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    @shiokim_wiper

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    お待たせ致しました〜
    2人ぶらぶらお昼を満喫

    #にしあず
    #西東
    west-east

    大人にしあず(6)『旭、大好き』
    久しぶりに逢った「彼女」は、満面の笑みだった。
    『貴方と出会えたことそのものが奇跡だわ』
    白い指が、細い腕が、首筋に滑る。
    息づかいが近い。
    『嬉しい、本当に嬉しい』
    『もう絶対離れない』
    『ずっとずっと一緒にいて』
    耳元で、深紅のティントが情熱的な言葉たちを次々紡ぐ。

    夢だ。すぐにわかった。
    一番"幸せ"で、一番"うまくいっていた"時期をそのまま反映した、あのころの記憶。
    あのとき、なんて言ったっけ。
    そうだ。俺もだよ、と言った。
    君を一生大事にするよ、とも。
    けれど。
    『旭』
    唇がこわばる。
    『旭ったら』
    身体の芯が、冷えていく。
    変だ、彼女の声色は、もっと高かった。
    『どうしたの』
    頬に触れる指は、もう少し華奢だった。
    『おーい』


    『旭さん』
    違う、これは。


    ***

    ごん、ごおん。沖合が轟音を響かせる。
    昼を過ぎて、客船とは別の大きなコンテナ船が、水平線近くに霞んで見えた。
    「本当ごめんな、熟睡しすぎて」
    「ははっ、今日はまだ始まったばかりっすよ」
    それに、と振り向く後輩の眼がきらりと反射する。
    「旭さんが元気になってくれたから、何よりです」
    にぱ、と笑う西谷がまぶしい。
    「・・・ありがと」
    きゅん、と締まる胸に手を当て、東峰はなるべく平静な声を作る。
    腹一杯の朝食と休憩をむさぼった二人は、ひとまず東峰の停めた車に戻った。いつから使っているのか、西谷が背中にしょっていたバックパックは、本人を写すようにあちこちに擦り傷と日焼けの跡が見られ、そしてそこそこ重かった。
    「すんません、助かりました」
    「船内においてきても良かったんじゃないのか?」
    「俺の宿泊スペース、大部屋の雑魚寝スタイルなんすよ。盗難あったらヤなんで」
    「おぉ・・・さらっと怖いこというな」
    「あ、上着だけ出しますね」
    『どっかり』とトランクに横たわる荷物に、こんなものを担いで世界中飛び回っていたのかと、東峰は改めて西谷の胆力に舌を巻いたが、当の本人はどこ吹く風、体力を持て余すように肩をぐるぐる回し、東峰の腰の位置くらいまでびょんびょん跳躍する。
    「はぁ~身体軽い!」
    「悟空みたいなこと言うなよ。・・・これから、どこ行こうか」
    「そうっすねぇ」
    逡巡するように目線を上に向けた西谷だが、すぐに視線が直る。
    「旭さんは、どうしたいです?」
    「え、俺?」
    逆に問われて、言いよどむ。
    「え、と・・・」
    そういわれても。久々に帰ってきた西谷の、したいことを優先させるのが今回の目的だったのに。
    「その・・・」
    「旭さん」
    びゅごわわぁ、びづーぅ。
    海からの激しい風が、耳元に響く。
    「俺と過ごしたくて、俺に早く会いたくて、ここまで来てくれたんでしょう。だったら、俺に出来る旭さんのお願い、全部叶えたいっす」
    「・・・」
    西谷の声が、言葉が、海風を縫うように染み渡る。
    苦しい。顔が痛い。脚がすくむ。
    ああ、俺はだめだ。
    本当に、俺はこいつが好きなのだ。
    西谷という男に『参ってしまっている』。
    「・・・なら、」
    こきゅ、と一拍おいて、東峰はゆっくりと言葉を紡いだ。
    「行ってみたいところがある」



