冰竜の御子と世話焼き怨虎竜「おい、そこの白髪の兄ちゃん」
いつものように、クエストを受注しに集会所を訪れたアルに。突然投げかけられたのは、そんな無粋な声だった。
気が乗らないながらも、振り返る。そこにいたのは、下卑た笑みを浮かべた二人組のハンターだった。
「……何ですか」
「アンタ、男だけど美人だねえ。どうだい? 俺達と狩りより楽しい事でもしないかい?」
そう言う二人から、仄かに香るのは酒の匂い。どうやら酔っ払いに絡まれたようだと、対人に疎いアルでも嫌でも理解出来た。
「……急いでるので」
「そう言うなって、なあ?」
「痛っ……!」
急いでこの場を離れようと思うアルだが、腕を無理やり掴まれた事で硬直してしまう。こんな時に頼りになるはずの彼の夫は、不運な事に席を外しているらしかった。
だが、その時。
「ギャッ!?」
アルを掴んでいた腕が横から、逆方向に捻じ上げられた。ハンターの悲鳴が響き、アルは自由を取り戻す。
「——楽しそうな話してんじゃねえか、オッサン達。俺も混ぜろや」
ドスの聞いた声にその場の全員が一斉に振り返ると、そこにはカムラノ装を身に纏った赤髪のハンターがいた。元々は整っているのだろうその顔は、今は全面で不快感を露わにしている。
「んだ、テメェ!」
「お前もこの兄ちゃんと一緒に可愛がられてえのか!?」
「あ、あの、俺なら大丈夫ですから……!」
迷惑をかけてはいけないと、アルは反射的にそう口にする。そんなアルに、赤髪のハンターは端的に言った。
「……ここは任せて、さっさと行きな」
「おい、逃さねえぞ!」
別のハンターが、アルに再び手を伸ばす。だが、その手がアルを掴む事はなかった。
「ゴハッ!?」
それより前に、赤髪のハンターの拳が手を伸ばしたハンターの頬に叩き付けられていた。ハンターは吹き飛び、背後の柱にぶち当たる。
「ワリィなあ、オッサン達」
姿勢を直し、赤髪のハンターが言う。その表情は、獰猛な獣のようだった。
「俺は、そこの兄ちゃんと違って——気に入らねえ奴には、すぐ手が出ンだわ」
「こ、この野郎……!」
「はいはい、そこまで!」
その時宙を翔蟲が滑り、アル以外の全員がその場に拘束された。続けて歩いてきたのは、アルにとって最愛の人。
「教官!」
「集会所でのケンカは御法度! ハンターなら解っているはずの事だろう?」
「お、俺達は何もしてねえ! この赤髪の兄ちゃんがいきなり殴りかかってきたんだ!」
「違うんです教官! 彼は俺を助けようと……!」
「……解った、そこも含めて詳しく事情を聞かせてもらうから。愛弟子、悪いけど一緒に来て説明してくれる?」
「は、はい!」
そうしてその場にいた全員が、別室で事情聴取と相成ったのであった。
「本当にすみません! 俺のせいでこんな……!」
ようやく事情聴取が終わり、解放された赤髪のハンターにアルは頭を下げた。
彼の名はサクヤというらしい。アルの弟分であるアキと同じく、別のカムラの里からやってきたハンターという事だった。
「謝られる事じゃねえよ。俺が勝手にした事だ」
「不用意な暴力はあまり褒められないけど……俺の愛弟子を助けてくれた事にはお礼を言うよ。どうもありがとう」
「……さっきまで説教されてた相手に礼を言われんの複雑なんですけど」
「それはそれ、これはこれだよ」
ウツシの言葉に、サクヤはバツが悪そうに頭を掻いた。そんなサクヤに、アルは言う。
「良ければこれから、一緒に狩猟しませんか? 貴方の腕前、是非間近で拝見したいです」
「……まあ、いいけど」
「良かった! それじゃあ教官、改めて行ってきますね」
「うん、俺の教え子二人なら滅多な事にはならないと思うけど、気を付けてね」
そう笑うウツシに見送られ。二人は共に、狩りに出る事になった。
「ふう……帰る前にちょっと休憩するか」
大社跡で、二人で順調にリオレウスを狩り。一息吐いたところで、サクヤが言った。
「そうですね。俺もちょっと疲れました」
「キャンプまで戻る……のは面倒だな。その辺に適当に腰かけるか」
手頃な岩を見つけ、二人向かい合うように座る。先に口を開いたのは、サクヤの方だった。
「見事だったぜ、立ち回り。おかげでいつもより楽に狩れた」
「こちらこそ! とても勉強になりました!」
「しっかしよそは俺よりどう見ても年下なのに強い奴ばっかでまあ……その分世間知らずっつーのか、人慣れしてない奴も多いが」
「そうなんですか?」
「ああ。さっきみたいな場面にかち合ったのも、一度や二度じゃねえ」
という事は、その度にケンカしては叱られてきたという事だろうか。それでも人助けを止めないサクヤの行動力と積極性が、アルには頼もしく映った。
「……ま、ああいうのを自分で処理出来るようになっとくに越した事はねえよ。いつでも教官がすぐ助けに入れる訳じゃねえからな」
「は、はい……」
「可愛い恋人に何かあったら、教官が雷狼竜と化すわ。だろ?」
「はい……えっ?」
「お前デキてんだろ、教官と。あの空気見りゃ解る」
サクヤにサラッとそう指摘され、アルの顔が一気に真っ赤になる。初対面の彼が理解出来てしまうほど、自分達は態度に出していたのだろうか。
「あの人もなあ。大抵の里で教え子とデキてんだよなあ。そういう星の元にでも生まれてんのかね」
「そ、そうなんですね……」
「しかも決まって独占欲が強ぇ。死因がよその教官に殺された事だなんて絶対に嫌だね、俺は」
だからお前は絶対無事に帰すと決めていたと言われれば、アルの胸中をいたたまれなさが襲う。無意識のうちに迷惑をかけていたと知って、穴があったら入りたい気分だった。
「……まあ、でも、あれだ」
するとサクヤが、少し柔らかい笑みを浮かべて言った。
「どんな世界でもあの人が幸せにやれてんなら……俺はそれで幸せだよ」
その微笑みに、人の機微に疎いアルも何となく理解した。きっと今言った事は、サクヤ自身も例外ではないのだと。
そう思うとアルの中に、サクヤに対する今まで以上の親近感が沸いた。
「サクヤさんは、今夜の宿は?」
「ん? これから決める予定だけど」
「ならうちに来ませんか? 貴方の見てきたものの話を、もっとたくさん聞きたいです」
瞳を輝かせ、アルはサクヤを見つめる。サクヤはそんなアルに、一つ溜息を吐いて。
「……教官の説得は、しっかりしてくれよ?」
「はい!」
少し照れ臭そうに顔を背けて告げられた返事に、アルの顔に、喜びの笑みが浮かんだ。