Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    越後(echigo)

    腐女子。20↑。銀魂の山崎が推し。CPはbnym。見るのは雑食。
    こことpixivに作品を置いてます。更新頻度と量はポイピク>pixiv

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 277

    越後(echigo)

    ☆quiet follow

    第一話の前。スーベニールの後。細かく言うと「こぐまさがると、あたらしいふく」で語られた、こぐまさがるの過去の直後です。全年齢。CPなし。出番は山、近、銀、ちょっと土。

    ##こぐまさがる
    ##小説

    番外編:こぐまさがるの、なまえ。 此の世界では、ひとは名を持って発現する。
     名はからだこころの結びである。名を疎かにすることは、魂のあくがりを招く。あくがれた――解き放たれ、器を持たぬ魂は、放置すれば世界に融ける。
     名は結びであり、言葉である。
     言葉によって己の名を認めることではじめて、ひとはここに在る。

     ゆえに、発現したばかりで言葉を持たないおさないひとびとは、形を成しつづけるために他から名を呼ばれるが必定となる。
     おさないひとの名を知る術を持つものは幾人か存在するが、「きまり」として、「番人」の役をおうものは必ず名が見えた。

    ◇◇◇

     常春の陽気が新緑の薫りとともに、よろず屋と銘うたれた邸を包んでいる。
     その客間にて、此の世界の警備を担当する真選組が局長近藤勲は、主人にして当代の「番人」である坂田銀時の前にいた。こちら側では珍しい長椅子に腰かけ、腕をくみ唸っている。近藤の横にはちょこんと、二人をまねて座るおさないひと――子熊がいる。こちらは、ぼんやりとした表情かおで、時折ゆっくり首を動かしては、二人を見比べていた。
     どこか甘い香りに包まれた家屋に子熊が招かれたのは、二度目である。
     普段を知るものから見れば、妙な光景であった。発現したばかりの子熊はともかく、近藤と銀時は互いに招き招かれる親しい間柄というわけではない。つまり、近藤には銀時を尋ねなければならぬ事情が存在した。
     説明を差し挟むならばまず昔を語る必要がある。時の概念の存在しない此の世界でも少しばかり前、と言ったら良いのか。あちら側とこちら側と俗には称している、二つの世界を巻き込んだ大きな戦があった。そして戦後に、真選組――近藤をはじめとした土方、沖田の三人は、あちら側とこちら側の境界で警備係となった。
     大枠としては番人、坂田銀時の補佐とされているが、独立は保たれている。ゆえに、銀時から命令が下されたり、真選組からわざわざ判断を乞いに出向く用はない。
     そもそも、そんなことが義務づけられれば、副長のオオワシが許すまい。互いが互いを気にくわないというだけが理由の、番人と真選組の間でくだらない戦が勃発しかねなかっただろう。
     そんな因縁の宿敵ともいえる相手に、土方が自ら頭を下げに行った。失った仲間と同じ姿をした子熊のために、そして自分なりのケジメのために。
     二人の険悪さを嫌というほど知っている近藤からすれば青天の霹靂だった。戻ってきた土方から事情を知らされた近藤は大きな感動につつまれ、実際泣いた。うるんだ目のまま周りに言いふらそうとして、土方からきつく口止めされた。
     その土方は、腕に抱えて連れ戻った――何故かびしょ濡れで気絶していた――子熊を「さがる」と呼んでいた。
     だから近藤は子熊をねぐらに寝かせた後に、さがるというのか。山崎と同じ名前だったのか。と尋ねたのだ。しっかり者の土方が、煙管を口から落として呆けるとは夢にも思っていなかった。
     わざわざおさないひとを連れて番人に会いに行ったのに、名前を教えてもらっていない。
     一大事だった。下手を打てば子熊はこの世界から消えてしまう。結びが間違った名であったとき何が起こるか近藤は知らなかったが、それは「きまり」を思えばよくないことだと容易に推測できた。
     今はまだしっかりと子熊の像が見えているが、猶予は残されていないかもしれない。慌てふためく近藤に相対したまま、土方はひとつ深呼吸する。ゆったりと膝を曲げて落ちた煙管を拾い上げ、咥え直して目を閉じた。
    「まあ。落ち着け近藤さん」
    「いやトシ、それ咥えるとこ逆」
    「あっづぅぅぅぅ!?」
     そして近藤は、唇を腫れ上がらせた土方に頼まれたのだった。
     長々と小難しい内容いいわけを手っ取り早く要約すると、二度も、しかも自分の手落ちであの天パ番人の所にツラは出したくない、というなんとも情けない話だった。しかし、近藤は、一緒に育ったも同然のこの副長にどうにも甘かった。苦笑だけで引き受けると、眠りから覚めたばかりの子熊を連れてよろず屋へ向かう。
     尋ねた玄関先では、用件を知っていたのであろうニタニタ顔の番人が待ち受けていた。バツの悪い近藤は頬をかきながら、あまりいじらないでやってくれよと伝える。まあ、どだい無理な話だろうが、とも分かっている。
    「まあ俺も、おっかしーなーとは思ってたんだよね」
     客間に三人がそろい、近藤に薄い茶を出してから番人はどっかとソファに座り鼻をほじった。応接机には半紙と筆にすずりといった、必要なものがすでに揃えてある。
    「大串くんが呼んでるから誰かに聞いて『選んだ』モンかと。にしてはさァ、まだそこのチビは抱え込んでるし」
    「……抱え込む?」
    「なんつーか……あーめんどくせェ」
     ゴリラの疑問に深く息をついてから、銀時は筆を手に取った。すらすらと半紙に文字が描かれていく。
     ――書き出された名は、ふたつあった。
     近藤は一度瞠目し、まばたいてから、ううん、と唸る。腕組みとまぶたに力がはいり、目をつむった。開いてからも、名はふたつである。

