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    tomatotmttomato

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    Δドラロナ。吸血鬼が起こした宝石強盗の真相を暴くべく調査したりする話。あんまり設定を活かせなかったかも。ド隊長がロをかなり可愛がってるし、ロは隊長に懐きまくってます。

    サファイアの瞳男は焦っていた。何処からか鳴り響く警報の音にも、このまま目当ての物が見つからないかもしれないという可能性にもだ。それでも男は手に持ったバールを手当たり次第に振り回してガラスケースを割っていく。無力の己を呪いながら、力任せに叩く。パラパラと強化ガラスが砕けた。照明が落ちて暗い室内でも男の目には硝子片が飛び散るのがよく見える。
    こんな破壊行為を繰り返すのは危ないと気づいてはいるのだ。ここで何度目か分からない。それでもやらねばならない。男は覚悟を決めていた。そうして残り少ないガラスケースの一つを割った時、男は自分が探していたものを遂に見つけた。輝く小さく石を引っ掴むと大急ぎでその場を後にした。
    「これだけは、これだけは……!」
    必死に走る。石を奪われてしまったら全ての意味が無くなってしまうのだ。遠くからサイレンの音が近づいてきている。そこまで警察の声が届いている。青色が輝く。運命の女神は男に微笑んだ。

    △▽△

    「これで何件目だ……?」
    渡された資料を見てドラルクが溜息をつく。日毎に厚みを増していく捜査資料。町へと充満する吸血鬼への不満。あまり良くない状況だ。
    「八件目ですね」
    資料をめくった部下からの返事を受けて、さらに頭が痛くなってくる。二週間ほど前から新横浜の各地で深夜の不法侵入事件が連続していた。数日に一回のペースで襲撃されている。狙われるのはジュエリーを取り扱う店で、犯人は必ず店内を引っ掻き回して去って行くのだ。
    この犯人の最も不審な点はジュエリーの入ったガラスケースを破壊していながら店内から何も持ち去らないところだった。これでは何のために警備の厚い宝石店を狙うのか理解できない。しかし、これだけ頻発していると同一犯だろうと警察は判断した。そして現場に残された状況証拠をもとに吸血鬼の犯行と判断され、吸血鬼対策課にも捜査協力がかかっている。
    「今回も持ち去りは無しか……?」
    「いいえ、今回は変わったようです」
    希美が取り出した新たな資料がドラルク隊の隊員たちに配られた。そこに詳しく書かれているのは昨日に起こった強盗事件についてだ。
    「ブルーサファイアが一つ行方不明」
    ドラルクの言葉に希美が頷く。
    「ふむ。ブルーサファイア、青玉……価値はあるが店で一番ではないな……なぜ盗んだ……」
    荒れ果てた店内の状況を見てドラルクは考え込む。店内にはサファイアよりも価値のある宝石が幾つも飾られていた。それに以前襲った店にだってブルーサファイアは間違いなくあったのだ。つまり犯人にとって、この店の、このブルーサファイアでなければならなかった。全くもって拘る理由が分からない。
    「形が良かったとか?」
    「いや、よくあるカッティングだ。前の店舗にも同じものはあっただろう」
    部下たちの言う通りだった。ありふれた色のありふれたカッティング。美しい青でも唯一という程ではない。ドラルクには何件もの不法侵入を繰り返すほどの価値は無いように見える。それでも、そこまでして得なければならないとすれば理由は相当なもののはず。
    「もう少し情報が必要だな。現場の状況を教わるだけでは何もわからない」
    隊長の言葉に皆が頷き、ひとまず情報収集ということで吸血鬼対策課ドラルク隊は方向が定まった。現場で前線を張りたい隊員は退屈だと思うのかもしれないが情報収集も立派な仕事だ。吸血鬼に関わる事件。人間と吸血鬼の今後のためにも我儘は言えないのだ。
