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    港に降りてぶらぶらしたりご飯を食べたり

    #にしあず
    #西東
    west-east

    大人にしあず(4)朝の海は、目に映る全てがすがすがしい。
     肺いっぱいに大気を吸い込むと、港独特の匂いがほんの少し混ざった潮の香りが鼻をくすぐる。
    「お待たせ致しました、レギュラーサイズ2つです」
    「ありがとう」
     展望デッキに併設されたショップで、東峰がコーヒーを受け取った。
    「あざっす。すんません、おごってもらって」
    「長旅お疲れ様の気持ちだよ」
     デッキの端に脚を進めながら後輩にカップを渡すと、こちらを見上げる顔がニッと白い歯をむけて笑う。満面の、西谷の笑い方。いつぶりに見るかわからないのに、なぜだかつい先日見たような錯覚に陥ってしまう。
    「それにしてもびっくりしました。迎えに来てくれるって思わなくて」
    「うん、俺もびっくりしてる」
    「ええ?」
     ふっと含むように笑って、東峰は両手に持っていた飲み物に口を付ける。
     秋めいた空気は海風に乗って少しつめたく、コーヒーの滋味深さが心地よく身体に馴染んだ。
    「旭さん、そんなでしたっけ?」
    「笑うなよ」
    「・・・変わりましたね」
    「変わらないよ」
     今も臆病で、こわがりで、・・・西谷に、何も聞けないのだから。という言葉を飲み込む。
    「いつまでいるんだ?ここに」
    「まる3日停泊するらしいです。そのあいだ、日本の飯腹一杯食っておこうかなって」
    「そっか」
    「はぁ~・・・良い香り。やっぱこっちのコーヒーは最高っすね」
    「そう?なんか外国の方がなんでも本格的な感じがするけど」
    「俺もそう思ってましたけど、欧州でもそこそこいい店に入らないと・・・特に露店なんかは高確率で泥水です」
    「へぇ」
    「その辺で買う飲み物がこんなに美味いのはありがてぇ」
    「ははは」
     今更ながら、まだ夢を見ているようだ。
     あんなに遠いと思っていた西谷が隣にいて、何気ない会話をしながらコーヒーを飲んで、同じ景色を見て笑っている。
     心がほぐれる。命を削るように生きてきた時間が溶けて無くなり、本来の時間が新しく刻まれていくような感覚。
    「仕事、休みっすか」
    「うん、しばらくは休暇をもらうよ」
    「・・・へ」
     呆けたように聞き返す後輩を見て、東峰がふふっと眼を細めた。
    「おまえ、次いつこっちに来るかわかんないだろ」
    「いいんですか」
    「いいよ、ちょうど仕事に区切りが付いたんだ。入社以来一度もまとまった休暇取ったことなくて、周りもせっかくだからって気を利かせてくれたし」
     ぱち、ぱち。状況を確認するように、アーモンド型の三白眼がゆっくり瞬きする。
    「おまえが日本にいる間は、ずっと一緒にすごそうって決めていたんだ。だから、これは予定通り」
    「・・・」
    「嫌?」
    「・・・なわけないっすよ・・・こんな良いこと、今味わっていいのかって思っただけです」
     瞬間、ぎゅうと心臓が縮む。
     やめてくれ。そんな台詞、不意打ちで聞かせないで欲しい。
    「・・・旭さん?」
    「あ、はは、すまん。なんでもないよ」
    ぐくぅぅ、ぎゅぐぅ~。
    「・・・」
    「・・・」
    「腹減りましたね」
    「減ったなぁ」
    美しい景色とコーヒーは、空腹までは流石に満たせない。西谷も東峰も、昨晩から固形物を口にしていなかった。
    「ここで食う?」
    「うーん、それもありっすけど・・・ちょっと降りましょうか」

