「甘いケーキ」をめぐる(リパ書記) 荘園に縛り付けられた亡霊のようなものでもあり、荘園で幾度となく行われる「試合の再現」の監管者としての役割も担わされているハンターたちが時折居館で顔を合わせると話題になるのは、やはり、お互いに共通する職責である試合の再現、つまりは、招待客としてこの荘園に囚われているサバイバーに関することが多い(ハンターの中には、この荘園に訪れこの職責を負わされる以前、要は生前に近しい経歴のことを平然と相手に尋ねてくるようなデリカシーを欠いたものも居るが、彼らの多くは、いきなり相手に込み入った質問をして、迂闊に逆鱗に触れるべきではないという良識を持っているということの現れでもある。)。例えば(特に最近、この荘園を訪れて日の浅い)サバイバーたちの忌々しい能力や、それらが連れているペット。そして彼らの服装である。
丈の長くないスカートを与えられている女性サバイバーについて、「スパッツ等を支給するべきだ」と渋い顔をするハンターは少なくない。勿論、「お人形の下履きが見えたところでどうでもいい」と涼しい顔をしているものもいるが、多くは「見目が人形であってもきまり悪い」や、「見たくもないものを見せつけられて困る」というものが多く、さらに女性ハンターは、彼女らがかつて受けた教育もあって、尻を丸出しにしながら藻掻くサバイバーの姿を指して「はしたない」と憤ることさえあった。
そういった意見を持つ者の間で評判が良いのは心眼の衣装であり、それらは心眼本人の特性もあってか、あまり活動的な動きが想定されているものではなく、荘園主の趣向か得てして露出度が上がりスカートの丈も短くなる高レア衣装においても、彼女のロングスカートの丈が短くなることはない。故に、風船に括った本人がばたばたと手足を藻掻かせたところで、人間を模して作られた人形とはいえ、プライベートパーツを無理に目の当たりにさせられてしまって妙にばつの悪い気分(それは、動物が目の前で座り込んで排泄をしている現場を目の当たりにしたようなものだ)にさせられることもないのだ。彼女に与えられている衣装の内、唯一スカートが膨らんで、ともすればその中を開陳されかねないシルエットを持つケーキの衣装といえば、スカートの下の部分がすっかり埋められていて、それを着用している彼女が、ハンターの獲物で殴り飛ばされて地面に頭から突っ込み大袈裟に転ぼうが、風船に吊り下げられて藻掻こうが、その場で楽し気に寝そべろうが、その内側が見えることはなかった。
それをデザインしたのは荘園主ではなく、ハンターの面々の内の一人であるあのリッパーであるという話を聞いたとき、書記官の役職を持ち、紆余曲折あって、今はこの荘園でハンターの役職を宛がわれている書記官ことキーガンは、率直に意外だと感じていた。リッパーはこの手の問題(言うなれば「女性サバイバーの露出問題」)には全く無頓着どころか、むしろそれを楽しむような下世話な性質があり、キーガンが本件について意見を伺い(ハンターの中でもその手の事柄にもっとも潔癖な誠実であったキーガンは、「試合における風紀を維持する」という名目で荘園主に対し、無闇矢鱈に露出の多い衣装を配り回るべきではないという請願を試みる為、一定年齢以上の各ハンターに意見を求め、賛同を得られる場合は署名に協力を依頼して回ったことがあった。)にアポイントメントを取って彼を訪れたような時には、「衣装によって下着が作り込まれている辺り、荘園の主も、何というか、マメな方ですよねぇ」と言って、蝋で固められたような口をぱっくりと開いて、まるで亡霊そのもののような不気味な笑い顔を晒し、キーガンはその反応をある程度予期していたとはいえ、やはり不愉快に感じたことを覚えている(なお、その後彼女の尽力によって作成された請願書には、彼の名前は連ねられないまま提出され、それに対する荘園主代理ことナイチンゲールからの受理の返事のみがあり、それから今に至るまで、具体的な対策は見られない。)。
キーガンが考えるに、あのリッパーがデザインをしたのであれば、ともすればより悪趣味な、良識を持つ者から見ればどうにもばつの悪いような「芸術的センス」に溢れるものになることも想像できない訳ではない。それが、高レアの中では随分と風紀を保ったデザインの作り手であるということは、何ともまあ意外なことだという印象が彼女の中に先走り、続いて(そういう趣向なのではないか)という推理が後に続いた。つまり、彼にとっては「隠されているものを暴くのがより良い」と感じられるのではないか、ということだ。でっぷりと蓄えた彼女の努力の象徴である肉椨を動かしつつ、キーガンは生気の無い灰色の眉間に、長年を職務に捧げた老紳士顔負けの重々しく厳しい皺を寄せて、自分の想像に対する不快感を表明したが、それと共に、彼のその趣味を利用できるかもしれない、というところに思い至ったのも事実である。