    「なぁ、なぁなぁ!俺は何かできる?」
    横から飛んできた言葉に部屋の全員が視線を向ける。吸対の備品として生活中のロナルドは隣に座るマナブの資料を覗きながら手を挙げていた。行儀良く座って、クラシカルな黒い服装に身を包んだ吸血鬼。机にはバナナケーキやらココアやら、静かに座っててもらうための貢物が置かれている。
    「俺も協力したい!」
    「うーん……ロナルド君が出来ることね……」
    困ったようにドラルクは呟く。
    「ドラ公と一緒に聞き込みとか、あと潜入調査とか?いざという時は戦えるし」
    シャドーボクシングのような動きをしながらニコニコと笑っている。あの拳一発にはビルを倒壊させ地面を壊す威力があるなんて考えたくない。ロナルドは一挙手一投足が怪獣だった。
    「ミサイルを隣に置きながら聞き込みとか恐ろしくて出来ないんだけどな……」
    「でも吸血鬼の仕業なら俺も役に立てる」
    「監視対象であって肉壁にしたい訳じゃない」
    「そういう優しいところ好きだ。でもな、俺きっと役に立つから!頼む!」
    食い下がる吸血鬼を無碍にするのも些かよろしくない。彼は冷やかしで参加したいのではない。本当に心配して協力したがっている。
    「……わかった。協力してもらう事自体は初めてじゃないし、とりあえず急に暴れ出さないこと、指示には従うこと、人間を怯えさせないこと。いい?」
    「任せろ!」
    嬉しそうに資料を読み始めたロナルドの隣で、マナブが意外そうな顔をしている。まさか作戦に参加させると思わなかったのだ。
    「えっ、隊長まじ?」
    「大真面目だよ。吸対にいる以上、彼には存在意義を与えなくてはいけない。我々の為にも、彼の為にもね」
    ドラルクは、ロナルドという純粋な力の塊を制御していかなければならない立場だ。彼は人間と吸血鬼の共存の足がかり。彼ほどの強大な存在が人間に対して友好的なら、新横浜の人間たちは安心出来るはずだ。
    「捕まえてやるぜ!」
    「よろしくね」

    △▽△

    道ゆくロナルドを見る者は殆どいない。昼間に歩き回る吸血鬼というのが人間たちのイメージに無いのだろう。
    「ロナルド君が人間の服を着てると、そこらの大学生みたいだな……」
    「似合ってるか?」
    ロナルドがサングラスを持ち上げて笑う。色素の薄い彼にとって太陽光は眩しいらしい。焼かれているのではなく、ただ眩しいだけだ。
    「顔が綺麗だから何着ても許されるってやつかな。ああ、この店だ。入るよ」
    「わかった」
    内装が壊れ果てた店で二人分の人影が動く。犯行直後にはガラスで溢れていたであろう床は綺麗になっていた。警察たちが掃き掃除したのか、哀れな店員が掃除したのかは分からない。
    ともかく現場検証が終わった後ならば多少の物色は許される。せっかく綺麗にしたところを申し訳ないと心の中で謝ってからドラルクは未だ営業休止中の店内を歩き回った。
    「一般的なジュエリーショップに見える」
    「すげぇ綺麗。飴みたいだ」
    サングラスを外したロナルドが、口を半開きにしてレイアウトを見ている。被害に遭わなかったガラスケースにはジュエリーが鎮座したままだ。宝石を一つ盗まれたのに他を飾りっぱなしとは勇気があるとドラルクは思ったが、事件発覚直後に直したセキュリティが機能していることと、下手に品物を動かしたくない店長の一存だと店員から話を聞いていた。
    「飴みたいって小学生より例えが幼いな」
    「でもキラキラしてるだろ。こういう飴貰ったことある。あとは砂糖を煮詰めて作るやつ、俺好きなんだ。兄貴が作ってくれた時、綺麗すぎて食べれなかったくらいだし……」
    「ああ、べっこう飴?それはさっさと食べなさいよ。食べなかったら、お兄さんは何のために作ったんだ……」
    ドラルクはロナルドに返事をしながら店内に設置されている監視カメラの位置を確認する。砕けたガラスケースの前に立ち、もう一度監視カメラのほうへ視線を動かす。
