ。よく使われるサッカー用語や生活に必要な会話を集めた音源集で、これのおかげで素早くフランス語を身につけることが出来たのだった。
まぁ、それを聴いている間、凛のイライラも手に取るようにわかったのだけど。
その後、卑猥な単語は凛から実技付きでレッスンされたのだが、それは置いておく。
寝る前に一緒に日課のヨガをして、凛が瞑想に入ったら潔が洗濯物をしまう。
寝室のベッドに入れば、ゆるやかな眠気が身を包む。
凛がベッドに入って、先に布団に潜り込んでいた潔を引き寄せ、啄むようなキスをひとつ。
「おい」
そう言ってもうひとつ。
「……明日練習あるんだから無理だぞ」
じっとり見上げてやれば、ウッ、と少し怯んだ顔が見える。
練習や試合に響くようなことは、さすがに凛もしない。
というか、散々昨日ヤったじゃん。
「…………」
「……っ」
弟力ッッッ!!!!
「なんでそんな捨てられた犬みたいな顔すんの……」
「犬じゃねぇ……目ン玉腐ってんのかクソ潔」
心なしか暴言の威力が弱い。
凛の頬にそっと手を添える。
「……週末の誕生日」
「!」
驚いたように目を見開く姿に笑いそうになるけど我慢。
「好きにさせてやるから、さ」
「!!」
わかりやすく喜色を浮かべる姿に、正直言いすぎたなとも思ったが、去年は移籍だ引っ越しだでまともに祝ってやることが出来なかった。
恋人になって初めて迎える凛の誕生日だったのに。
「その言葉ぜってぇ忘れんなよ」
「ちょっと忘れたいかも」
「させるわけねぇだろ」
噛みつくようなキスがひとつ。
わぁわぁ騒いでくちびるが離れたら、今度はいたわるようなキスがひとつ。
「おやすみ、凛」
「……おやすみ」
さいごに凛の頬へキスをして眠りについた。
<終>