甘い空気に酔わされて 武者修行に出るモンジュに付いて里を出ると知った時、俺はこの人の事が好きだったんだと今さらに気が付いた。
ずっと一緒にいられると、当たり前のように思ってた。この居心地のいい人の側にずっといられると。
けどそうじゃなかった事を知って、心の中をぐちゃぐちゃに掻き乱されながら、俺は笑って「いってらっしゃい」と言う事しか出来なかった。
それしか、出来なかったんだ。
「しかし、驚いたな。あのサクヤが、里の英雄と呼ばれるまでになるなんて」
そして今、俺は、数年ぶりに再会した好きな人——ヒバサ兄と、二人きりで酒を酌み交わしている。
久しぶりに会うヒバサ兄は、以前と少しも変わりない。頼もしげな笑顔も、一緒にいる時の心地好さも。
それが嬉しくて——ほんの少し、寂しかった。
「ハハッ、大げさだよ、ヒバサ兄。俺はただ里の為にって、がむしゃらにやってきただけだって」
「にしたって、ハンターになって一年も経たないうちにやり遂げたんだろ? 大したもんだ」
「だから褒めすぎだってぇ……」
「褒めさせろよ。可愛い弟分が立派になって、俺も鼻が高い」
弟分。その言葉に、チクリと胸が痛む。
里の英雄と呼ばれるようになってなお、この人にとっての俺は、庇護の対象でしかないのだろうか。胸に渦巻きそうになるその思考を、俺は酒と一緒に奥底へ流し込んだ。
「……ホント、俺が里を出た時はまだ全然ガキだったのにな、お前」
と、不意にヒバサ兄の手が伸びてきて、頬に触れた。酒のせいか、その手が妙に熱く感じて。
「……俺はもう、子供じゃない。ヒバサ兄も、大人として扱ってくれ」
「大人として、ねえ……」
眉を寄せ、やんわりと手を払うと、ヒバサ兄の笑みが深くなった……気がした。そして——。
「っ!?」
突然頭を抱き寄せられて、酒のせいもあって、俺は完全にバランスを崩す。そんな俺の唇に——ヒバサ兄の唇が、重なった。
「……っ、ふ……!」
そのまま強引に侵入してきた舌に、舌を絡ませられ、上顎を刺激されて、激しく蹂躙される。あまりにも突然の事に、俺は抵抗すべきかどうかすらも解らない。
「は、ふっ……」
上手く息が出来ない。足りない酸素と混乱に、頭はだんだんぼやけてくる。
「……大人扱いして欲しいって言うんなら」
やがて唇を離すと、ヒバサ兄の手がゆっくりと俺の体を押し倒した。頬が熱いのが酒のせいなのかキスのせいなのか、それすらもよく解らなくなってくる。
「こういう事も、してもいいって事だよな? ……サクヤ」
そう言った、ヒバサ兄の真意が解らない。酒に酔っての戯れなのか、それとも少しはそういう目で見てもらえるようになったのか。
解らないけど、ヒバサ兄を好きな俺にとって、返せる答えなんて一つだった。
「いいぜ。体で味わえよ。俺がもう、大人なんだって事……」
「……言うねえ。途中でやっぱり嫌だ、なんて聞かないぜ?」
「言わねえよ。来て……」
手を伸ばし、女がするように、ヒバサ兄の首に腕を絡める。そんな俺にヒバサ兄は覆い被さり、再び唇を重ねた。