    「どらこ〜何してんの」
    ロナルドはドラルクの行動を不思議そうな顔で眺める。吸血鬼の彼には監視カメラはよく分からないのかもしれない。彼らは一種の透明人間のようなもので、細工もしてないカメラには映らない。生活の中でカメラを気にしたこともないだろう。
    「この台座、ここがブルーサファイアのあった場所だ。この位置ならカメラの範囲だろう」
    「おう」
    ロナルドの視線を指で誘導する。ロナルドは天井に付けられた監視カメラをジッと見つめて小さく頷いた。
    「けれど、犯行時間の録画にはガラスケースの周りで凶器が動いて壊れる様しか映っていなかった。何故だと思う?」
    「簡単だろ。犯人が吸血鬼だからだ。俺たちは人間のカメラに映らない。ドラ公だって犯人が吸血鬼だから呼ばれてるの知ってるじゃん」
    分かりきったことを話すドラルクに対してロナルドは呆れたような声をあげる。当然ながら人間の犯行で確定なら吸対は呼び出されない。
    「そう、犯人は吸血鬼だ。しかも、ここのブルーサファイアにかなり執着を持っていた」
    「一目惚れだったとか?」
    「それだと別の店舗へ忍び込む理由が分からない。一目惚れならこの店を最初に狙えばいい」
    「確かに」
    「しらみ潰しで襲った理由は何だ……」
    ドラルクが考え込んでいる最中にもロナルドは店内を勝手に歩き回る。人間の作った宝飾品は見れば見るほどに美しいと思った。銀細工なんてものは大抵の吸血鬼が手を出せない。それなのに多くのシルバーアクセサリーがある中に侵入するなんて、相当な覚悟だったのだろう。
    そんな時、妙な臭いがロナルドの鼻を抜けた。
    「ん……?」
    本能的に嫌だなと感じるものだ。どうしても気になってしまい臭いの元を辿ろうと目を閉じた。店内ではなくバックヤードのほうから漂ってきている。
    「ロナルド君?」
    ふらふらと歩き出したロナルドを見て、ドラルクは慌てて後を追った。事務作業用の部屋に入ったロナルドが、ある場所で止まった。床のほうを見つめて困っている。
    「どうした」
    「この下から変な臭いすんだけど」
    「……死体の臭いなんて言わないだろうな」
    「違う。どちらかと言えば吸血鬼系かも」
    吸血鬼の気配などまるで感じなかった。嫌な想像にはなるが、吸血鬼の塵でも流れ込んでいるのかもしれない。
    ロナルドが指差した辺りの床をドラルクが触って確かめる。目を凝らして触らないと分からないくらいの妙な亀裂が入っている。床下収納への入り口でもあるのかと嫌な予感が脳裏に浮かんだ。誰か応援を呼んで検めるべきか、それとも今すぐに確認してしまうか。しかし時間をかけた結果、証拠があるかもしれない場所を逃すのは避けたい。
    「仕方ない。こちとら現場の調査として来てるんだ。穏便に、かつ強引に開けるぞ」
    「どうやってだよ」
    「こんな事務部屋にあるんだ。それなりの頻度で開けてるはず。いちいち片付けていたら手間だから床をこじ開けるための道具は近くに置きっぱなしだろう」
    目を凝らせば事務部屋に不釣り合いなバールが壁に立てかけてある。鑑識はここの存在に気づかなかったのかと疑問に思いつつ、バールを隙間に捩じ込んだ。ロナルドの力も借りて床が捲り上がる。てっきり異臭でもするのかと思ったが、ドラルクの鼻には何も感じられない。ロナルドの嗅覚はダンピールも分からないほどの何かに反応しているらしい。
    「なんだこれは?」
    床下にあったのは遺体ではなく、アクセサリーの一部だった。石だけ外された指輪の台座、ネックレスのチェーン、その他いろいろ。山のようになっている。廃棄するにしたって床下はないだろうとドラルクは思う。こんなもの普通に潰せば良いはずだ。恐る恐る手を伸ばして指輪を取った。刻印のようなものは見当たらない。
    「変わったところは無いな」
    「よっこいせ」
