3「多少家探しをすることになるが、構わないか」
Mr.ミステリーがレオにそう問うと、レオは自らの記憶の至らなさを悔いるように歯噛みをしながら「お願いします」と言った。
大男が苦渋めいた顔付きながらそうやって頷くのを見届けてから、Mr.ミステリーはまず、床に散乱した督促状の日付を確認し、完全に乾いた使用済みの皿の上に冷食のトレイが重なって乗っている有様のテーブルの上に放った。
程なくして、Mr.ミステリーは物々しい祭壇の裏に滑り落ちていたカレンダーを見つけた。そこには貼り付けられた何枚かの書類、メモ、そして「リサ・ベイカーの診察券」が挟まれている。
「……娘さんは、何かの病気を?」
診察券を拾い上げた彼が聞いてみると、男やもめに蛆が湧くという言葉通りに生気の失せた顔をしていたレオの表情は更に曇る。
「あぁ……6歳の頃から、本当に急だった。それまでは、木登りをするぐらい元気な子で……なのに、急に、頭が痛いと言うようになった。薬を飲ませてもよくならないし、しまいには倒れてしまって……病院にも匙を投げられた」
レオは言葉を続けながら、当時の腹立たしさを追体験するかのように、何も持っていない自分の手のひらを強く握り込んだ。
「挙げ句、「心因的な問題があるんじゃないか」と言い出したんだ、あいつらは。俺の娘に、そんなっ、わけがないだろう!? 可哀想なリサ、キチガイ呼ばわりをされるだなんて……!」
そして腹立たしさの行き場なく振り上げた拳を壁に叩きつけようとするレオに、Mr.ミステリーは眉一つ動かさず、「ベイカーさん、落ち着いて」と遮った。
幸いにもその声はレオに届いた様子で、怒りに目を濁らせつつあった彼は、それでふっと我に返ったように振り下ろしかけた手を止めると、恥じ入る小声で「すまない、つい……」と言いつつ、降ろした拳を腹の前で隠すように、反対側の手で包んで握った。
しかし続けて「ああ、でも、ひとつ思い出しました、」と、また思い出したことをぼつぼつと口にし始めると、どうにも落ち着かないのか、己の拳を握っていた手を開き、それがわなわなと震え出す。
「あれから、しつこく連絡してきた医者がいたんです、女の……ジョーンズと言ったか。リサには適切な治療が必要だと!? あの、あの医師がリサを勝手に連れ出したんじゃないでしょうか、先生 ああ、もしそうだったら、一体どうしたら、今からでも警察に行くべきでしょうか!?」
「……ベイカーさん、落ち着いて。まずひとつ、はっきりさせたいことがある」
憤慨混じりに慌てふためき唾を飛ばす勢いで騒ぎ立てながら、今にもアパートから飛び出していきかねないレオの意識をこちらに向けるため、Mr.ミステリーは、先程よりも少しばかり大きな声を出す必要があった。
そして、焦りの滲み苛立つような目を細めて睨むように見返してくるレオの巨躯と、垢染みて薄汚れたシャツ、彼の手から腕に残る古い火傷の跡をMr.ミステリーはいたって冷静に見遣りながら、「あんたの娘さんは、一体いつから姿が見えないんだ?」と問い掛けてみる。
それに、レオは今に叫びだしそうな勢いでわっと口を開けたものの、そこに怒声は続かなかった。彼は自分でも信じられないような様子で愕然と、自分の手を見下ろしている。
それからすっかり黙り込んだレオを見かねたMr.ミステリーが「……思い出せないのか?」と助け舟を出して、ようやくこっくりと小さく頷き、巨躯の肩を落とし、火傷の傷が残る指で己の涙を拭って鼻を啜り、喉が割れたように悲嘆に暮れた声で彼は、「リサ」と、娘の名前を呟いた。
「いったい、どこに行ってしまったんだ……」