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    TaigaTorazo

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    TaigaTorazo

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    ・vsr夢
    ・明治軸

    ヴァシリにタイタニックしてもらった 第1話『ーーへ

    ご婚約おめでとう。

    とうとう同窓の中で未だ嫁いでいないのは私だけになってしまったみたいね。

    貴方が東京じゃなくて北海道にいるって聞いたから、最初は驚いたわ。しかも、北海道にお嫁に行くのかと思いきや、アメリカでお式をあげるって聞いてもっとビックリよ!
    きっと素敵なお式になるわ。
    貴方の花嫁姿、綺麗でしょうね。

    外国での新婚生活は不安なこともあるかもしれないけど、聡明な貴方ならきっと大丈夫よ。

    もし結婚生活が嫌になったら、日本に帰ってらっしゃいね。その時は私の家に遊びにいらっしゃい。いつでも大歓迎よ。

    …嫁入り前の貴方にこんなことを言うのも憚られるかもしれないけど、本当の事を言うと、貴方は今の時代の日本の男には勿体ない方だと思うわ。聡明で、なんでもお出来になって、それなのにちっとも偉そうにせずに、いつも穏やかで…。それに、特に外国語に長けていらっしゃるから、外務省なんかに勤めたら良いんじゃないかとすら思うわ。
    鹿鳴館のパーティーに貴方を何度も招待するよう父に頼んだのに、ついに叶わなかったのが本当に心残りだわ。洋装姿で英語や仏蘭西語を操る貴方を見たら外国の大使達は皆んな見惚れてたでしょうね。

    貴方、いつも自分のことをちっぽけな人間のように仰ってたけど、本当は強い人よ。
    私よりもずっと。
    女学校じゃ私がやたら身体が頑強なものだから、強い女のように思われてたみたいだけど、貴方こそ最も強い方よ。もっと自信をもってね。

    そういえば、私も実は学校に通っていた時にお見合いをしたことがあったのよ。まあ、結果は見ての通りなんだけれども。
    ただ、そのお見合いというのが何というか、一生の思い出になるようなことがあったの。
    というのも、お見合い相手だと思った方が別人だったのよ。替え玉だったというわけ。
    でも、私信じられないことにその替え玉の男性に惚れてしまったのよ。…貴方なら笑わないって思ってこうして書いてるのよ。
    本気でその方と結婚したいと思ったわ。だから、その方に結婚を申し込んだの。
    その方は「親も家もなんにも持ってない」と仰っていたけれど、私にはそんなことどうでもよかったの。全く関係ないと思ったわ。
    でも、やっぱり断られたわ。住んでる世界が違うって。それに、陸軍に入隊すると仰ってたわ。先の露西亜との戦争にも出征なさったのでしょうけど、きっとあの方なら生きて帰ってきてると思うわ。…もう東京にはいないのかもしれないけど。
    でも、生まれて初めて自分から男の方を好きになった瞬間だったわ。何というか、恋をすると人って無条件になれるのね。相手がお金をもってなくても、家族がいなくても、自分と住んでる世界が違っていても、その人のことが好きになってしまうと無条件にその人のために何かしたいと思ってしまうんだわ。
    …貴方の恋のお話も一度聞いてみたかったわ。

    …きっと、これからもっと大変な時代を私たちは生きていかならければならないんだと思うの。
    露西亜との戦争の後、帰国した傷病兵をたくさん見てきたのだけど、戦争ってお金ばかりかかって本当に空しいものね…。
    私、思うのよ。皆んながそれぞれ本当にやりたいことに夢中になっていれば、戦争なんて起きないんじゃないかしら。利益ばかり追い求めた結果、どうにもならなくなって戦争になってしまうのだと思うわ。それで命を落とす人が数え切れない程いるなんて言葉にできないものがあるわ。
    私は日本の婦人として何ができるのか未だよく分からないけれど、この時代にこの国に生まれたことには何か意味があるんだと思うの。家事やお稽古事も大切かもしれないけれど、もっと大事なことが人生にはあるはずよ。
    貴方なら、きっと分かってくれると信じてるわ。

    佳き日本の婦人としてお互い頑張っていきましょうね。

    それじゃあ、お元気でね。


                 金子花枝子 』





    達筆な字で書かれたその手紙を、私は今度こそやっと旅行鞄の中にしまった。


    これで何回読んだのだろう。
    女学校で塞ぎ込みがちだった私の唯一の友、花枝子さん。
    卒業してから何年も経ったというのに、手紙を送ってくれた。
    東京でも北海道でも鬱屈としていた私にとって、彼女の強く温かい気持ちに励まされ、何度も読んでしまったこの手紙。
    まるで、もう一度女学校に通っていた時に戻れるかのように。
    …だが、もうそんな事は言ってられない。




    「早くしなさい」


    部屋に入ってきたのがすぐに分かるほど香水をつけた継母が言う。
    ……この匂いには何年経っても慣れない。


    これから収監される囚人のような気持ちで、私は鏡台の前から立ち上がった。




    「…帯を少し直しましょう」


    継母はすかさず私の振袖の帯を直し始めた。
    きつめに締め直された帯が余計に胸から鳩尾のあたりを圧迫し、ますます憂鬱になった。


    「言われなくても分かってると思うけど、愛想良くね。………顔色が良くないわね。こんな大きな船で酔ったの?…まあ、今日は顔合わせを兼ねた食事会だから、すぐに終わるわ。それまで辛抱して頂戴ね。これも貴方の為なんだから」