    ロナルドは床下の空間に頭を突っ込む。逆さまになった視界に入るのは床下の配線ばかりだ。スンスンと鼻をこらしてみても臭いの発生源は目の前の廃棄品だけらしい。
    「ここだけだ」
    「頭から落ちると痛いぞ」
    「分かってる。なぁ、銀製が一つも無い」
    じゃらじゃらと部品の山をロナルドが浚う。手に乗せた部品の山をドラルクの前に出した。銀色のものや金色のもの。たくさんある中で銀製が一つもないというのは妙だった。銀を使ったアクセサリーはポピュラーだ。純金だと台座で値段が上がりすぎるという悲しいお財布事情もある。
    「銀製が無い?」
    「無い。この店、銀製品が多かったよな。なのにここには一つもない。人間は銀製品とか普通に使うだろ?」
    ロナルドが不思議そうに言った。吸血鬼は銀製品を嫌うが人間は違う。むしろ魔除けのために使いたがる。では床下に捨てられた部品の山は何処から来たのか。銀を悉く避けて使う者とするなら可能性が何個か浮かび上がってくる。
    「これ以上見てると数え出しそうだから、もう見るのやめる!」
    視線を床下から外したロナルドが、空いている椅子に座った。ポケットにしまった飴玉を取り出して口に放り込む。
    「もしかすると」
    ドラルクは床下に現れた部品の山を写真に収めた。併せて、バレない程度に何個か拝借する。
    「お手柄だ、ロナルド君」
    「ほら役に立つだろ!」
    青い目が宝石のように煌めいた。

    △▽△

    共同生活を送る吸血鬼の身体は温かい。まるで子供の体温のようだとドラルクは思った。広いベッドの中で銀色の頭がモゾモゾと動く。隣に眠っているドラルクを抱きしめて、ロナルドは夢の世界にいた。棺桶で寝るより良いからという理由だけでドラルクのベッドの面積は半分になった。近くの小さな寝床には愛らしいアルマジロのジョンがすやすや眠っている。
    「痛いよ、ロナルド君」
    小さく声を出してロナルドの髪を指で梳く。オールバックの時は楽しめない前髪をいじってドラルクは楽しげに笑った。
    「んん、どらこ〜……そんなに唐揚げ食べれない……んにゃ、う、うぅ〜……」
    「夢の中でもご飯食べてるのか……」
    ドラルク的にはだいぶ夕飯を食べさせたと思ったが、すでに消化されてしまったらしい。ロナルドの口から涎が垂れそうになっているのを見て、ドラルクはベッドサイドのティッシュで口を拭った。
    まるで赤ちゃんの世話みたいだなと思う。これからのドラルクの行い、人間たちの行い一つ一つがロナルドの人間社会への判断材料になる。純粋な吸血鬼が善いものとなるか、悪いものとなるか、自分たちにかかっている。
    「ロナルド君」
    「なに?」
    「あ、起こしちゃった?」
    「……おれの名前、呼んだろ」
    ドラルクの手にスリスリと頬を寄せる姿は野生動物が甘える時に似ている。眠たい時のロナルドはいつにも増して素直だ。それからドラルクの指にワイヤーで出来たリングが嵌まっているのを見て、ロナルドが満足そうにした。
    「いつか、すげぇ綺麗なの作る……」
    ドラルクの指にあるワイヤーはロナルドが作ったものだ。宝石店を訪れてから指輪というものに興味津々らしい。愛し合う者が指輪を交換するという儀式に憧れているのだ。
    「楽しみにしてるよ」
    ロナルドが指輪を極める頃には何十年経っているだろうかとドラルクは思いつつ、可愛らしい愛情表現に浮き足立つ。
    「おやすみ、どらるく……」
    「おやすみ」
    窓の外で月が輝いていた。

    △▽△

    ブルーサファイアの窃盗事件から四日後、事件は思わぬところで進展した。窃盗とは関係ないことで、とある吸血鬼が対策課に連行された。
    「念のために提出してもらった指紋が現場に残ったものと一致。他にも少し気になることがある。連れてこられた経緯は非常に申し訳ないが話は聞かないと駄目だ。犯人の可能性が高い」
