或領分の最適解 「山崎」と呼ばれていつもどおりに「はいよ」と答えた。
ただし、ここは真選組屯所ではなく、過激派攘夷浪士組織『出魅愚乱巣』のアジトである。
山崎は「場所は変わったのに俺のやることって変わらなくない?」と、本来の上司に知られれば鉄拳制裁ものの思考をめぐらせていた。世は浮かれた者も出だす春先というのに、己はピリピリした空気の漂うレンタル倉庫内で、居丈高な指示に従って厳重に梱包された木箱を持ち上げている。
腰にくるなあなどと思いつつ、えっちらおっちら別の倉庫へと移動した。そこには同じような木箱が左右に振り分けられ、積み上げられている。すべて移動させるまで飯抜きだと、刀を腰に指した男が吠えていた。それを山崎はじめ、下っ端の構成員たちは黙って聞いていた。
よっ、と掛け声とともに木箱を抱え直す。重量と音からして、刀は間違いなし。銃もあるかと山崎は推測した。廃刀令のご時世、屯所へご案内するに足りる条件を存分に満たしている。指示と呼べるかも怪しい怒声に機械的に返答しながら、山崎は木箱の位置と総数を頭に叩き込んだ。
山﨑がアジトに潜入して、すでに二週間になる。
これまでに分かったことは、この組織は予想以上に警備も管理も杜撰で、構成員はおしなべて年若く、もちろん統制はろくにとれちゃいないことだ。
それもそのはず、『出魅愚乱巣』の元はトマトならぬチンピラの群れである。歴史の浅い成り上がり者の威勢が良くなってきたところに、これまたチンピラくずれの攘夷浪士が参入してさらに膨れ上がった。正直に言えば組織とも称し難い。思想も何もない馬鹿者が調子に乗っているだけだ。
以前までのこいつらのやることといったら一般市民の怯える姿に悦に入ったり、金をばらまいて仲間を増やして強くなった気になるだけだった。
しかし、最近はあちこちの徒党と諍いを起こし、一ヶ月ほど前は内部に死傷者まで出している。その結果が、今のひりついた空気と大量の武器仕入れというわけだ。これ以上の増長を許せば民間人にも危険が及ぶ可能性があった。とっとと踏み込んで一斉検挙するのが最善だろう。
だが、今回はそうはいかない訳がある。
「リーダーは生け捕りにしろ、とのことだ」
拝命時、瞳孔の開いた副長は噛みちぎりかけた煙草を不味そうに外した。乱暴に灰皿に押し付け、ぐりぐりと吸い殻をいじめながら、ひどく苦々しい声を出す。
「――なんでも、悪い攘夷浪士にそそのかされた息子の始末は、お身内で請け負ってくださるそうだ」
分かりやすい嫌味に「そりゃご配慮いたみいりますねェ」なんてノれば、自分は障子戸を突き破って庭に飛ぶ。
そう、上司の額に浮かぶ青筋が教えてくれていた。だから山崎は、黙って頷くだけにした。触らぬ鬼に祟りなしである。
伝えるべきを伝えた副長は、苛立ちながら新しい一本に火をつける。その前に座している監察は、「保護対象」の顔写真を灰皿で燃やした。
気の進まない仕事ではあるが、図太くて細かな神経を要求される潜入。そこに余計なお荷物まで面倒を見るような内容。自分以外には務まるまいと山崎は冷静に判断した。そして、それは正解だった。
「保護対象」は今のレンタル倉庫内にはいなかった。死傷者騒ぎから表立って出てこなくなったらしい。
山崎の調べでは、なんでも死者は幹部の一人だった。それもめった刺しである。近くで倒れていた重傷者も先に目と口を潰され、恐怖もあって誰がやったのかという証言がままならなかった。
そんな酷いことがいつのまにか、それも対立する組織との小競り合い中に起きたことから、裏切り者がいて情報を売ったのではないかという疑惑が持ち上がっているのだ。「保護対象」もそれを信じたらしく、目立ちたがりながら引っ込んでいるところがある。
それを抜きにしても、元からこまごまとした雑事はすべて部下任せにしているようだった。金はこっそり実家やその伝手から引っ張っているのだろうが、大部分は人任せで見栄と遊興ばかりに消えている。この様子では下っ端がいくらかちょろまかしていたり、賄賂などがあっても気づいていないだろう。
そういった臆病で小狡い阿呆だから、保護しようにも変に難易度が高い。命の危険があろうと表に出てくる馬鹿ならば容易い面もあったが、我が身可愛さ分の頭は働くようだ。
