0 ヨハネの邁進人の兄をスケベな目で見るド変態さんたちに告ぐ。
僕こそ兄さんの唯一無二、魂の片割れにして命を賭して守りきった掛け替えの無い可愛い可愛い弟。
そして直々に触れる事を許されたたったひとりの恋人だ。
そんじょそこらの背景くんが、生まれてこの方17年ずっと家族の僕に敵おうだなんて思わない事だね。みんなどうせ兄さんの側面しか知らないでわーわーキャアキャア騒いでるんだろ。まあ、それも仕方の無い事か。僕以外には絶対に見せないよう僕自身が厳重に隠している兄さんの魅力的な一面は幾つもあるからね。
みんな、知らないだろ。世界を救った英雄がベッドではどんなに可愛くいやらしく男を誘うのか、穢れの無い天使がどこに触れられると身を震わせて悦ぶのか。知らないんだ。知らなくていい。絶対に教えてなんてやりたくない。
兄さんの愛しておられた弟は僕だけでいい。
ねえ悪いけど、変態さんたち、今日も僕の一人勝ちだよ。
成り行きと身内の問題だったとは言え結果的に世界を崩壊から救う形になった僕たちは、本当なら今頃世界を一周する旅に出ていた筈だった。しかし、救国のヒーローを、英雄のアイコンをみすみす放っておいてくれる訳も無く。解体された国家錬金術師制度に代わり打ち立てられた新たな錬金術師育成・支援制度のアンバサダーとして僕らに白羽の矢が立った。
事実上無職で幼馴染の女の子のヒモで居るよりはと揃ってオファーを受け入れ目出たく軍属となり...これはそんな折の話。
ーー
「あ〜る〜〜居る〜?」
「兄さん?......どうかした?」
真夜中、静まり返った執務室にひょっこりと兄さんが顔を覗かせた。
今日は夜勤の僕と違って兄さんは日勤だったはず。16時から第二研究所で会議、18時から出版社との打ち合わせ、終わったらそのまま直帰のスケジュール。...けど、この様子じゃ家には帰らなかったらしい。
同じ中央司令部に居ながら擦れ違いが続いていたから顔が見られて嬉しいけれど、仕事仕事研究仕事ときりきり舞して休みも取らないのは昔からとは言え心配になる。
「作って欲しいもんがあってさ。」
そう言って僕のデスクに何処ぞから持ち出して来たのか鉛筆の詰まった段ボールをどさりと置いた。
「...また備品管理の人に怒られるよ。」
「ぐっ。...だってもう店閉まってるし...。後で買って返すし!」
「はぁ...。それで?鉛筆で何を作れって?」
錬金術の使えなくなった兄さんは必要な物があればこうして他人に錬成を依頼するしかない。
そもそも、僕らが所属するこの部署について少し詳しく話さないと始まらないよね。
ここはアメストリス軍中央司令部、錬金術師教育支援課本部。これまで国家錬金術師資格という名目を付け軍事利用目的で独占・秘匿されてきた錬金術の技術や研究を広く一般に開放し、学会の発展と次世代の育成を目的とする特務機関だ。
マスタング准将やマイルズ大佐が注力するイシュバールを始めとした少数民族の復興政策と同じく、簡単に言ってしまえば『軍のイメージアップ戦略』の様なもの。
錬金術が戦争の道具になるのを防げる第一線の防波堤なのだから悪い事をしている訳では無し、職務内容に不満は無いが、未だに上層部にはここを有能な錬金術師に唾をつけて囲い込む場と見てる様な呆れた輩も多く課題は山積み。
世界を放浪する旅に出られるのは一体いつになるやら、もしかしたら定年を過ぎても同じデスクに座り続ける羽目になるかもしれないな。
そんな新設部署の記念すべき創設メンバーとなった僕たち兄弟に割り当てられた仕事は“マスコットキャラクターであること“だった。
4年間保持し続け制度解体と共に永遠に兄さんのものとなった『最年少国家錬金術師』の誉れは兎角広報のキャラクターとして都合が良く、エルリック兄弟の名は最早錬金術にさして造詣を持たない者たちにまで浸透した。
僕たちはタレントやアイドルの様な扱いを受けることが増え、周りから好意的に受け取られる事が嬉しい反面僕にとっては非常に困る事態になってしまった。兄さんに熱狂的なファン…というか、オタクがついてしまったのだ。
事の発端は部署設立後すぐ、政策の一環として兄さんが本を出版した事だった。