    ドラルクは困ったように言葉を吐く。元々、吸血鬼が連行されたのは小さな諍いが原因だった。ネットカフェを使っている吸血鬼を見て、文句を言った人間からの通報。完全な言いがかりだ。吸血鬼がネットカフェに居るだけで通報するなど差別でしかない。勝手に指紋を採取した県警もどうかと思うが、吸血鬼の扱いに関しては法整備が浅い部分も多い。
    「すみません。私から県警には言っておきます。吸血鬼である貴方を不当に扱うつもりはありません。ただ、少しお話を……」
    「あ、あなた、ダンピールですか」
    吸血鬼の男はドラルクの牙と耳を見て何か思うところがあるらしく、視線を彷徨わせている。
    「はい。私はダンピールですが」
    「……そう、ですか」
    男は俯いて静かになった。ドラルクは困ったように部屋へ取り付けられたガラス窓を見る。取り調べ室の評判に違わず、マジックミラー製の窓の向こう側に隊員たちが立っていた。もしかすると、不思議がってロナルドも立っているのかもしれないと思った。
    「ご協力いただきたいことがあります。貴方、新横浜の宝石店に行きましたよね?」
    「……行ってない」
    「貴方の指紋が残っていました」
    「俺はカメラに映ってましたか」
    「いいえ」
    吸血鬼に話を聞くと、カメラに映っていたのかと必ず聞かれる。人間社会は目で見えるものしか信じない、そう考えている吸血鬼は多い。映らないなら居た事にはならない。それがアリバイになると信じている。ドラルクは幾つか資料を取り出して机に広げた。
    「指紋は血で付いていた。ガラスを割ったときに傷ついて付いたものとしか思えない」
    「客として入ったことがあったかも……」
    「あの店、吸血鬼の入店が禁止でした」
    指差した資料写真には店の入り口が写っている。壊れかけているが『吸血鬼お断り』と看板が掛かっていた。ドン、と部屋の壁から音がする。ロナルドが壁でも殴ったかと怖くなった。
    「貴方は理由があってブルーサファイアを探していたが目的の品が何処の店にあるのか分からなかった。でも吸血鬼が入れば目立ってしまうし、宝石店の間で変な噂が立つかもしれない。そこで深夜になってから新横浜中の宝石店へ侵入した。この考え、どうです?」
    男は俯いた。何も話したくないらしい。ドラルクだって好きで追い詰めるような事を話しているのではなく、仕事だから聞くしかない。本当に目の前の吸血鬼が犯罪をしてしまったのか、己の至った結論が正しいものか確かめたいのだ。
    「では宝石店への不法侵入事件が始まる少し前、とある事件が起こったことはご存じですか?」
    束になった資料の下から違う色のファイルが出てくる。
    「人間の女性がアパートで殺された事件です」
    「……どうして今その話を」
    「彼女には吸血鬼の恋人が居ました。近所の住人に聞いてみると、事件の直後から行方をくらましている。警察は容疑者として疑った。これが情報をかき集めて作った似顔絵です」
    ファイルから取り出された人物画は、ドラルクの目の前にいる吸血鬼に瓜二つだった。吸血鬼からの動揺が伝わってくる。宝石強盗の話を詰められると思っていたのだろう。それが殺人の疑いに切り替わってしまった。見るからに焦っている。
    「俺は、俺は彼女を殺してない……ッ!」
    椅子を後ろに吹っ飛ばして男が立ち上がる。必死な声と気迫にドラルクは一瞬だけたじろいだが、他の隊員に促されて男は椅子に座り直した。
    「ええ、知っています。貴方は彼女を殺していない。でも吸血鬼である貴方は証言するにはあまりに不利だった。だからこそ逃げた。この社会が生んだ悲劇でしょう」
    「信じてくれるんですか?」
    「警察は真実を追わなければ意味が無い。私たちが吸血鬼を取り締まるだけでは町は良くならない。吸対で調査したところ、貴方が盗みに入った宝石店は違法な買取を行っていた」