山崎は荷の場所まで戻って、新たに木箱を抱え直しながらため息をついた。いくら鍛えている身体でも腕はしびれるし、腰だってだるくなる。くわえて、要領を得ない指示を怒鳴り声で聞かされながらの仕事、疲れが乗算でたまっていくというものだ。監察として常に緊張感を持ち、ボロを出さぬよう努めてはいるものの、山崎のストレスもピークに差し掛かっていた。
「山崎さん、大丈夫ですか?」
「んあ?」
爽やかな声がひょいと向けられて、あくびを噛み殺しそこねる。首だけで山崎が振り向くと、申し訳無さそうにした青年が会釈した。
「お疲れのようだったんで……。こっち、ちょっと軽いみたいなんで交換しませんか?」
囁くと、木箱を少し持ち上げて見せる。優しげな面差しは、純粋な心配を山崎に向けていた。
「いや、なんか悪いし……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それに……」
青年は心配の声音に不安を混ぜ、重ねる。
「見てたら山崎さん、さっきから重そうなものばかり持ってたじゃないですか」
「いや、ははは……」
青年の名は公太郎という。山崎よりも少し前に『出魅愚乱巣』に入党した若者であった。己の後に山崎が入ってから、何くれとなく声を掛けては世話を焼いてくれている。
正直に言って、やりにくい相手である。
見た目通りの優しい好青年なのだが、会話をすれば二言目には「今の世は」「圧政によって泣く人が」と熱血に論を唱える志の高い人間である。つまり、バリバリの攘夷思想の持ち主だ。しかも目端が利き、真面目で飲み込みが早く、行動力もある。
そんな人材が何故こんなチンピラの集まりにと、最初、山崎は思ったが、本人からの弁によると、どうも攘夷浪士つながりの紹介があったらしい。チンピラ攘夷浪士個人が腐っていても、ネットワークは生きていたということだろうか。なんとも面倒な話だと頭痛を覚えた。
武器の総数であったり人員であったりと覚えることが多い潜入の最中、こういった手合のものにくっつかれると非常にまずい。情報源として活用する方法もあるが、頭が良い相手の場合は変に探りをいれて気取られるほうがまずい。と、山崎は早急に判断した。
この場はとりあえずはごまかしていこうと、山崎は無理くりに笑顔をつくる。
「いやあ、俺下っ端だし、こういうときに一番重いものをね」
すらすらと言い訳を並べると、公太郎が、はっと衝撃を受けた顔になる。山崎は、しまった、と思った。
「山崎さん……貴方は我々の鑑です。私にも手伝わせてください! まず、これを運んでしまいましょう」
公太郎は瞳をうるませたかと思うと素早く踵を返した。山崎が反応する前に、腕に新たな木箱を追加して駆け寄ってくる。
「さあ、参りましょう! 日本の夜明けへ!」
「……あはは」
張り切って大股で進みゆく青年の後ろで、山崎は力なく笑った。
「――ですから山崎さん、知っての通り我々攘夷志士の働きによって日本のこれからが決まるわけで」
「うん、まあ……」
「今こうしてる間にも、市井には理不尽に苦しんでる人がいます」
「あの、公太郎くん」
荷運びの間、山崎はなし崩し的に公太郎から休みなく発せられる語りに付き合う形になってしまった。一部もっともではあるものの、大げさな理想をキラキラとした目で語られるのは何かと心にくるものがある。
「苦しんでいる人たちを天人と癒着した幕府の腐敗から解放することが我々の崇高なる使命――」
決して、若いなあとか途中で思ったりなどはしていない。だって俺だってまだ若いし。
「おいそこ!! うるせえよ!!」
どうでもいい思考で聞き流していれば、遮るもののない彼の声はどんどん大きくなっていた。何故か山崎もまとめて怒鳴られることになる。
「すみません!!」
「すいませーん……」
間髪入れずびしっと直角に曲がって謝罪する公太郎と、いろいろな原因で疲弊した山崎の力ない謝罪に、監督役の浪士が舌打ちをした。公太郎がすまなさそうに、山崎に小声で話しかける。
「申し訳ありません。田舎の出なもので声が大きくて……」
「いや気にしないで……」
正直に言えば、気をつけてくれよマジでふざけんじゃねーよ、というのを大人である山崎は飲み込んだ。大人なので気にしていない、俺は大人なんで、と自分に言い聞かせながらぐいっといく。自動で口の端がひくひくした。その様子に何か感じるものがあったのか。公太郎は恥じ入った様子で、すみません、と重ねた。
