緊張の味事務所で何故か同居人の父親と顔を突き合わせているこの時間。もう何度も遭遇したこの時間にロナルドは気まずさを感じなくなっていた。
「ドラルク〜……どうして私よりゲームを優先するんだい……」
「言いたいことは分かるけどやっぱ事前に連絡した方がいいって。メッセージ一つ入れるだけでいいんだからよ」
「クソポール! この私を舐めおって!! 片腹痛いぞ!!」
例に漏れずドラウスは事務所にアポなし訪問し、ゲーム配信中だったドラルクに「待て」を言い渡されていた。ドラルクは勝手にも、待ってる間ロナルド君を煮るなり焼くなり好きにしていいですから、なんて言葉を放って配信に戻っていった。
勿論ロナルドはすぐさまドラルクを殴り殺した。が、確かにドラウス一人きりで待たせるのもロナルドの良心が痛む。結局はドラルクの提案に半ば乗る形でロナルドは見慣れた他人の親と過ごすことなった。
「親父さん本当にスマホ使えてんの?」
「使えてるに決まってるだろう。この私とあらばちょちょいのちょいだわ」
「じゃあSNSとかやってんの?」
「え、えす……?」
ドラウスの表情が微妙な笑顔のまま固まった。これは動揺している時の顔だとロナルドの経験が知っている。
「俺もあんまり分かんねぇけど……ほら、こういう写真上げるやつとか」
向かいのソファからドラウスの隣へ移動するとロナルドは自分のスマートフォンを見せた。その画面には謂わば「映え」を意識した料理やら動物の写真やらが映っている。
「タグとか付けて投稿するんだよ……おっ、これすげー美味そう!」
すい、と画面をスクロールするとスナバの新作が現れた。可愛らしく爪を飾った見知らぬ女の手が冷たそうなカップを持っている。ホイップクリームがこんもりと乗ったその飲み物と女の淡いピンクの爪はロナルドの目にも確かに相性が良く見えた。
反してドラウスはううむ、と唸る。
「人間はどうしてこうも甘ったるい飲み物を好むのか分からんな……」
「まあ人間でもこういうの苦手なヤツはいるだろ。吸血鬼だって血の味に好み? とかあるんじゃねーの?」
「そうだな。性別、年齢、血液型で割と変わってくる。食生活なんかも影響してくるな」
真面目な顔をしたドラウスが伏し目がちに思考した。すぐ隣で見たその表情の珍しさにロナルドは思わず目を瞠る。骨張った顔の目元に刻まれた皺が、自分と隣の吸血鬼との年齢差をまざまざと感じさせられた。
「やっぱり若い男の血はくどいから飲まねぇの?」
「それが好きという物好きもいるが私は飲まないな」
「じゃあ俺の血も美味くない?」
興味本位だった。ドラウスの顔を覗き込んで尋ねてみれば彼の額でアホ毛がピンと跳ねた気がする。重たそうな目蓋が開閉するのをロナルドはじっと見守った。
「……ドラルクのおかげで悪くない食生活が送れていても、あんな甘ったるい飲み物を頻繁に飲んでるようじゃダメだな。お前の血はどう考えても不味そうだ」
「ふぅん、そうかよ」
分かりきっていた答えにつまらなくなってしまう。
こんな話は止めだとソファから立ち上がろうとした瞬間、ロナルドは腕をぐいと引かれた。赤い瞳がぐらりと近付いたかと思えば顔の横を通り過ぎていく。
首元ですん、と微かな音がした。
「タバコもすっぱり止めればクソ不味い血も少しはマシになるかもな」
顔を見合わせたドラウスの瞳が、ニィと細く笑みを浮かべる。ふわりと立ち昇るような色気をそこに見て心臓が跳ね上がった。ずるい、そんな言葉ばかりがロナルドの脳内を占拠する。言葉の意味など深く考えていられなかった。だから思わず口から出そうになってロナルドは空気ごとごくりと飲み込む。
「……あいつの様子見てくる」
至近距離で見た吸い込まれそうな赤が、今はどうしても憎たらしい。慌てて席を立った理由がドラウスに悟られていないことをロナルドは切に願った。