カーテンコール 本当はあの時やり過ごして、自分だけどうにか助かる算段をつけていた。追われた身とはいえ、中王区にはまだ顔のきく奴らもいる。それがどうしてか、共に戦いそしてまた牢獄に逆戻りだ。今度は四人別々の場所へ。
「は~ほんっと、なんで乗せられちゃったかな。」
また一からやり直しかぁ。看守に取り入って、人間関係を構築して……ここから出るにはしばらく時間がかかりそうだ。
固いベッドの上で染みだらけの天井を眺める。東都でアジトにしていた廃墟の天井よりはまぁマシかもな。
あの時、倒れている俺を助けに来るものはいなかった。飴村に放った言葉の数々はそのまま自分へと向けられた言葉だ。わかりきっていた事、仲間じゃない、利用してただけなんだから。
でも、声をかけてくれた。心配するような素振りひとつ見せず、ただ当たり前のように手を貸せと。
頭に鳴り響く警告音を無視して立ち上がったのはどうしてだろう。引き寄せられるように集まった三人を見て悪くないと確かに思った。その事をずっとずっと考えている。
単独での脱獄作戦は順調に進んでいた。看守の半分くらいは掌握できただろう。これだけいれば、手引きも問題ないはずで、あとは実行するだけなのになんとなく踏ん切りがつかないままでいた。他の三人が今どうなっているのか、知りたいけど、知りたくない。
「誰もお前の事なんて気にしていないさ」
もう1人の自分がささやく。だって俺たちは仲間じゃない。信頼もない。そういう繋がりだったと言い聞かせる。
ふと、空を見上げると月の光も届かないような暗い夜だった。あの日、四人で脱獄した日もこんな空だったな。追ってくる警察がしつこくて、すぐ「殺しますか?」って言う時空院と、車でタバコを吸って僕たちを凍死させかけた有馬を宥めながら東都を目指した。
谷ケ崎は、何考えているかわからないと見せかけて、実は一番懐柔しやすい素直さを持っていたっけ。
三人とも刑務所内では有名な問題児だったけど、だからこそ、戦力としては最適だった。彼らほどの実力者はここにはいない。新しい共謀者を作らなかった理由はそれだけ。
感傷を引き裂くように突然、緊急時のサイレンが鳴り響いた。俺ではない誰かが脱獄を企てていたのか、はたまた侵入者か。いずれにせよ勘弁してほしい。事件があるとその後しばらくは監視が厳しくなる。
期を逃すくらいなら、うだうだしていないで俺もこの混乱に乗じた方がいいか、そう思って立ち上がろうとした瞬間、重たい鉄の扉が吹き飛んだ。
あ、あぶな……あと少し早く行動に移していたら、扉ごと俺も吹っ飛んでいたかもしれない。さっきまで立派に役目を果たしていた哀れな鉄屑を一瞥し、それが付いていた場所に視線を戻す。人が入ってくる気配を感じ、すぐ対処できるよう身構えた。
「燐童」
人影は聞き覚えのある声で俺の名前を呼んだ。
「や、谷ケ崎さん……なんで?」
「迎えに来た。行くぞ」
「えっ? え、ちょっ!」
呆然としている俺に背を向け、谷ケ崎は走り出す。振り向かずただ真っ直ぐに、まるで俺が付いてくるのが当たり前であるかのように。
その背中が見えなくなる前に、俺も足を前へ踏み出した。
「谷ケ崎さんっ、待ってくださいよッ!」
「なんだ? ムショ暮らしで鈍ったか?」
「いえ、そうでなはく! 今度は何に付き合わせるつもりですか? なにか素敵な計画が?」
止めに来る看守を躱し、障害物を避けながら、隣を走る存在を感じてずっと燻っていたのが嘘みたいに高揚しているのが自分でもわかる。なんなんだろうこれは。
「特に何もないが」
「えっ? じゃあなんで?」
「なんで……? なんでだ?」
「僕が聞いているんですよ! 全く谷ケ崎さんは……」
仕方のない人だ。理由もなく、刑務所まで迎えに来るなんて本当にどうかしている。どうかしていると思うのに、突き離せない。
「ここから外に出たら、有馬がいる、車に乗れ」
「谷ケ崎さんは?」
「俺は丞武を回収してくる」
なるほど、時空院が暴れているからこちらは人手が少なかったのか、そんな事にもようやく気づく。時空院の相手をすることになった看守は気の毒だな……。その中に何人か俺の道具もいたかもしれない。でも、もう必要ないか。
「よぉ、遅かったじゃねーか待ちくたびれたぜ」
「お久しぶりです。有馬さん」
谷ケ崎の言った通り、外に抜けると猛スピードでこちらに向かってくる車が一台。相変わらずの運転の荒さに思わず口元が緩む。間違いなく有馬だ。
「お前がぐずぐずしてる間、俺があいつら二人相手にどんだけ苦労したか」
「はは、すみません。愚痴ならいくらでも聞いてあげますよ。あれ? 少しやつれましたか?」
「うるせぇ!」
短気も相変わらずだ。こういう時はだいたい時空院が糖分を摂取させようとしているが、糖分よりカルシウムが足りていないんじゃないかな。
「谷ケ崎さんは特に何もないって言ってたんですけど有馬さんはご存じですか? これからの目的を」
「あ? んなもん知るかよ」
「でも、脱獄して仲良く暮らそうってわけじゃないでしょう、僕たち」
「そりゃそ~だろ、何をするかはお前が決めんだよ」
「……なるほど」
何をするかは俺が決める……か。こいつらは、俺を迎えに来る義理もなかったし、俺だってこれから先、こいつらと共に過ごさなくてもいい。でも、自らの意思で立ち上がって、谷ケ崎の背中を追いかけた。仲間や信頼なんて勿論ありはしないけど、まぁもう少しくらいは利用してやってもいいか。俺が戦力として認めた男たちには、その価値がある。
「ところで二人はどうやって拾うんです?」
「そこのスマホに連絡来るからお前出て指示しろ」
「わかりました……って言ってるそばから」
有馬から託されたスマホがちょうど手の中で震える。タイミングが良すぎて千里眼でもついているのかもと溢せば、かもなと陽気に笑った。
『あ~りまくん、終わりましたよ』
「時空院さんすみません僕です」
『おや、燐童くん。君がそこにいるなら私も身を挺した甲斐があるというものですねぇ』
よく言うよ。嬉々として飛び出して行ったんだろう、どうせ。終わったというのは、それなりに満足したという意味に近い事をよく知っている。
「暴れられる場所を提供できて幸いです。そのまま一番近いところから外に出てください。迎えに行くので」
『我々のいる場所がわかると?』
「そりゃわかりますよ。綺麗に燃えていますからね。あなたの仕業でしょう?」
『説明の手間が省けましたね。ではその通りに。のちほど。』
暗い闇のなか、立ち登る煙と揺らめく炎はまるで行方を照らす光にも見えた。なんて、闇の道を照らされても困るけど。火を灯されてしまったんだろう、俺も。
これはきっと反撃の狼煙、だって最高のフィナーレにはカーテンコールが付きものだろ?仕方ないから、お前らが満足するまで、俺が何度でも幕を開けてやるよ。