ある年の暮れのことです。十郎は居間のちゃぶ台で年賀状を書いていらっしゃいました。
以前は自分も宛名書きのお手伝いをしたものですが、こちらではほんの二・三枚で片付いてしまいます。太郎さん夫妻宛のハガキに連名でひとこと添えたきり、自分の出る幕はないようです。
自分はちゃぶ台の反対側へ座り、十郎の綴る文字をぼんやりと眺めながら、おせちの具材を考えておりました。
黒豆、かぶ、チョロギ、アワビ……以前ほど品数は用意できないかもしれませんが、十郎には良いものを召し上がっていただきたいのです。
「何か欲しいものはあるか」
十郎が出し抜けにそう尋ねました。
「やはり海老は必要ですね」
「?」
十郎は年賀状を書き終えたようで、万年筆を卓上へ置いてこちらを見ておりました。怪訝そうなお顔です。
「失礼しました。おせちのことを考えていたもので」
「そうか」
「十郎は何か食べたいものはありますか?」
「君が作るものは何でも美味い」
「またそんなことを言って」
十郎は先程の問の答えを待つようにじっと見つめたままでいらっしゃいます。
机に伏せた十郎の右手に、自分の手を重ねました。十郎の手は温かく、それでも冬の時分ですから、指先がひんやりとしています。温めるように撫でてさしあげると、真っ直ぐに向けられていた視線が少しだけ揺らぎました。
今更こんなことに恥ずかしがる十郎が可愛らしく。自分は笑みを深めて問い返しました。
「欲しいもの、とは?」
「君の誕生日だ」
自分の誕生日は一月一日……ということになっています。地球人として生活するためには便宜上必要だったのです。
記念日を祝う、という文化は興味深いものです。鞘師家ではこの自分の誕生日を、必ずお正月とは別に祝ってくださいました。
プレゼントに欲しいものをあれこれ思い浮かべてみます。台所用品や食品では味気ないでしょうか。新作の詩をねだってみるのも良いかもしれません。尋ねたのは十郎ですから、否とはおっしゃらないはずです。愛の言葉を聞かせてくださる十郎はきっと可愛らしいでしょう。
そうして、ひとつの悪戯を思いつきました。
「十郎がいてくれたら、それでいいですよ」
自分はそうお答えしてにっこりと笑ってみせます。それはいつもの十郎の言葉への意趣返しでありました。
ところが。
「……そうか」
十郎は頬を赤く染め、微笑んでいらっしゃいました。心底嬉しそうなご様子なのです。十郎を困らせようとばかり思っていた自分はすっかり毒気を抜かれてしまいました。
「ならば一日中、君のそばにいよう」
細めた黒い瞳は、飴細工よりも甘くとろけて見えます。自分の口からぐぅ、と声が漏れました。
「……それで結構です」
「なぜ不本意そうなんだ」
気がつけば手首をぎゅっと握られていました。この手から逃れるのは容易く。同時にとても難しいことでした。
……たまにはこんな年があっても良いでしょう。
自分は「なんでもありません」とお返事をして、十郎の手を握り返すのでした。