距離感今日は退治の依頼もない。ギルドの仕事もない。勝手に居着いた備品ことドラルクが起きてくる時間にはまだ早い。ジョンも外出中で、キンデメに餌をあげたりメビヤツを磨いたりしていたがそれでも暇を持て余していた。
小腹も減ったし外に出ようか。そういえばちょうどスナバの新作が出たばかりだった。そんなことを思い出した途端に俄然飲みたくなってくる。秋限定の焼き芋フレーバー。
「よし! 行くっきゃねぇな!」
「うおっ!?」
財布を持って事務所のドアを開けた瞬間に低い叫び声が向かいから上がった。
ごめんなさい、と言いかけたが向こうの顔を見て謝罪より先に「なんだ」と言ってしまう。
「アイツならまだ起きてきてないけど」
「まあそうだろうとは思っていた。まだ少し明るいからな」
「じゃあ何で来たんだよ?」
いつもの如く突然来襲した備品の父親が漫然と俺を見下ろしていた。そのデカい態度はやはり親子だと意識せざるを得なくて無性に殴りたくなってしまう。いや、この人はドラ公と違って何もしていないのだからそれは良くない。
「ドラルクに会いたいという逸る気持ちが抑えきれなくてな……」
「親バカもいい加減にした方がいいと思うぜ」
「バカとは何だ! とにかくドラルクが起きてくるまで待たせてもらうぞ」
「あっ……俺、これから外出ようと思ってたんだけど……」
でもこの人が事務所で待つというのなら仕方がない。今までの行動を省みて、留守を頼んで突然の電話に対応できるのかも謎だ。
「じゃあちょっと待ってろ。お茶持って来るから――」
「何故だ? 二人で行けばいいだろう。それとも私がいると不都合か?」
ごく当たり前のように、目の前の吸血鬼はそう言ってのけた。いや、確かに以前、事務所が開いてない時のためにとお茶に誘ったのは自分だ。けれどもこんな、自然と二人で外に出ることまで当たり前にされてしまうと何だか調子が狂う。
初めは少し距離を感じていたはずなのに。最近は懐にどんどん入り込んでいくような気がしている。
「いや、あんたがいいなら、いいけど」
「そうか。どこに行くんだ?」
「ほら、この前行ったスナバ。新作が飲みたくて」
「ほう……折角だから同じものを飲んでみるか」
意外だ。自分がいいと思ったものを受け入れるのだとばかり思っていたから。だから前回も無理して訳の分からない注文をしたのだと。まあこの前のようなホイップクリーム入りのお湯なんかより、季節限定の美味しくて甘い味を楽しんだ方がいいはずだ。
「焼き芋味、めっちゃ気にならねぇ?」
「焼き芋なら知っているぞ! 日本ではキャンプファイヤーの火に芋を投げ込んで焼くのだろう。なかなかアグレッシブだと感心したものだ」
「絶妙に違うな!? おじさんまた嘘教えられてんぞ」
「何!? ドラルクが嘘をつくはずがないだろう!」
そんな応酬を交わしながら事務所から近いスナバへと二人で歩き始める。夕日を見ながらカフェに向かうのはどことなく学生の頃を思い出すが、隣を見れば懐かしさよりも新鮮味が勝つ。
不思議と口角が上がるのをそのままに、まだ見ぬ焼き芋味に思いを馳せた。