    ドラルクとロナルドが二人で調査した時の写真を取り出す。湿気だらけの床下に積まれたアクセサリーの一部たち。宝石が取り外された後、誰にも見つからないように隠された残骸。
    「ギルドとも協力したのですがね。悪質な退治人たちが、この宝石店に品物を横流ししていた。これは床下で見つけたうちの一つです」
    「うっうぅ……あぁっ……!」
    吸血鬼が泣き出す。ドラルクが見せた写真には石が嵌まっていない指輪の台座が写っていた。吸血鬼は縋るように写真を手に取って、泣き続けている。
    「この指輪から血液反応が出ました。これは貴方の彼女……いえ、婚約相手の物だ」
    ドラルクは、ふと室内に唯一ある窓を見る。向こうには隊員たちとロナルドが居るはずだ。これから先の話をロナルドに聞かせるべきではないと心の何処かでサイレンが鳴っている。残酷な真実。一人の吸血鬼が理不尽に打ちのめされたという現実。人間の愚かさの話だ。覚悟を決めてドラルクは口を開いた。
    「貴方の婚約相手は、貴方を殺すために訪れた退治人に殺された。恐らくは日中で身動きの取れなかった貴方を庇って」
    「……俺が起きた時、彼女は既に冷たくなっていました。必死に彼女の首へ噛み付いた。でも彼女には吸血鬼として起き上がる素質が無かった……彼女の指から婚約指輪が抜かれていたことには直ぐ気が付きました」
    どれほどの思いだったのだろうか。愛おしい者が目覚めたときに死んでいるなんて。自分のせいで殺されたと知って、正気を保っていられるだろうか。ドラルクは婚約指輪の写真を見つめた。
    「何もしていない吸血鬼を標的にした挙句、退治人が人間を殺した。貴方は、退治人たちが宝石を売って資金を得ている事に辿り着いたのでしょう。詳細は得られなかったから手当たり次第に襲うしかなかった」
    「彼女の両親は俺との結婚を反対してたんです……その反対を押し切って俺と一緒になると誓ってくれた……婚約指輪を渡して、結婚式だってするつもりだった……それなのに……」
    ボロボロと涙が机の上に落ちる。男は取り戻したかっただけだ。愛した人間の指に永久にあるはずだったものを。他の人間にとっては、ありきたりなブルーサファイアだった。驚くほど大きい訳でも、最高級の色でもない。愛おしい人間と愛を誓ったから特別だったもの。二度と帰ってこない命と愛の証明。
    「あの宝石店と退治人は、必ず……必ず司法の裁きにかけます。貴方には最大限の減刑を受けられるように弁護士を……」
    「いいえ、もう大丈夫です。彼女のいない世界で生きているのが辛い。私がしたことの罪を精算したら、海を見に行こうと思ってるんです。青い空と青い海。勿体ないくらいの景色だ」
    男が笑う。ドラルクはそれだけで全てを悟った。何をしても目の前の吸血鬼は死を選んでしまう。吸血鬼は執着する生き物だ。深く愛して執着した者を失った先にあるのは衰弱と死。失った時点で手遅れだった。
    「一つ、聞きたい」
    ドラルクは男に問う。
    「ブルーサファイアは何処に?」
    身体検査をした時に男は持っていなかった。彼は家を借りていない。ならば、青色は何処へ消えてしまったのか。元は彼らの物だったのだから警察が石を取り上げることは出来ない。しかし、行方は気になる。
    「……警察から逃げている時、同胞に渡しました。キャンディだと嘘をついて。綺麗だと喜んでくれました。俺は咄嗟に顔だけ誤魔化したので、相手は今の俺を見ても分からないはずです。俺ね、変身しても長く持たないし耳とか牙が隠せなくて」
    「命懸けで取り返した石を見ず知らずの吸血鬼に渡したのですか。どうして……」
    「美しい青色をしていたからです」
    「は……?」
    「彼の瞳が彼女と同じように青かったから」
    涙を流して吸血鬼が答えた。

    △▽△

    警察署の屋上で吸血鬼が夕日を眺めている。柵の向こう側で座っていると身投げする直前に見えてしまって鳥肌が立った。