倉庫内では自分たち以外は誰も喋っていない。監督役ですら、必要以上には喋らず、しかし苛立ちだけははっきりと見せながら辺りを見回している。そして、見張られている面々からは、どこかおどおどとした様子すら見受けられた。無理もない。死傷者騒ぎはあったものの、だからこそ自衛のために街のチンピラから人員を補充した――そこに山崎も滑り込んだ――中にまた裏切り者がいてはたまらないだろう(実際、別の方向でいるのだが)。
この一ヶ月以内に入った新人は武器も与えられず、下っ端仕事をさせられ、寝る場所も幹部から離れた雑魚寝部屋を与えられた。そこだけは賢明な判断である。
そこに幹部や監督役を含めた、人員の質が見合っていれば良かったが悲しいかな。そうはいかなかった、というだけの話だ。
怒鳴られた後の山崎と公太郎の二人は、粛々と仕事を進めていった。そして無事に木箱の整理までを終わらせる頃には、監督役は抜け他の下っ端も早々に退場していた。山崎は組織として成り立っていない体制に、何回目かも忘れた呆れを覚える。
もう日が暮れかかっていた。数の確認のためにと黙々とメモをとる公太郎の横で、山崎は自分に必要になるすべてを記憶していく。もしかして欲張れば、もう少し情報を引っ張ってこれたかもしれない。
しかし、山崎は自分のするべきこと、やるべきことからはみ出そうとしなかった。潜入任務での鉄則だ。余計な真似をして、相手に気取られてはすべてが水の泡だ。自分の身ばかりか、味方を危険にさらしてしまう。今自分がおかれている立場、できることの範囲を臨機応変に見極めて、最善を取り、しかも目立たない。これが出来るのが監察だと山崎は自負している。
「山崎さんは、故郷は江戸で?」
ふと、メモをとりおえたらしい公太郎が話しかけてきた。
「え? そうだけどー……」
「そうですか……」
山崎のそっけない返答を聞いてから、公太郎は懐かしむように遠くを見る。
「私は田舎に家族を置いてきていまして……こうなっては、もう両親と会うこともかないません」
「へえ……」
「……ですが、いつか俺のやったことを認めてくれる。そう信じています」
青年は山崎に向けて、にかっと歯を見せて笑った。夕日に照らされた顔に迷いはなく、山崎から見るとずいぶんと眩しい。
「妹はまだ小さいので、分からないかもしれないですけど。でも、いつかは……」
ひとりごちる公太郎の話を、山崎は黙って聞いていた。
◇◇◇
「首尾は」
「予定通りで」
機械越しの声を聞いてから、土方は長く煙を吐いた。真選組副長室の夜半のことだった。
「規模は別途渡したとおりに」
「日取りは」
「それは今は……」
濁された答えは土方も予想していたことだが、つい、ため息がもれる。言いたくはないが言わねばならないことに、口が少し重くなった。
「……先方さんがな、死傷者が出たことでせっついてやがる」
通話相手が息を呑む。かまわず、土方は続けた。
「くれぐれも危険が及ぶ前に保護を、とな。わざわざとっつぁんを通して圧力をかけてきやがった」
「……さいですか」
「急げとは言わねえ。とっつぁんにもだいぶ抑えてもらってる。元はと言えば向こうのほうが脛に傷持つ身だ。あまり動くとそっちが危ねえぶん、これ以上はないだろうよ」
だが、と土方は声音を低くした。
「あちらさんがしびれを切らした場合、俺たちを待たずに別口を使ってクチバシを挟み込んでくる可能性がある」
「……それは」
「させやしねえ。だが、伝えておく」
ごくり、とつばを飲み込んだ音が土方の耳に届いた。それからしばしの静寂に、機械に隔てられた二人はただあった。先に破ったのは、機械の向こう側だった。
「俺からひとつ、動いていいですか」
これも予想通りの答えだった。今度の土方は、ふっ、と短く煙を吐く。口角は上がっていた。
◇◇◇
夜が明け、山崎は行動を開始する。
アジトであてがわれた雑魚寝部屋には、特に何もなくとも飲みつぶれた者ばかりだった。死傷者騒ぎから警戒する空気こそ高まっていたものの、風紀も何もあったものではない集まりならば、まとまり対処をすることはない。逆に、不安にかられたことで好きに行動するものが目立つ。