     ひとつは、知らぬ名であった。
     ひとつは、『山崎退』であった。

    「まあうすうす分かってたろ。オメーにもよ」
     銀時は大きなあくびをしてから、背もたれにだらしなく体重を預けて近藤を見やった。で、どうする? と、無言で問いかけている。
     ここはどちらかを選ぶより他にない。だが、近藤には選ぶことが難しかった。
     今、自分の横でおさない彼はおとなしく座っている。その内には魂がふたつ混じっているのだと、土方から聞いていた。しかし、名となれば話が違う。そのものを示す名はひとつでなければならない。銀時は気遣いか明言を避けていたが、ふたつの結びとなれば、魂か器のどちらかが耐えきれず裂けてしまうだろうと、近藤は本能で分かっていた。
     近藤は、迷った。
     山崎退は、あちら側のものであったから、こちら側にはいられなかった。だから、器もろとも魂が消失した。消えたものは、戻ってくることができないのが「きまり」である。
     ゆえに仲間の消失に、皆、悲しんだ。特に、消えるそのときまでを見届けた土方の心には傷が残った。
     それらを癒やす間もなく、全員が大きな戦に放り込まれる。犠牲を生んだ戦の終結には、生前の山崎の尽力の結果もあった。平和を取り戻し、世界が落ち着きはじめたとき、真選組は森でおさないひとを拾った――失った山崎退にそっくりの、ひとを。
     近藤は喜んだし、土方も、皆も喜んでいた。だから、そこでは気づけない。
     誰もが「すでにいなくなった」しかも「人間」にそっくりな存在というものには、ついぞ出会ったことはなかったのだ。
     近藤をはじめとした面々が事実に気づいて処遇まで頭を悩ます前に、土方がこれは真選組で預かると決めていた。そして独断で番人にも筋を通している。
     近藤は痛いほどに、土方の無念も後悔も決意も知っていた。叶えたい望みがあるのなら、応援したいと心から思っている。
     だが、この何も知らないおさないひとに、そっくりそのまま背負わせてはならない。この子熊も、そして土方も、選んではならない道だ。そう、直感的に近藤は悟っていた。
     ゆえに、はたして『山崎退』という名前をもともと持っているのならばともかく、持たせるという選択をするべきか――首を捻っても、答えが出るはずのない問題だ。しかしゴリラには半紙に並ぶ名を睨みつけ、唸り続けるしか術がない。
     苦し紛れに横を向けば、当の子熊が半紙をじいっと見つめていた。言葉を持たないおさないひと、それも発生したばかりでは考える力も育っていない。しかし、その黒い目ではっきりと、半紙を見据えているように近藤には思えた。
    「なあ」
     気づけばつい、応えがあるはずもないのに、近藤は声を掛けていた。子熊が頭を持ち上げて近藤を見つめ、ぱちりとまたたく。
    「お前は、どう呼ばれたい?」
     口から飛び出た言葉に、近藤自身が一番驚いていた。口をおさえて銀時を見やると、ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべている。
    「ちょ、今のナシナシ! 聞かなかったことにしてくんない!?」
     近藤の頭にカーッと熱がのぼった。何もわかってないおさないひとに、いい大人が助けを求めてしまった。急な恥に襲われたゴリラが慌てふためくのを、番人は明らかに面白がっている。からかいの言葉でもはこうとしたのか、口を開いた。
    「がう」
     しかし、銀時の代わりに声を出したものがあった。
     二人が、同時にその主を見る。小さい獣の手が、しっかと片方の名の上に置かれていた。口をぎゅっと引き結び、おそらく本人は大真面目な――しかしいやに可愛らしい――顔つきで、彼は二人を睥睨する。文句は受け付けないとでも言うかのようにまた、がう、と言った。
    「あー……」
     先に言葉で応えたのは、番人である。だらしなく大口を開けた後に、そっか、とひとり納得した様子で頭をゆるく縦にふった。腕を持ち上げると天然パーマをかきまぜて、息をつく。
    「局長さん」
    「……ん」
    「部下の意見は出たらしーよ。どーすんの?」
    「うっ、うん……」
     わざとらしくため息をついてから、番人はやる気なく鼻で笑った。
    「返事はできねーけど、決まったみてェだな」
    「あ、あぁ……ううっ」
    「うー……」
     うめくゴリラの腕に抱き込まれた子熊がもがいている。小さくて丸い頭は、滂沱の涙と鼻水に巻き込まれてぐちゃぐちゃになっていた。最初来たときは、仕込み中のあんぱん生地と定春のよだれだったな。などと、どうでもいいことをつぶやく番人の前で、近藤は口を開いた。
    「……さがる」
    「がう」
     体力も尽きてきただろうに律儀に返事をする子熊に、ゴリラがおうおうと声を上げて泣き出す。番人が、さっさと持って帰れよと鬱陶しそうに半紙を畳んだ。
     玄関前で煙管を噛んでいるオオワシの元に二人が届くのは、もう少し先のことである。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works