『三ツ谷くん!ドラケンくん!』
俺たちの名を呼ぶ声が一等好きだった。
底抜けた明るい声で呼ばれる名前は愛されていると実感できるようで。
『ギャー!何すんすか!?』
『え!これくれるんですか!?本当に!?やった!』
『ゔぅ〜、またマイキーくんに騙された……』
コロコロ変わる表情に目を惹かれた。
名前を呼ぶと嬉しそうに、騙されると悲しそうに、驚かすと目を見開いて叫ぶ様が面白くて、愛おしくて。
叶わない恋だった。そうして蓋をした愛だった。アイツには光の場所が似合っていたから。アイツの幸せを願っていたから。そう、思っていた――。
「はじめまして、ごしゅじんさま」
目の前で下半身を晒したまま頭を床につけるのは、かつての世界で俺らが恋をして、幸せを願った男。格好とはチグハグな何も知らない無垢な目は、俺たちに絶望を突きつけた。
◆
「いやぁ、実に身のある会合でした」
「えぇ、これからもよろしくお願いします」
太々しくも目の前に座るのは、悪趣味なアクセサリーをつけた取引相手。三ツ谷は穏やかに応じながらも髪で隠れた顳顬を小刻みに揺らしていた。アクセサリーに目をやったのがいけなかったのだろう、視線に気がついた男は後ろに控えていた側近に合図をした。
「そういえばそちらも若い男衆が多いと伺いましたな」
「えぇ、まぁ」
「私としたことが、すっかり贈り物を渡すのを忘れていましたよ」
「そんな、お気遣いなく。我々はまだ……」
両手を大袈裟に鳴らして連れてこいとあげられた声に、三ツ谷はこれからの展開を察した。大方、アクセサリーと同じようなオンナが連れて来られるに違いない。めんどくせえなと思うが顔には出さず後ろのドアに顔を向けた。
側近の男に連れられて来たのは12.3歳位の小柄な男。丈の長いシャツだけを羽織って目隠しをされた状態だった。
「最近、贔屓にしている所から買ったんです。私も口だけ試したんですが、奥を突くとこれがいい顔をするんですよ」
「……これは」
側近の男が目隠しを外す。伏せられた瞳が此方を向き、三ツ谷の瞳とかち合う。刹那、三ツ谷は呼吸を忘れたようにはくはくと唇を戦慄かせた。
「タケ、ミっち」
声というには細すぎる音だった。男も聞き取れなかったのか、聞こえなかったのか声を無視して続けた。
「綺麗なもんでしょう?他は平凡ですがこの眼と調教されたカラダは極上と言っても過言ではない。此奴を買ったところは調教がうまくて……」
「……こだ」
懐から手馴染んだ獲物を取り出して脂下がる男の眉間に突きつけた。
「なっ……何をする!?」
「うるせぇ、答えろ」
「こ、この若造め……!その銃を下ろせ!」
「うるせえって」
照準をずらして後ろに立つ側近の脳天を抜いた。
「っ……」
「答えろ、此奴をどこで買った」
「あ、……あ、ぁ」
カチャリとゆっくりセーフティに手をかけると、声と体を震わせてオークション会場の名前を口にした。その中に贔屓のブリーダーがいてそこから買ったと、ブリーダーの名前は知らないとも続けられた。
「そっか」
三ツ谷は男に笑いかけた。男から見たら許しの笑顔に見えたことだろう。震えながらも口角を上げ、命が助かったと思ったかもしれない。
「じゃあ、もうお前に用ねぇわ」
無慈悲にも、トリガーは引かれた。認識する間も無く脳天を突き抜ける弾丸。男が消えゆく視界で捉えたものは冷たく此方を射抜く薄灰色の瞳だった。
銃を懐にしまうついでに仕事用のスマホを取り出した。いつまで経っても慣れないスマホをぎこちなく使いながら、同じ墨を持つ片割れに電話をかけた。
「……」
『三ツ谷?どうした。会合終わったんか』
「ドラケン……見つけた」
『は?見つけた……ってお前まさか!』
「あぁ、こいつはタケミっちだ……」
三ツ谷がそう告げるとすぐに通話は切られた。大方バイクか車を飛ばして此方に向かってるのだろう。10分もしないうちに慣れた音が近づいていた。
「三ツ谷!タケミっち!」
切れた息を整えないままドアを開けた先で龍宮寺が見たものは立ち尽くす三ツ谷と、まるで犬の様に尻を上げて額を床につける武道の――かつて2人が愛した男の姿だった。