そこで、「荘園主に対する提案事項として使用させていただきたく、もし許容いただけるのであれば、女性サバイバーをモデルにした衣装デザイン案をいくつか頂きたい(3~5案目途)」という趣旨の手紙をキーガンはしたため、ナイチンゲールを介してリッパーに宛てた。彼の趣味が「隠してあるものを暴く」というところにあるのであれば、狩りを楽しむ彼からは、「一見して」極端に露出度の低い衣装(そして負傷状態になるにつれてはだけていくような悪趣味なそれ)が提案される可能性が高い。彼にとっての真意はどうあれ、荘園主が取り入れるデザインの中に、そのような“配慮”の種を蒔くことができるのならば、それはそれで一案だろう。彼が「過去にサバイバーの衣装をデザインした経験がある」ということも重要だった。前例のある者からの意見が取り入れられる可能性というのは、少なくともそういった前例を持たない者のそれよりも高く見積もられるだろう。
後日、キーガンに与えられている居室の前に、リボンの掛けられた小箱が置かれていた。職業柄厳格に手順を踏む癖のある彼女は、一見して彼女への届け物に見えるそれを持ってまずナイチンゲールに確認したが、荘園主の代理のように振舞う仮面の淑女は、そのような品物を預かった覚えはないという。つまりこれは、送り主の手によって直接、キーガンの客室前に届けられたということだろう。その時のキーガンには一つ心当たりがあり、その小箱をそのまま「不審物」として処理してしまうこともできなかった。彼女にとってあまり喜ばしくない差出人の署名が、リボンの裏に刻まれている。つまり、リッパー――先日彼女から衣装デザインの提案を依頼した相手であるその人物の趣味は、彼女に限らず、法を遵守することを内面化した多くの善民には、決して認容し得ないものである――が、そもそも彼に何らかの提案を求めたのはこちらであるし、その上、彼がこちらの望むようなデザインだけを大人しく差し出してくるような相手でもないことは、彼女としても最初から承知のことではある。その人物は無論、素行と来歴に重大な懸念のある対象ではあるが、今や彼女自身にもハンターの身分が宛がわれていることも安心材料の一つである。この荘園で、ハンターでいる限り、名目上は、彼女を狩りの獲物とするものは現れ得ない――キーガンは日頃その巨躯を支えるとともに、試合の再現では異能を振るうために用いる己の杖を、日頃使用する執務机の脇に置かれた袖机の上の定位置に丁寧に置くと、不衛生物が詰まっている可能性を考慮し、素手ではなく、室内の暖炉に差し込まれた火箸を用いて開いた。
すると、箱の中には、亡霊となり生者の時と比較すると二周りも膨らんだ彼女の身体で手にしてもしっくりと馴染む大きな、そして真新しい裁ちバサミが、箱に隙間なく詰められた白い綿の中に埋められて、銀色に光っていた。同封されたカードに書き付けられているのは、ほんの数行だ。心眼のケーキ衣装は「パティシエ」としての作品であって、それは自分の美意識が忠実に再現されたものではない――つまり、あれはあくまで「ケーキらしい」ドレスを模ったものであって、そこに彼の理想が表現されているわけではない――ということ、そもそも自分は衣装に大した興味を持っていないこと。「彼女たち」が纏う布は、例えるならば、プレゼントボックスを覆う包み紙のちょっとした趣向の違いに過ぎず、それが多少魅力を増減することはあっても、自分が目当てとしている中身の本質や芸術性を云々するものではないと彼の筆致は流暢に続けられる。
「貴女が問題視しているような衣装を纏う「彼女たち」を開いたところで、そこには紛いものしか存在しないでしょう。真に哀れむべきは、無様に足掻く中で必要以上の無体を晒す人形のことよりも、いつ終わるとも知れず、綿を振り回してお人形遊びに興じることを義務付けられている我々でしょう。下手に狩りの真似事を強いられている私は、日々乾いています……貴女のあの夜を、私が忘れたことは片時もありません。」
それから、「貴女とは、また是非にお会いしたいものです」と締めくくられる手紙を、キーガンは証拠品よろしく元通りに折り畳もうと試みたのだが、腹を切り開かれる感触を否応なしに呼び覚まされ不随意に震える手が、知らぬ間にそれを握り潰していた。