- スナエン -
ある日の士官学校。
歴史に名を残す様々な銃火器が収集されている資料室に、スナイダーとエンフィールドの姿があった。
授業で使われる事もあるこれらは定期的にメンテナンスもされているが、それでも部品の劣化は避けて通れない道。
先日もスナイダーが頼まれて蝶番の具合が悪くなったスナイダー銃を修理したが、それと同様に様々な銃が各々の問題を抱えているようである。
長期休暇を控え、スナイダーはそれらのメンテナンスを全て請け負う代わりに休暇中の補習すべてを免除するという交換条件を恭遠に出した上で、了承させた。
歴史的にも価値のある物が揃っている場所なだけあって、室内は温度湿度とも適切に保たれている。
暑い日が続く時期にあって、中々良い交渉をしたとスナイダーは思っていた。
何故エンフィールドが居るかといえば、この部屋にはエンフィールド銃も置かれているからである。
知らぬ間に所蔵品であるエンフィールド銃がスナイダー銃になっていたなどという事件が起きないよう、スナイダーを見張っているのだ。
それを知ってか知らずか、スナイダーはエンフィールド銃とスナイダー銃だけを残し、他の銃から手入れを始めている。
何日も掛け授業が終わった後や週末の休みに少しずつ進めていた作業は、いよいよその二種類を残すのみとなっていた。
「……」
スナイダーの手が、エンフィールド銃に伸びる。
無言のまま見守っていたエンフィールドの表情が僅かに険しいものになった事に気付くと、スナイダーは楽しそうに口角を吊り上げた。
六角レンチを持ち、丁寧な手つきで部品を分解していく。
自分自身がそうされている訳でもないのに、傍らのエンフィールドは一人で百面相でもしたいのかと言うほど頻りに表情を変えていた。
「愉快だろう?笑え、エンフィールド」
「何言ってるんだ、愉快な訳がないだろ……」
嫌そうに短く返したエンフィールドは、エンフィールド銃だけでも自分で手入れしようかとも考えていた。
しかし自問自答の末、それは補習を肩代わりする事になる、スナイダーのためにならない、と結論付けたのだ。
そんな様子を知ってか知らずか、スナイダーはいちいちエンフィールドに見せつけるようにしてメンテナンスを行っていく。
「ううっ……全くもう。いい加減にしてくれ、どうして君はいつもそうやって……」
エンフィールドがつい咎めるような口調で呟くと、スナイダーは手元に落としていた視線をエンフィールドに向け、フッと薄く笑う。
「……言ったところで、どうせおまえは理解しないだろう」
スナイダーが何を考えているのか理解出来ず、エンフィールドは徐々に苛立ちを隠せなくなっているようだった。
それでも席を外そうとしないのは一体なんの意地なのだろうか。
スナイダーは小さく呟く。
「……フッ。可愛いやつだ」
それは本心から思った言葉ではあったが、どうやらエンフィールドはその言葉を喧嘩を売っているように受け取ったらしい。
「君に僕の何が分かるって言うんだい?」
「俺から見たおまえだな」
あっさりと返されたうえに否定できない内容とあって、エンフィールドは口を噤む。居た堪れなさともまた違う、この場にいたくないという心地。
「いっそ彼も喚ばれない物かな。僕の言葉に聞く耳を持ってくれもしない君も、二人がかりなら聞いてくれるかも」
スナイダーがばらばらに分解しているところであるエンフィールド銃。その銃身に触れながら、現実逃避するかのように呟くエンフィールド。
その様子に、スナイダーは不思議そうな顔をした。
次いで紡がれた言葉に、エンフィールドは深々とした溜息を零す事になる。
「おまえ以外を兄と呼ぶ予定は無い」
そう言う割に、エンフィールドを改造しようとする姿勢を崩さないのは何故だというのだろう。
ひとつひとつ丁寧に磨きあげられ、蝋や煤を落とされた部品が今度は巻き戻されるように組み立てられてゆく。
「全く。身勝手だなぁ」
「身勝手?身勝手というのは、こういう事か」
手元の部品がすっかりエンフィールド銃としての姿を取り戻した頃、スナイダーは愉快そうに言ってエンフィールドに近付く。
思わず身構えたエンフィールドを展示ケースに追い詰めるようにして、スナイダーは唇を重ねた。
微かに紅茶の香りがするように感じて、くん、と鼻先をひくつかせる。
そのままエンフィールドの服に手をかけようとしたスナイダーを、慌ててエンフィールドの手が止めた。
エンフィールドはスナイダーが問題なく補習の代わりとなるメンテナンスを終えられるか監督しに来てあげているというのに、スナイダーは何という事をしようとするのだろうか。
「ちょっと……スナイダー、君のことを慮る僕を裏切らないでおくれよ」
エンフィールドが本気で咎める眼差しを向けると、スナイダーはつまらなさそうに顔を離す。
それから首を傾げて、常からエンフィールドが口にしている言葉を引き合いに出してきた。
「改造よりは良いんだろう?」
「あのね。改造だけは嫌だと確かに言ったよ、言ったけれど、改造以外なら何でも了承するなんて一言も言ってないからね」
ああ言えばこう言うと形容すべき、子供じみた屁理屈の応酬。
幼児でもないのに見苦しい事はよしてほしいと思いながらも、言ったところでスナイダーは素直に聞くような性格をしていない。
エンフィールドにちょっかいを出せないと理解してか、スナイダーは再び作業に戻ろうとする。
しかし、行動を止めるために掴んだ手首から伝わる体温に、エンフィールドは疑問を持った。
「……うん?おかしいな。君って、普段からこんなに体温低かったっけ」
スナイダーは答えない。
エンフィールドはスナイダーがまた碌に食べていないのだと察し、一際大きな溜息を吐いた。
カロリーはすなわち熱量だ。
ある程度は摂らなければ、体温の維持もおぼつかなくなってくる。
それに加えて野外とは違う、空調の効いた部屋。
エンフィールドはまるで恐竜などの変温動物のように、スナイダーの身体が冷えてしまっている事に気付いた。
「……それがどうした?何が言いたい」
すっかり拗ねたらしいスナイダーの、やや棘のある口ぶり。
エンフィールドはポケットからショートブレッドを取り出して食べさせようとするが、スナイダーは意地でも口を開けようとしない。
作業を続けるスナイダーとしばらく攻防を続けたあと、エンフィールドは根負けする事になった。
せめて夏風邪は引かせないようにと自分の上着を脱ぎ、スナイダーの肩に掛ける。
スナイダー銃のメンテナンスが終わる頃には、仕方の無い事とはいえエンフィールドの身体の方がすっかり冷えきってしまっていた。
そんなエンフィールドを温めてやろうとするスナイダーの手から無事にエンフィールドが逃げきれたのかどうかは、また別の話。
今日も英国兄弟は平和である。
おしまい