    港側の出口を抜けると、大きな船の向こう側から小さなクルーザーがしぶきを上げて旋回しているのが見えた。灰色の波がうねって、次々テトラポットに打ち消されている。
    「何か心当たりがあるのか」
    「いや、なんもねーっすけど」
    「え?」
    「あーいた。おっちゃーん!」
    港の端で網仕事をしていた男に、西谷はぶんぶん腕を振りながら駆け寄っていく。
    「え、ちょ」
    「あぁん?!」
    大儀そうに振り向く顔。少し耳が遠いのか、大声が辺りに響く。
    「この辺でさ、なじみの店ってある?」
    「なんやお前、どっからきた」
    「あの船で来たばっかでさ、日本が久しぶりなんだぁ。せっかくだし美味い地魚が食いたくて」
    「あー、ほんなら・・・」
     中腰のまま、タコとあかぎれまみれの太い指が港の向こう側を指して何か言っているのが見て取れた。自分1人なら絶対に声をかけようとは思わないシチュエーションに、東峰はハラハラして見守るしか出来ない。
     程なくありがとー、といいながら西谷がてくてく戻ってきた。
    「ここを出て港湾沿いにまっすぐ行くと大衆食堂があるみたいっす。そこ行きませんか」
    「・・・あの人、知り合いなの?」
    「いやぜーんぜん全く。地元の漁師なら、そういう店知ってるでしょ」
    「初対面?」
    「もちろん」
    「いつもあんな感じで声かけてるのか」
    「まぁ、だいたいは」
    「・・・おまえ、ほんと凄いな」
    「あっちこっち渡ったら自然と身につくスキルっすよ」

    ***

    「・・・ここっすかね」
    目当てと思わしき店の前で、2人しばし立ち尽くす。
    屋根も壁もトタン製、一面サビでボロボロになっている。
    正面入口らしき戸に申し訳程度の暖簾が掛かっているが、それは店の名前も読み取れないほど色あせ穴が開いた年期物であった。
    「中の電気は点いてるっぽいけど・・・」
    お店に電話したらいいのかな、と逡巡し始めた東峰をよそに、ずいっと西谷が一歩前に出てガラガラと引き戸を開けた。
    「こんちわぁ」
    「わぁあ!ちょっ」
    はぁい、と気立ての良さそうな声が聞こえた。ほどなく、三角巾に割烹着のふっくらしたおばあちゃんがぱたぱたと奥から出てくる。
    「ここ、食堂っすか?」
    「ほうよ、どうぞ」
    「よかった。合ってましたね、旭さん」
    「もおぉ~心臓に悪い・・・」
    「あははっ」
    油でぎちぎちと靴音が鳴る床を踏んで、年季の入ったテーブルに通される。
    「はいお冷や。何にします」
    「とにかく腹が減って死にそうだから、沢山食えるのがいいっす」
    「アジ定食はどうやろか。いいのが入っとるわ」
    「んじゃそれにします。旭さんは?」
    「あ、・・・じゃぁ、俺も」
    「はい、2つね」
    定食アジ2つー、と奥に向かって呼ぶ声に応えるように、がたがたと支度の音が聞こえた。
    「さっき団体さんが捌けたとこやさかい、すぐ出来るわ。待っとって」
    「こんな時間に、人が来るんですか」
    「ほうよー、漁師さんらが海から戻るのは朝方やから。おそーい夜ご飯食べにこられるんやわ」
    「なるほど・・・」
    「この辺は何がとれるんすか」
    「ほーやねぇ・・・青魚やらカレイ、カワハギはまぁいつでも。最近は『ふくらぎ』やら『がんど』がよぉ水揚げされるわ」
    「ふくらぎ?」
    「ふくらぎもがんども小さいブリの事よ。東京の人らはわらさとかいなだとか呼ぶわね」
    「あぁ~」
    しばらく談笑していると、ガラガラと扉が開いて人の声がした。そちらにまたパタパタと駆けていくおばあちゃんの後ろ姿が、なんだか可愛い。
    店に入るなり日替わり3つ、と呟く男の声が、常連客を連想させる。
    「地元の店って感じっすね」
    「そうだねぇ。観光客向きではないよね」
    顔を見合わせふふ、と笑い合い、手元のお冷やに口を付けた。