山崎は、自分の鬼上司みたいな人が一人いたら違っていたんだろうななんて、恐ろしい「もしも」を考えつつ廊下を歩く。
「おはようございます!」
元気のよい声に振り返ると、公太郎が後ろから歩いてきていた。顔を洗ってきたのだろう。手ぬぐいを持って、さっぱりとした面持ちだ。山崎の傍に来ると、にこっと笑った。
「さすが山崎さん、お早いですね!」
「まあね、おはよう」
「それでこそ攘夷志士というものです! 今日も一日、活動に精を出しましょう!」
公太郎はうんうんと頷きながら、一方的に喋りかけてくる。この青年の爽やかな笑顔はこの二週間、変わらなかった。
「公太郎くんは、入って一ヶ月ほどだっけ?」
「ええ、そうですね。あっという間に感じます」
質問する山崎の口調は、あくまで穏やかだった。だがその目は如才なく、それでいて密やかに青年を観察している。
「刀を持たされたりは、あったの?」
「いやそれが……届いたのもつい最近のようですしね。なんでも一度、幹部で精査してから我々にとのことですよ」
私も人づてですが、と公太郎は答え、ふと何かに気づいたように声をひそめる。
「山崎さん。逸る気持ちは分かりますが、機会を待ちましょう。我々だけが動いても意味はありません」
「あ、うん。そうだねー。ごめんごめん。つい……」
山崎は頭をかきながら下げ、目は公太郎の手を見ていた。堅く節ばった手だ。だが、目立つ場所に剣だこがある様子はなかった。言葉どおり、腰の物は公太郎も、そして山崎も持たされていない。
「公太郎くん、田舎で剣術とかやってたの?」
唐突に投げかけられた疑問を不思議に思ったのか、公太郎はやや言い淀んだ。
「……いや……実は私の家は商家でして」
「へえ……じゃあなかなか苦労しそうだね」
「はは、そのときは山崎さんを頼るかもしれません」
公太郎は困ったように頬をかく。山崎は、そっか、と呟いてからひとり頷いた。
「まあそろそろ上も動くとは聞いてるから。……あっ、これも人づてだし、まだ内緒なんだけど」
山崎は慌てて声をひそめ、しーっと口の前に人差し指を出した。
「な、なるほど、いよいよ我々が……」
公太郎は目を丸くしたあと、口元に手を置いて声を落とした。山崎が小刻みに首肯する。
「いやなんでも、今日の夜にでも上の方が部屋からお出でになって……あ、これも」
「分かっております」
公太郎は深く頷いて、もう情報は不要とばかりに手の平を山崎に見せた。山崎がどこかほっとした面持ちになるのをじいっと見てから、ほう、と息をつく。
「それでは、心構えをしておかなければなりませんね」
キリッとまなじりのあがった決意のこもった瞳が、山崎の両眼をひたと見据えた。
「ああ……少し、早いけどね」
山崎も深く頷きかえす。内側には決意という名前の炎が灯っていた。
自分に出来ることなんてたかが知れている。だからこそ、最善を尽くす必要がある。
◇◇◇
その男は、今夜も不安のあまり酒を煽っていた。
こんなはずではなかった。政府の高官に生まれたのは自分のせいではない。生まれた時から持っているものを持ち続けても腐れるだけならば、街で使ったほうが良いし、自分だって楽しめる。持つもの持たざるものどちらにとっても、良い選択だ。
そりゃ少しばかり酒に酔って乱暴をはたらいたこともあった。仲間がそこそこ荒っぽい奴らだったから、多少大事になってしまうことだってあった。しかし、弁償はできる限りしてきた。今さら何かを言われる筋合いはない。攘夷浪士になったのは成り行きのことで、名前がつき周りから畏怖されることが案外心地よく、ずるずると長居してしまった。
親とはもう少ししたらさっさと解散し、しばらく海外にでも遊学すると約束している。ほとぼりが冷めて帰れば、家でしたくもない勉学などに手を付けなければならない。今のうちに遊んでおくのがやはり賢い生き方だ。
そんな矢先に、古くから一緒にやってきた者が殺された。手下のものたちは震え上がるものもいるが、いきり立ちすぐにでも報復をと逸るものもあり、とりあえずは手数と武器を集めてからと抑え込むのが大変であった。