    「この度は、ご婚約誠におめでとうございます。」

    グラスが重なり合う音が細かく高く響く。
    私もまた、正面に座っている男性ーー私の夫になる人物ーーとグラスを合わせた。


    この船がアメリカに着いたら、この男性と私は結婚する。随分と歳の離れたこの男性と。会うのは今日で三回目だ。


    一回目はまだ子どもの頃。その時既に母は亡くなっていて、丁度この継母が家に来た頃だ。父もまだ存命の時で、この時はまさか自分がこんな歳の離れた人と結婚するなんて思いもしなかった。
    父の客として訪問してきたこの男性の第一印象は、眼鏡をかけ、瀟洒なスーツを着こなしている「大人」だった。そして、どこか冷たい目をした、まるでこちらを値踏みするような視線を送ってくる人だった。


    二回目は、女学校の謝恩会の前あたりだった。同級生のほとんどは既に嫁いでいたが、私には特に焦りはなかった。誰とも結婚するつもりはなかったし、誰かと結婚したいとも思っていなかった。どのみち家はもう限界だ。この時父は亡くなっており、没落は目に見えていた。
    学校から帰ってきた時に応接間に継母とこの男性がおり、何やら秘密めいた会話をしていた。
    自分の縁談がまとまったとこの時に言われ、この人に嫁ぐのだと言われた。あまりにも突然のことで何も言えなかった。
    私の婚約者となった男性は欧羅巴に数年の間、視察旅行をするというので帰国したら正式に結婚をする運びとなった。




    …今でも、母の死の原因はこの継母の存在なのだと思ってしまう。海軍将校であった父は、芸者であったこの継母を突如家に住まわせることにしたのだ。私が五歳の時だった。真っ赤な口紅を引いた唇に、むせ返るくらい香水と白粉の匂いをさせ、やたら色彩の強い着物を着こなした女性だった。屋敷中にこの継母の香水の匂いが染みつくようだった。

    元々病弱だった母は以前からこの継母の存在に薄々勘づいてはいたであろうものの、決して口にはせず、黙々と日々を過ごし、女中達の噂も聞かぬふりをし、貴婦人として毅然と振る舞っていた。継母が家に住むようになってからも、ぞんざいに扱うことはせずに、客人をもてなすかのように継母に接した。それはきっと皇族と遠縁にあたる母の誇りが許さなかったのだろう。しかし、心労が祟ったせいか間もなく逝ってしまった。

    母の葬儀の日、父も継母も涙を流していなかったのを私は知っている。そして、その日の夜、父の寝室に継母が行ったことも。

    そしてすぐに腹違いの妹が二人産まれた。
    いつの間にか私が使っていたはずの着物や琴、生け花の道具なんかが私の部屋から無くなり、異母妹たちの物になっていた。残っていたのは外国語の辞典や雑誌だけだった。
    着物や琴に執着は無かったので、淡々と残った英語や仏蘭西語の本を一人で読んでいた。
    部屋から出れば、継母や異母妹たちから冷たい視線と内緒話のような声が聞こえてきた。
    それならば一人で異国の言葉に触れていた方がよっぽど心穏やかで居られた。
    学校の授業がある時以外は、部屋に鍵を締めてそうしていた。なるべく継母や異母妹たちと鉢合わせないように気をつけながら、食堂から最低限の食事を部屋に運び、深夜にこっそり浴室を使った。



    …一度だけ父に相談したことがあった。
    私と二人だけで暮らせないかと。しかし父は元芸者であった継母の両親も既に亡く、行く宛もないからと言い、頑なに継母と異母妹たちを家から追い出すことを拒んだ。
    そして結核で間もなく父は亡くなった。



    その頃には女中達は全員辞めていた。



    この屋敷に住んでいたのは私のはずなのに、両親が亡くなり、兄弟もいない私が何故か後から来た人達に邪魔者扱いされていることにもはや何も言い返すことすらできなかった。

    私の物だけでなく、母の部屋もこの継母が当然のように使うようになり、母の趣味であった日本画の道具は全て質屋に流された。その代わりに煌びやかなドレスや、母なら絶対に選ばないであろう趣味の宝飾品が運び込まれた。

    皇族の血を引く母と比べて、継母が元芸者であったことについてどうこう言うつもりはない。血に貴賤も何もない。ただ、私はどうしてもこの継母が受け入れられなかった。今も昔も。

    継母の装飾品や異母妹たちの学費がかさんだこともあり、家は没落まっしぐらだった。
    焦った継母が私をどこか裕福な家に嫁がせようと躍起になっていた。そして決まったのが、幼い日に一度だけ会ったこの男性である。帝大を卒業し、実家が営んでいる銀行の経営陣に加わっていると聞かされた。
    …そんな事はどうでも良かった。彼もまた、私のお稽古事や女学校での成績など無関心のようだった。私の家は裕福な家との繋がりを欲していて、彼は跡継ぎを産める女を欲していただけであった。


    この結婚に、人の感情など無い。

    商取引と同じである。















    ーーー











    オガタを追う戦いが予想だにしない形で幕を閉じ、特に国に帰るつもりもなかったので、丁度港から出港するこのやたら大きな客船に潜り込んだ。

    …どうやら日本の港を幾つか経由し、最終的な行き先はアメリカの西海岸のようだ。

    樺太の国境と比べれば温暖な気候なので手袋までする必要は無いものの、コートやバシュリクを装着していないとやはり冷える。
    …傷で会話もままならないし、乗船している人間と関わるつもりもないので引き続き口元は覆ったままにしている。





    モシン・ナガンは目立つので機関室に見つからないよう隠してきた。
    ただ、接近戦用の銃だけは忍ばせてある。
    以前もあったように、賊が船を襲撃してくる可能性もあるからだ。



    …甲板の欄干に止まっているこの鳥は、ユリカモメだ。冬鳥だから今日本の海に来ているのだろう。丁度良いモチーフが見つかったので鉛筆と紙を取り出し、描くことにした。





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