     それにしても、この店は古い。
     外観の物々しさに負けず劣らず、中の天井は低く、壁は日焼けして本来の模様が見えづらくなっている。しかし不潔感はなく、机やコップは細かい傷が沢山付いているがよく手入れされているし、店の照明も明るい。あのおばあちゃんが、長い間店を大事に管理してきたのだろうかとつい考えてしまう。
    「そういや旭さん、ここまでどうやって来たんすか」
    「ん」
    おしぼりを破きながら問いかける西谷に、東峰が答える。
    「車。買ったんだよ」
    「ええっ!いつ」
    「随分前だよ。・・・車検、2回通ったくらいかなぁ」
    おまえが出て行って間もない頃、とはいえなかった。なぜか。
    「東京から、だいぶかかったでしょ」
    「まぁ、結局1日近くかかったかなぁ」
    「えええ」
    「や、サービスエリアで仮眠しながら来たし、そんなに急いだりしてないよ」
    「なんか、すみません。俺、そっち行くつもりでいたのに」
    「いや、謝るなよ」
    正直、自分でも驚いているのだ。西谷に会いたかったから、という気持ちだけでここまでの行動力が湧き上がるなんて。
    「…なんかあったんすか?」
    「え」
    心臓がぎくりと跳ねる。
    「いや、嬉しいんすけど、旭さんにしてはアグレッシブというか…なんていうか、きっかけみたいなのがあったりするんかなって」
    …鋭すぎる。西谷の勘は相変わらず侮れない。
    しかし流石に、西谷に会いたいなら行けばいいと後輩に背中押されてきたとは言いにくい。
    「・・・なんかな、西谷のびっくりする顔が見たくて」
    ん、と顔を上げる西谷の眼に少しドキリとしたが、負けじと言葉を続ける。
    「昔っからおまえには驚かされてばっかだから、たまにはおまえのそういう顔が見たかったんだよ」
    ギリギリ、そういう気持ちも嘘じゃない。
    なんとなく後ろめたさを覚えなくもないが、努めて平静に見えるよう、東峰はふふんと笑ってみせた。
    「・・・」
    「、?」
    西谷の視線が、急に変わった。気がした。
    「・・・な、なに?」
    思わずたじろぎそうになる。が、かろうじて踏ん張り笑顔を作る。
    「・・・旭さん、」
    「はぁい、お待ちどう」
    大きな声と一緒に、どっかりと大きなお盆が現れた。
    「すぐにもう一膳持ってくるからねぇ」
    「・・・」
    「・・・」
    …絶句。
    今の会話に割り込まれたのもあるが、何より声を失ったのは。
    「・・・おばちゃん、この辺のアジってみんなこんななの」
    「まさか。兄さんら本当に運がいいわ、こんな大きくて脂乗ったのは最近でもめったにお目にかかれんから」
     お漬物、あら汁、サラダに煮物。数種の小鉢に山盛り白米。
     目移りするような副菜にも驚いたが、一番はその真ん中に鎮座する『アジフライ』だった。 とにかく、でかい。東峰の掌と比べても一回りも二回りも大きいのが2尾ずつ、揚げたての香ばしい匂いを漂わせ空腹中枢を酷く刺激してくる。
    「あははぁ、びっくりしたかね」
    「・・・いや、てっきり刺身かなにかかと・・・」
    「こんなアジはね、フライにするのが最高よ。食ってみ」
    言われて恐る恐る箸を取る2人。
    「重たっ・・・」
    「まどろっこしいな」
    なんとか箸で持ち上げる東峰、しびれを切らして尻尾をつかむ西谷。
    じゃっくん。
    腹の辺りめがけて、思いっきりかぶりついた。

    「「うまああぁぁ!!」」

    瞬間、じゅわわ!とはじける甘い脂。
    身はふんわりと優しく、からりと揚がったパン粉の食感も心地よく。
    噛めば噛むほど、口の中いっぱいに旨味が溢れて止まらない。
    「うっま・・・なんっだこれ」
    「すご、脂滴ってるよ」
    「ちょちょもったいないっすよ早く食べましょ」
    「う、うん」
     じゅ、とすすりながらじゃくじゃく食べすすめる、いささか行儀の悪い食べ方もお構いなし。口の周りもベタベタのまま、2人の箸は止まらない。
    「うわ、このあら汁、旨味すごいっす」
    「エビの頭も入ってるね、贅沢」
    「ちょ、漬物すげー美味くないっすか?」
    「大根もダシがしみてて美味しいよ、幸せ~・・・」
    「ほぁぁ・・・白飯が・・・正義過ぎる・・・」
    「あ、定食はメインと副菜以外おかわり無料だって」
    「まじすか!おばちゃん白飯おかわりー!!」
    ばりばり、ごくごく、じゃくっ、ずるるるっ。
    空腹もあいまって、一心不乱に目の前の食べ物に没頭していく。