そして、おぞましい遺体を目にしたときに、分かっていた。あれは対立する相手などではない。明らかに怨恨を抱き、狙ってやったものだ。もしかしたら自分にもその刃が向けられるかもしれない。すぐさま家に連絡を取った。父親からは今すぐそこから切り離すのは難しいが、上手くやるとの返答があった。次に連絡があったのは二週間も前で、それも次の連絡を待てという指示だった。やんわりとだが、部下を潜らせでもしたらしい。ならば疑わしくとも新人を追い出すわけにはいかないが、警戒だけはさせておいた。
しかし、もう不安が限界に迫っていた。そろそろ進展がないかと、こっそり部屋を抜け出して連絡をとろうと決めていた。部屋を出るときの恐怖心を追い出すために、もう一杯を空にしてから立ち上がる。
ドアを開けて辺りを見回すと、人影がいて腰を抜かしかけた。闇にぬらりと立つ一人の男は、その様子も気にせずそっと近寄り、こっちです、と囁いてきた。これが連絡者かと察し、頷いてから後についていく。
たどり着いたのは路地裏である。塀でも乗り越えていくのか。それとも迎えが来るのか。
ここまで黙ったまま付いてこさせた無礼な案内人に、酔っ払いは声をかけようとし、そのまま沈んだ。
◇◇◇
「公太郎さん」
青年は名を呼ばれたことに驚きもせずに、ゆっくりと振り返った。視線の先には地味な同志がいることも、既に知っているかのようだった。青年の手には包丁があり、足元には倒れた男の姿があった。その傍には黒い小型の機械が転がっている。山崎も知っている、強い電流を発すという売出しの天人由来のものだ。
公太郎は賢い。山崎がわざわざ場を把握してから姿を表したことも、わかっているはずだ。だから山崎は、正面を切って相手取る。
「――全部アンタがやったのは、調べがついてる」
「そうですか」
平坦な声音の公太郎の顔色は、蝋のように白く、表情は抜け落ちていた。幽鬼のような風貌がぼんやりとたたずんでいる様は、昼日中のあの笑顔とは結びつきにくかった。
「全部知っていて、止めるのですか」
公太郎は、ぼそりと言った。
「……そうだ」
山崎は、厳かに告げた。
「川棚屋、増栄公太郎。一ヶ月前の殺人罪、今回の傷害罪で来てもらう」
青年は動かなかった。山崎が一歩を踏み出す。それでも、動かなかった。
「妹は」
山崎が目の前にやってきて、公太郎は口を開いた。
「妹は、五つでした。寺子屋に行くのを楽しみにしていました。父は俺には厳しいところもありましたが、曲がったことの嫌いな正しく優しい人でした。母は明るくおおらかで、気持ちの良い人でした。俺は二人の息子で幸せでした」
山崎の手錠を取り出した手が、一度止まった。
「何故、こいつらに殺されねばならなかったのですか。私の家族は何をしたというのですか。強盗の仕業となりました。私は知っているのに」
だが、山崎はふたたび動き、手錠をしっかと公太郎の両手首にかけた。戒められてなお、彼は喋り続けた。
「どうして仇をうってはいけないんですか。どうして、警察は動かなかったんですか」
早春の夜風は二人の身体を包み込むには冷たかった。答える間をいれずに、公太郎は言葉を紡ぎ続けている。
「――どうして、今になって、アンタみたいなのがいるんですか。山崎さん」
ぴくり、と山崎の肩が動いたが、それだけだった。アジト方面から、ワアッと鬨の声が聞こえた。
◇◇◇
パトカーに連行される公太郎の背を、山崎は見送った。リーダーは電流を流す機械による火傷と、倒れた時の傷以外は無事らしい。同時刻にアジトを別働隊が抑え、『出魅愚乱巣』は崩壊した。
事の次第と顛末を土方に報告し終わったころには、明け方近くになっていた。固まりきった身体をほぐしたりなんなら風呂に入る気力もないまま、山崎はふらふらと自室に倒れ込んだ。
当然、主のいなかった部屋には布団も何もない。冷たい畳に転がって目を閉じたら、朝を迎えていた。
「いで、ででで……」
温かな空気が流れ込んできたところで、山崎はむくりと起き上がった。勝手に全身がコキコキと鳴る。さすがに身体が辛い。いやだいぶ辛い。苦しさから腰をうにーっと横に曲げると攣りそうになった。危ない。
「……風呂、入るかあ」
ぽつり、と誰ともなしにつぶやいた。応えるものがないことは知っている。監察の仕事を終えた山崎の心に何回も、何百回も渦巻いたことに答えがないことも、もう知っている。
障子戸を開ける。やけに眩しい日が、目を焼いた。