    ボオォー。ボオォー・・・
    腹の底に響く汽笛を発して、大きな船体がゆっくりと旋回する。
    「良い天気っすねぇ!」
    「本当になぁ」
    甲板に立つと、視界いっぱいに広がる水平線が二人を出迎え、嫌が応にも開放的な気分を高揚させてくれる。
    「風も心地いいし、絶好の旅日和ですね」
    「予報は雨だったから心配だったけどな・・・俺雨男みたいだし」
    「それは大丈夫。俺が行くとこ、基本晴れるんで」
    「・・・ほんと頼もしいよなぁ西谷は」
    どーんと任せてとばかりに胸を張る後輩に、東峰は自然とへにゃり笑いが漏れる。
    「でも、本当に良かったんですか。俺が乗ってきた船が見たい、なんて」
    「俺、一度もこういう船に乗ったことなかったから。・・・西谷には、つまんないだろうけど」
    「とんでもない。そういうことなら、喜んで案内しますとも」
    甲板に足を踏み入れると、船内アナウンスが響いた。天候が良いので、急遽船舶域の湾を周遊するツアーを組んだとの連絡に、いっそ参加してみるかと便乗することにした。
    抜けるような青空。遠くに霞む白雲。
    胸いっぱいに潮風を吸い込むと、冷気がまともに肺にぶつかってじんじんする。
    「上の階、小窓がいっぱいあるけど、客室かな?」
    「窓があるアウトサイドルームはスイートですよ。あの辺で張り出してるのは多分バルコニーっすね。内側にはプライベートプールとかもあるみたいですし、あそこは所謂富裕層のエリアです」
    「はえぇ・・・西谷は?さっき大広間って言ってたっけ」
    「俺は船底部に近い共同スペースです。プライベートゼロっすけど、一番安いし、入室人数もあんま把握されてなくてそれなりに気楽ですよ。よくわからない楽器とお酒持ち込んでるヒスパニック系の人達なんかが部屋の隅でよく宴会してます」
    「へぇ、面白そう」
    「いや~最初は楽しかったですけど、連日になると正直うるさいっすね」
    頭上でバタバタバタ!とせわしい音が聞こえる。四方に延びるロープから様々な種類の満艦飾が、強い海風に暴れていた。
    「あちこちに船が停まってるね」
    「この辺は、小さな港が集まって出来てるんですね」
    「面白いよねぇ・・・あ、釣りしてる」
    「いいな。この辺り何が釣れるんだろ」
    「どうかな。案外、釣り糸垂らすだけで楽しんでるのかも」
    「それって面白いんすかね~・・・へっぐしゅ!」
    幾度も吹き付ける強い風に当てられたか、西谷が大きなくしゃみをした。
    「寒いか」
    「いや、平気っす」
    「その上着薄くないか?風も強いし、結構寒いぞ」
    「大丈夫っすよ!一応ウィンドブレーカーなんで」
    「・・・ちょっと触っても良いか」
    風に煽られぶわぶわと膨らむそれは一見防風着に見えなくもないが、その手触りはあまりに薄く、お世辞にも正しい機能が備わっているとは言いがたい。
    「旭さん?」
    「ちょっと待ってて」
    手早く下ろした東峰のリュックから、モスグリーンのショールがぶわりと現れた。
    「羽織ってろ。純度100のカシミヤだからあったかいぞ」
    「ええ?!」
    背中のリュックに収まっていたと思えない大きさを魔法のように広げる様に、その柔らかさと質の良さが見て取れる。
    「いや、これめちゃくちゃ良いヤツでは」
    いいから、と西谷の口元を覆いながらくるりと巻き、空気を含ませるように形を整えた。
    「・・・」
    「貸してやるよ。さっきよりマシだろ」
    「本当にいいんすか」
    「いいよ。せっかく・・・来てくれたのに、風邪引いたらつまらないだろう?」
    『会えたのに』と言いかけて思わず言葉を選んだ。
    「・・・西谷?」
    ショールに埋もれるような顔がうつむく。ちょっとお節介すぎただろうか。
    「どうした」
    「・・・あったけぇ・・・」
    しみじみと、染みるように低く呟く西谷の頬に、ほんのり赤みが差す。
    「ありがとうございます。ふふっ、すげぇ嬉しい」
    まふまふとショールを触りながら、にっこりと微笑む横顔。
    (・・・!!)
    どっ、ばぐん!
    心臓が爆発したように跳ねた。
    やばい。やばい、やばい~~なんで急にそんな可愛い顔するんだよ~~!
    やめてくれ!頼むから!俺の心臓保たないんだけど!!
    「旭さん?」
    ふい、と小首を傾げるように見上げてくる後輩の目がまぶしい。
    や~め~ろ~!!なんでそんな可愛いことしてくるんだよ!!
    俺の後輩がこんなに格好良くて可愛いとか反則過ぎて死んじゃう!!
    誰のせいだよ!!俺のせいだな!!!
    「いや、その、喜んでくれたなら何よりだよ」
    「・・・うす」
    背中に伝う冷たい汗。血が上る顔。固まる表情筋。
    こっちが風邪引きそうだと焦りが募ったその時。
    『まぁ、うふふっ』『きゃっ・・・』
    鈴を転がしたようなさざめきが、風に乗って届いた。ぱっと反射的に顔を上げ目を向けた先には、華やぐような衣装を纏った女性2人。
    助かったとばかりに、東峰はほっと息をついた。
    「・・・着物だね」
    「やべぇ。久しぶりに見た」
    甲板から少し離れたデッキチェアに白いパラソルを二つ並べ、微笑み合っている。
    銀鼠の袋帯に合わせた牡丹と椿は、黒地のコントラストで艶やかに輝く。もう一方は朱地の真っ白い蘭柄に、紺色の帯がよく引き立てている。
    じっと眺めているうち、その品格の高さに興味が湧いた。
    「・・・すごい。遠いから詳しく見えないけど、あれきっと絹だ。色合いも深くて品がある」
    「わかりますか」
    「なんとなく。ピンキリあるけど、高いのだと・・・そうだな、国産の高級車買ってもおつりが来るよ」
    「まじですか・・・!」
    さっき西谷が言ってた富裕層という人達だろうか、乗船客にもいろいろいるものだ。
    目をこらすとあちこちで揺れる小物類にも興味をそそられるが、あまりじろじろ見ているのもはばかられる。好奇心をなだめながら、東峰は再び視線を海へ向けた。
    「今更だけど、この船結構豪華だよな。乗船賃安いっていってたけど、それなりだろ?」
    「そうでもないすよ、これだけ大きい船はクラス区分も結構細かいし。長い路程はでかい客船のが安心ですしね」
    「そっか」
    後輩の言葉に納得していると、再び外国語の船内アナウンスが流れ始めた。
    「え、なに?」
    「ちょっと待ってください・・・反響して聞き取りにくいな」
    西谷が顔をしかめ、耳をそばだてる。
    「なんて?」
    「向こうで軽いランチタイムが始まるみたいですね。天気良い日はよくやるんすよ、行きましょう」
    「えっいいの?俺、船客じゃないのに」
    「へーきへーき」
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