YOU ARE MINE久しぶりだった。いつも通りだった。
卒業までにすっかり学園内で有名になってしまったいつもの三人と一匹は、久しぶりだというのに人気店らしい映える盛り付けを撮影しながら誰が一番ケイト先輩に褒めてもらえそうな撮り方だろうとか夢中になってぎゃあぎゃあと騒いだし、我慢できなくなったグリムが手を出したのをきっかけに、あれも食べたいこれもおいしいと、おおいに飲み食いしてきたところだった。
最近のくだらない失敗とかちょっとした自慢を面白おかしく語り合うターンに入ると、談話室でのスナックとコーラがパブメニューになっただけの雰囲気になってしまう事に居心地の良さを感じながら。
「食べすぎ!カロリーやば!」
「そうか?僕はいつもこのくらい食べるけど」
「ユウはさ、食べ終わるとカロリーガー!とか言って気にするくせに、めちゃ喰うよなー」
「話聞いてるとついつい口にものを入れてしまう……」
「はぁ~、満腹なんだゾ~」
「グリムも相変わらずよく食べるねぇ」
そんな風にわいわいと、それぞれ交通機関を使って帰るものだと思って揃ってターミナルに向かったものの、彼女が改札に足を向けずに一歩遅れ、同じ歩調で歩いていたはずなのに少し遅れた事気付いたエースは、あたりをきょろきょろと誰かを探す仕草をするその様子を眺めて声をかけた。
「センセー迎えに来んの?」
「うん、そのまま駅にいろって」
「じゃあそれまで僕らもいる」
「いいよ、そんなに遅い時間じゃないし、ここ、明るいし」
「いやいや、お前一人置いていったとか、後でクル先にぜってーモンク言われるじゃん?」
「あー……なんかごめん……」
「誠意はぁ、『物で示してほしいなぁ』」
エースの言葉にかぶせてユウとデュース、そしてグリムまで唱和したので、彼らは顔を見合わせて笑った。
元オンボロ寮の監督生が卒業後にクルーウェルと付き合っている、という噂が事実だと親しい友人たちは知っていたから、別段彼女も誤魔化したりもしない。
ふと、まるで誰かに呼ばれたように彼女は友人たちに向けていた視線をそちらへとむけた。友人たちへの親愛とも、恩師に対する敬愛とも明らかに質の違う視線を受け止めた相手は、一瞬だけ甘やかに彼女と視線を絡ませ、まばたきさえせずに教え子たちに向ける眼差しを整えて、声をかけた。
「仔犬ども、夜遊びは楽しんだか?」
「夜遊びっつー時間でもないと思うんですけどー」
「お久しぶりです、先生!」
「おっ、デュース君優等生っぽいじゃない」
「う、うるさい」
「挨拶も出来ない駄犬より可愛げがある。タクシー代でもやろうか」
「お久しぶりですクルーウェル様」
「クルーウェル様様なんだゾ」
明らかに人目を惹く容姿なのに、驚くほど自然に人混みから現れる。そういう気配のコントロールというものは存外難しい。それを理解しているデュースは、元担任との再会というには少しばかり緊張の度合いが大きかったのか、酔いで平静を装い損ねたままの妙に硬い声であいさつをした。
それをどう受け取ったのか。
揶揄うエースと便乗するグリム、揶揄ったふたりを構う元担任。その流れるような会話に、ユウはクスクスと笑う。
「みんなタクシーじゃなくて電車です」
「おいユウ!」
「ならタクシー代は要らないな」
綺麗にまとまった茶番に、クル先のケチだなんだと言いながらも、またな、とそれぞれに別れの言葉を口にしてお開きとなった。
「楽しかったみたいだな」
「久しぶりに、大声でしゃべり過ぎました、喉、ガラガラ」
クルーウェルはユウの頭に手を置いて、髪の編んだ部分を指でなぞりながら撫で、ゆったりとそのまま背に腕を回し、少し屈んで彼女の酔いでほんのり赤みのさした耳元に唇を寄せた。
「ん、いつもとは違う掠れ方だ」
「…………」
囁かれた内容を酔った頭が理解するためにたっぷりと間をおいて、それから彼女はクルーウェルの脇に肘鉄をお見舞いした。
「おいおい、運転手に怪我させる気か」
「こんな、人のいるところで」
「人のいるところで、何を想像したんだ?」
ちゅ、と耳元にリップ音を残され、アルコールで理性の緩んだユウはひゃう、と悲鳴を上げてしまってから、余計に恥ずかしくなって顔を真っ赤に染めた。
クルーウェルはエスコートするつもりでユウの背に回していた腕で、彼女を胸元に抱き寄せる。
はたから見ればロケーションも相まって、まるで長い間離れていた、あるいはこれから長く離れる恋人同士のなかなかロマンティックなワンシーンにみえるだろう。
自分で仕掛けておいて酔いではないもので火照った顔を、意地の悪い言葉に潤んだ目で応える可愛い顔を衆目に晒したくない、クルーウェルの独占欲の片鱗でしかないのに。
抱きしめられて少し落ち着いたらしい彼女は、ぐっと喉に力を入れて広い胸元に顔を埋めたまま言った。
「人のいるところでは言えないようなことです」
「じゃあ二人きりになったら教えてくれ」
「ヤです」
クルーウェルはくっくっと胸郭を震わせて笑ったので、それはユウにもはっきりと伝わった。
「断られたか。さて、帰ろう。今日は泊りにおいで、酔っぱらい」
「え、でも」
「何か予定があるのか」
「……いえ、ないですけど」
「眠そうだし、お前の部屋に送って行って、玄関で寝てたとか洒落にならないからな」
「そこまでじゃ……」
泥酔したご機嫌ウツボブラザーズがつめたくてきもちいー!とかいう理由でアズールの店のエントランスで転がっていた現場(一応フォローして置けば営業時間外ではあった)がスクープ画像でグループに流れてきた画像を思い出して、ユウはくふくふと、笑いを転がした。
どうした、とクルーウェルに問われても、ぽすん、とナビシートに埋もれてまだくふくふと笑いを止められずにいると、笑い上戸か、と長い指先に頬をくすぐられる。
心地よさに誘われるように、彼女は頬をくすぐる長い指に唇で触れた。
クルーウェルは驚かず、触れてきた唇をやわく撫で、艶やかに笑う。
「そう煽るな、人のいるところでは言えないようなことをしたくなる」
「言うクセに」
「……」
ナビシートに凭れた身体が、沈む。シートベルトとクルーウェルの体躯で縛められた彼女には少しも逃げ場がない。
それでも、駐車場でまさかそういうことをするとも思えないし、せいぜいキスくらいだろうな、と彼女は諦めと少しの期待を込めて相手を見上げた。
射抜く視線に耐えかねて目を閉じても唇には何も触れず、耳元で短く息を吸う音がした。ピリピリ、と緊張のようなものが走って、彼女は耳をそばだてる。
飼い主の言葉を、聞き逃さないように。
「ベッドまでお預け(ステイ)だ。お行儀よく出来るな?」
ぁ、と小さく声を漏らしたまま閉じることのできなくなった彼女の唇を眺めて満足そうに笑うと、クルーウェルは獲物を眺める獣の貌で言った。
「今日はどんな声で啼くのか楽しみだよ、俺の可愛い仔犬」
彼女には、エンジンをふかしマフラーの呻る低い音が、獣の呻る声のように聞こえた。