七夕の夜七月七日、夜遅く。
年中行事である七夕を思う存分堪能し、すっかり疲れきった六人は、一人用の物を無理やり縫い合わせた、巨大なツギハギの掛け布団を引っ張り合いつつ思い思いに眠りについていた。
しかし、天狗カラ松は静かではあるが確かにした物音によりふっと目を覚ました。
そこで薄く目を開けると隣で眠って居るはずの猫又一松の姿が無い。
(一松…?
きっと厠だろうな…)
その時は特に気にもせず、そのうち戻ってくるだろうと考えて、再び眠りにつくことにしたのだが。
(まいったな…寝付けない…)
今日は晴天で、障子も星を見るために開け放たれており、月やら星やらの明かりが一度意識すると眩しく感じてしまって、もうすっかり目が覚めてしまったらしい。
それでも何度か寝返りを打つなどして、どうにか寝付こうとあれやこれやとやっているうちに、半刻には満たないとはいえ中々の時間が過ぎ去ってしまった。
しかし、寝付くことはできず…
一松も帰って来ない。
例え大の方だとしても、流石に時間がかかりすぎていると感じたカラ松は、少しずつ、心配になってきた。
(…探してみるか)
そう思って、眠っている弟達を起こさぬように
そっと体を起こして部屋を出た。
暫くの間家中を散策した後に、縁側のある部屋にかわいらしい猫耳のある影を見つけた。
「…ここにいたのか、一松」
そっと声をかけて近づいていく。
踏みしめた床が少しだけ、ぎし…と音を立てた。
そこで一松の耳がぴんと立ち、素早く後ろを振り返る。
「誰!?」
「ふっ…オレさぁ!」
「…お前かよ…」
そこで一松は興味なさげに外へと視線を戻したのだが、ふと何かを思い起こしたらしく再びカラ松の方を向いて問いかける。
「あれ…お前、いつの間に…?」
「ついさっきだぞ」
「声、掛けただろ?」
「まじか…聞こえなかった」
「ま…どうでもいいや…」
そこで一松は再び外へと視線を戻した。
「なあ一松…眠れないのか?」
「……まあ」
一松はカラ松の問に対し邪魔をしないでほしいとでも言いたげに、少々うっとうしそうに答える。
「そうか」
「…オレもだ!」
「知ってるよばーか」
「だから今起きてんでしょ?」
カラ松は苦笑しながらさらに問を重ねる。
「今までもこういうことはあったのか?」
「…まあ、割と」
「そうなのか」
そこでさり気なく一松の隣に腰掛けたカラ松を、一松は露骨にしかめ面で見た後、ある程度会話に付き合ってやらねば退いてくれやしないだろうと思い、言葉を続ける。
「そもそも…おれは元猫で元夜行性だから
ときどき夜に目が覚めちゃうんだよ」
「そういう時は気配消して布団抜け出してた」
「そんで空眺めてたり色々してたの」
「ときどき仕事してるおそ松兄さんと起きてる時が被ったりもしてたなぁ」
「ふむ…」
「…今日は七夕で晴れてるから…星空が良く見えていい…」
一松は半ば呟くようにそう言った。
そこで星を見つめる一松の目が、星光を受けて輝いているように見えたので、カラ松はある事を思いつき、提案してみることにした。
「…なあ」
「…?なに」
「この美しい星空を…
もう少し近くで眺めてみないか…?」
「は…?」
「あー…飛ぶってこと?」
「空で見ること自体は悪くないけどそれじゃダメだよ、せっかくの星空がぶれて見にくくなっちゃうでしょ?」
「おっと、確かにそうだな…」
「しかし…そういうことならそこならどうだ?」
そこでカラ松は人差し指をまっすぐに突き立てて、頭上を指差した。
「…屋根?」
「ふっお客さん…!
このカラ松との空の旅を心ゆくまでお楽しみくださいませ…!」
「空まで飛ばないしちょっとの間だけでしょ」
「ははっまあな!」
「しっかり捕まってろよ」
「うん」
一松の返事を聞いてから、カラ松は勢い良く翼を広げ、力強く羽ばたいた。
バサッ
バサッ
ストッ。
一松の言う通り、縁側から屋根までは十尺(およそ二、三メートル)ほどしかないので、あっという間にたどり着いてしまった。
「着いたぞ」
「ん、ありがと」
一松はきちんと礼は言いつつ、すばやくカラ松から離れ、空を見上げた…その瞬間。
「うわ…すご…!」
いつもは半分ほど閉じられがちな目が大きく見開かれた。
そうして星空に負けないほどきらきらと輝かせる。
「さっきより空広い…!少し上登っただけで
こんなに変わるのか…!」
「あまり木々で遮られないようになったから、だろうな」
「立ってると危ないぞ」
「ここは少々斜めっているからな」
カラ松はまだまだ一松も子供だな、などと思いながらそう言った。
丁度よく座れそうな、屋根の天辺に取付けられた木柱へ二人一緒に腰掛けつつ、空を見上げる。
…そこには、本当に見事な星空が広がっていた。
随所に光る大きな星に、
ちりばめられた星屑達。
それらを満月が優しく見守っている。
薄い雲が、それらの光を受けて輝いていた。
それだけでも十二分に美しかったが、
今宵はそれらを凌いで、もはや神秘的な気すら放ちつつ、美しく輝いているものがある。
それは…
堂々と流れる天の川と、それを挟んで煌々ときらめく二つの星だった。
「…綺麗だな」
「…そうだね」
二人はそれだけ呟いて、後はただひたすらに星空を眺め続けたのだった。