    「・・・ふぉあ~~食った・・・」
    「すごいね、定食一膳でこんなにおなか膨れると思わなかった」
    食後に出されたほうじ茶を喉に流し込み、ようやく一息ついた。
    「だって旭さん、白飯だけじゃなくあら汁もおかわりしてたでしょ」
    「だ、だって美味しかったから・・・そういう西谷なんて白ご飯3杯おかわりしてたじゃん、それも大盛りで」
    「そうでしたっけ・・・もう全然覚えてねぇ・・・」
    「っ、・・・ははは・・・」
    不思議だ。
    西谷が日本を出て、随分経ったと思う。
    なのに、今こうして話をしていると、つい昨日別れたばかりのような錯覚に陥る。
    何度も何度もメールをくれたのに。
    何度も何度も返事したのに。
    「・・・あ、そういえば」
    満足そうに腹をさすり天を仰ぐ西谷を見て、東峰はふと気がついた。
    「西谷、さっきから写真全然撮らないな」
    「え?」
    「忘れたのか?食べ物とか景色とか、だいたい写真送ってくれるだろ」
    「あぁ。・・・まぁ、」
    ふっと視線をそらし、たいしたことではないと言いたげに呟く。
    「旭さんといるから、いっかって」
    「・・・?」
    「旭さんに送る写真、あれは俺にとって忘備録です」
    「忘備録?」
    「いつか一緒に本物を見たいって、今度来るときには旭さんと一緒に食べたい。そう思う物を、全部送ってるんです。・・・旭さんだけに」
    「・・・」

    北欧の氷。
    中東の岩塩クレープ。
    ニューオーリンズの金管隊。
    アジア圏の屋台飯。
    葡萄色をしたホノルルの夕日。

    「いやしかしほんと美味かったっすねこのアジ」
    「・・・だなぁ」
    「帰るなりこんなん食って、他の国行ったときのショックがもう怖いっす・・・日本はマジでメシ美味いんだなって思い知らされますもん」
    「ははは。まずかったご飯てあったのか?」
    「そりゃいっぱいありましたよ。でも一番は・・・やっぱアレかな・・・」
    思い出すような表情を浮かべて、眉をしかめる。
    「だいぶ前、インド洋あたりで旅費が尽きて、一週間くらい臨時で日雇いしたことがあったんすよ。その時出された山羊と豆のスープは格別でしたね。アレを三日三晩食わされたら、何食っても美味いとしか思えなくなります」
    「・・・そんなに?」
    「臭いが半端ないのに味がしないんすよ、不思議なことに。・・・正直吐いてしまいたかったけど、食わないと体が持たないんで。こう、ガッと」
    持ち前の身振り手振りを交えつつ、鼻をつまみながら上を向く。
    「まぁ、身をもって己の無計画さを猛省することが出来たんで、いい経験でしたね」
    「・・・つーか、その話初耳な気がするんだけど・・・」
    「言わなかったから」
    「なんで」
    「・・・だって」
    急にトーンダウンし、ちょっと不機嫌そうに横を向く。
    「言ったら、旭さんに怒られると思ったから」
    「・・・」
    一瞬の静寂。
    おや、という表情を西谷が浮かべた途端、はじけるような笑い声が狭い室内に響き渡った。
    「旭さん・・・」
    「あはは、あは、ごめ、もぅ、お前はほんっと・・・あっはっはははは」
    とまらない、おなかが苦しい。やめてくれ、腹一杯なのに息が詰まる。
    「もぉお~・・・」
    「あははっ、だ、だっておまえ、そんな神妙な顔して、あっはははは」
    ヒィヒィと必死に息継ぎする。涙まで出てきた。
    こんなに笑ったのは、いつぶりだろうか。
    「旭さん」
    「あは、は・・・ごめ、・・・はぁ、・・・ふああ~・・・」
    大きな深呼吸を一つした瞬間、唐突に大きなあくびがまろび出た。
    「・・・眠いんでしょ」
    「え」
    ぎょっとした。急な生理現象が止められず、少し恥ずかしい。
    「いや、その」
    「まぶた重そうっすよ」
    「あ~~ごめん・・・」
    指摘されて思わずはわぁ、と再び大きなあくびが漏れる。
    「まぁ、夜通し車の運転したあとに腹一杯食ったらそうなりますよね」
    「いや大丈夫だよ、身体は元気だから」
    「おばちゃぁん」
    くるりと振り返った西谷が、先ほどの従業員を呼ぶ。
    「この辺で仮眠とれそうな宿ってあります?」
    「えぇ?」
    「この人、さっきまで丸1日車の運転して疲れてるんだわ」
    「ありゃーそれはご苦労さんな。したら、上の座敷で休んでってええよ」
    「えっ、いいの?」
    「宴会の予約入った時でしか使わんし、好きなだけゆっくりしとりゃええ」
    適当に押し入れ開けたら布団もあるよ、ちょっとかび臭いかもしれんけどと笑う声にあざっす!と元気よく返事した西谷が、早速旭の手を引いた。
    「上、行きましょ」
    「あ、え、わ!」
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