旅をしていた頃査定の為にストックしていたレポートの中から当たり障りない内容のものを幾つか纏めて本にし、それを国内の図書館や教育機関に寄贈するパフォーマンスを行った。寄贈式の様子が翌日の朝刊に載ったが、それが良くなかった。一体あの場に居たどの変態カメラマンの仕事か、兄さんにしては珍しく破茶滅茶に写りが良く…思わず僕も額縁に入れて自室の壁に飾るほど芸術的な“奇跡の一枚“が全国紙に掲載され数多の人の目に触れた。
そして、「功績」や「研究」ではなく「容姿」にファンがついてしまった。
本人は「この写真撮ったとき丁度眠かったんだよな」と呑気なものだが、僕にとってはとんでもない。兄さんのいちばんは僕で無ければいけないのだから有象無象とはいえライバルが増えるのは御免被る。
「さっすがアル、話がわかるぅ!まずA4型構造の炭素の立方体、密度3.56g/㎤でサイズは1辺1㎝な。材料足りなきゃ5㎜でも良い。」
「…ダイヤモンド?」
「そ。そんで、そこからサイズは変えずに重量を20%…できれば10%ずつ減らしてハニカム構造状にしてくれ。誤差はプラマイ2%まで。設計図はコレ。…んで、それが出来たら密度2.25g/㎤、グラファイトでも同じように作って。」
め、めんどくさっ!…とは、口が裂けても言えない。錬金術を使えない兄さんが研究を続ける為には実際に術を行使する人が必要なのだ。
「めんどくさっ」
あ言っちゃった。あはは。
「んだよ頼むよこのとーりっ!昼間研究所に頼んだけど2週間かかるとか言われてよー、んな待てねえっつーの!」
「そりゃそうでしょ、みんな兄さんみたいに天才じゃないんだよ。」
まっ、僕は余裕だけど!資料にざっと目を通して手を叩き、錬成光がおさまった時にはデスクに積まれた鉛筆は40個の立方体に変貌を遂げている。
欲しいものを即座に作り上げラベルのついた保管用のケースまで用意するほど細やかな気遣いのできる助手、僕を置いて他に居るはず無いのに。まず僕じゃなくて研究所に制作依頼をした事がどうしようもなく腹立たしい。
「10%刻みで、予備含めて2個ずつね。一応研究所で重量と密度測定して貰って。」
「うおー!助かる〜っ!アルが作ってんだから測定なんて要らねー要らねー!」
こんな時だけ現金な兄さんは「愛してるぜアル〜」なんてニコニコ僕の肩を抱く。
「今度の休み、なんでも好きなモン奢ってやるからな!」
「...奢るって、家計一緒なんだから意味ないだろ。それより、ね?」
ご褒美をくれるって言うのなら僕が欲しいのは食事よりもっと別のもの。
僕が鎧の姿だった頃から始まっていた関係だから言わんとする事は伝わっている筈だが、兄さんは未だに頬を赤く染め生娘みたいに恥じらう姿を見せる。
「んぇっ!......あう...うぅ〜...」
「ほらほら。はやくしないと誰か来ちゃうかもしれないよ?」
「うー...!」
「ありがとうのちゅうして、兄さん。」
トントンと唇を叩いて見せてやると、うるうる潤んだ目をぎゅっと閉じた兄さんはぶつかる程の勢いで顔を寄せてきた。
緊張して引き結ばれた硬い感触の唇が触れ、灼けるくらいの熱が伝わる。
兄さんは昔と比べて身長もそれなりに伸びたし、軍属に戻って鍛え直したから身体つきもしっかりした立派な男に成長したと言うのに、どうしてこんなに可愛いんだろう。頬に影を落とす睫毛はふるふると震え、唇を合わせているだけだというのに小さく艶の混じった声を漏らす。
「ん......ぁ、ある...さんきゅ、な...?」
「どういたしまして。あと39回は次の休みによろしくね。」
「は!?......キューブいっこでキス一回って事か!?ずっりーぞアルっ!」
肩を小突いてくる手を捕まえて腰を引き寄せてやるときゅっと身構えて大人しくなる。
「...じゃあ、これからは錬成して欲しいものがあったらまず最初に僕に相談して。特に第三の丸眼鏡の人と第二の室長は絶対ダメ。」
「はぁ?ニコとベクターさんの事か?つか、なんで怒ってんの...」
「お願い聞けないなら今ここであと39回。」
「わっ、わかったわかった。次もお前に頼むよ。」
僕の負担にならないようにって遠慮してたんでしょ、それくらい知ってる。でもね、僕って兄さんが誰かと会話することにすら嫉妬しちゃうんだよ。
僕の事、兄さんをいちばん満足させられる奴で居させてよ。
世界の誰より愛してるから、世界の誰より愛して欲しい。あなたの可愛い弟の、我儘をどうか嫌だと言わないで。