    あれから、ブルーサファイアはドラルクのマンションから見つかった。飴と偽って渡された宝石は、ロナルドが大切なものをしまいこんでいる棚に入っていたのだ。綺麗すぎて口に含めなかったとロナルドが話した時、ドラルクは彼の性格にとにかく感謝した。食べていたら腹でも掻っ捌いて取る必要が生まれていたし、ロナルドだったら自分で腹を裂くだろうと思った。ドラルクとしてはスプラッタを避けれたことが有り難い。
    「ロナルド君」
    彼の手に渡れば二度と奪われることはない。いつだって宝物庫のドラゴンは人へ試練を与えてくる。ふと、以前ロナルドがコウモリの羽を持った蛇に変身した時、上手く這い回れずに床に転がっていたことを思い出す。結局は上半身だけ人間に戻っていた。彼には手脚があったほうが似合うとドラルクは確信している。
    「ねえ、身投げしようとしてるなんて通報されたらどうするんだい」
    「誰も警察署の屋上なんて見ない」
    光を受けてキラキラと輝く石を、ロナルドは掌で転がしている。どうしたら良いのか困っているようにも見えた。
    「ドラ公、見ろよ。凄い綺麗だ」
    「綺麗だね」
    夕日の赤を通しても、青色は負けないくらいに輝いている。元は婚約指輪を彩っていた石。悲惨な運命に取り込まれた男女の証だった。
    「もし、退治人が女の人を殺さなかったら、二人は幸せになれてたのか?」
    「どうだろうね」
    「指輪を交換して、幸せな毎日を送って、可愛いダンピールの子供が産まれて、吸血鬼化する方法が見つかって一緒に生きられた?」
    ロナルドの問いがドラルクに突き刺さる。本来、死とは喪う恐怖だ。死んだら終わり。人間は弱くて脆い。畏怖のため死を求めるロナルドと根本的な部分が違う。死ねない彼には終わりの恐怖がポッカリと抜け落ちていた。しかし今は少しばかり違う。大切な者を喪う恐怖を不死の王は学んでしまった。
    「ドラ公やヒナイチや仲間が殺されたら、きっと世界のこと嫌いになる。ずっと夜のまま、二度と朝なんて来なくていい。静かで何も無い夜を広げて、皆んなが幸せな世界を作る」
    ゾワゾワと背を駆け巡った気配にドラルクは身震いした。強い血を持つ高等吸血鬼の感情が揺れている。怒りと悲しみと混乱が入り混じって、ロナルドは泣いていた。
    「心臓のところがギューってする。死ぬ時ってこんな気持ちなのか?悲しいってこと?」
    涙をこぼしながら話すロナルドの背を撫でた。
    「私もね、悲しいよ。人間同士が殺し合うことも、吸血鬼と人間が分かり合えないことも」
    「ドラルクは死なないよな?」
    「君が守ってくれるからね」
    ロナルドがサファイアを懐にしまった。自宅に戻ったら、ロナルドの大切なものボックスに隠されてしまうのだろう。大切にしまいこまれて、きっと彼が本当の終わりを迎える時まで出てこない。それでサファイアも本望だ。
    『美しい青色をしていたから』
    吸血鬼の言葉を思い出す。縋りたくなるほど透き通る青の瞳に男は希望を見出した。いつの日か青空の下で一人の吸血鬼が塵になり海へと消えて行く。彼が、愛した人間と同じ場所へ辿り着けるのかなんてドラルクには分からない。
    「好きだよ、ロナルド君」
    「俺もドラルクのこと好きだぜ」
    「ねえ、今日も指輪作りするの?」
    「する!千里の道も一歩からって、希美さんに教えてもらった!」
    夕日を背に笑うロナルドのマントが風に翻った。新横浜の空は徐々に暗くなり、コウモリが飛び始める。ドラルクは暗闇の中でも美しい青をじっと見つめていた。確かに、縋ってしまうと思った。あれは慈愛の色だ。
    「夕飯、何にする?」
    「オムライスにデミグラスソースかけたやつ」
    「卵いっぱいあったから丁度いいね」
    ロナルドが柵を乗り越えてこちら側に戻ってきた。そうして二人はいつもの会話をしながら、建物の中へ消えた。町並みに灯った明かりが星のように輝いている。
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