3Z万山「なぁ、問題見ても選択肢見ても全然答え分かんない時ってどうしてる?」
すっかり桜の花びらが落ちた春。もう夏の気配に包まれた俺達の目の前にあるのは、明日提出しなければならない問題集だ。教科書を見れば簡単に解ける問題だが、こんな時どうする?と思い立った俺は万斉に尋ねてみた。
「そんな時は、えんぴつを、こう…」
向かい合わせに座る万斉は、手のひらを上に向けて開くと、そっと指先を開いてみせた。
そんな古典的なことするのか、こいつは…と見ていれば、万斉は少し悲しげな顔をしてみせる。何だその顔は、と若干不快に思いながらも黙り続けていると、万斉はハッとした顔に変わった。
徐にペンケースから鉛筆を取り出した万斉は、手のひらの上に乗せ、コロコロと転がらせるとテーブルの上にコロリと落とした。そして俺を見て優しく微笑んでいる。
「何も難しくはないでござるよ」
「いや、やり方分からなくて黙ってたんじゃないから!」
「なっ…!」
「何驚いた顔してんの?俺のことバカにしてんの?」
先程の悲しげな顔は哀れみの顔だったらしい。鉛筆を…と言われ、あのジェスチャーを見せられて分からない訳が無いだろうに。
ため息をついて頬杖をついた俺の前には、まだ解けていない問題がずらりと並んでいる。
「こう言っちゃあ何だけど、お前もそういう普通なことするのな」
「拙者のこと何だと思っておるの」
「え、ボールペンとかでテスト受けてそうだなって。間違えるとか思ってなさそう。あと分からないところもとりあえず何か埋めときゃ良いだろって思ってそう」
「拙者とて、そこまで無鉄砲ではこざらんよ」
しゅんとした顔の万斉が、ペットボトルに口をつけた。光に透けた液が、ぐにゃりと歪んでテーブルに影を落としている。ゆらゆらと映る影に触れると、その影はスッと消えてしまった。
「退殿ならどうする?」
消えたと思っていたお茶は、万斉によってすっかり飲み干されていた。軽い音を立てて潰されたボトルがゴミ箱に放り込まれ、万斉は俺を見る。
「……知らね。適当に答えるかな」
ひと呼吸おいて、俺は答えた。
怖いほど真っ直ぐに寄越される万斉の視線を避けるように、俺は頬杖をついたまま目を逸らして問題集を閉じた。
「おや、もう終わったのか?」
「明後日の寝る前に教科書見て移すからいいかなって」
「そうか。では拙者もそうしよう」
「いや、お前そう言って絶対出さないじゃん。授業サボってんだからそれぐらいやれよ」
「あー痛い痛い。耳が痛いでござるー」
わざとらしく耳を塞ぐ万斉にチョップして、そのままわしゃわしゃとボリュームのある髪をなでてやれば、ワックスで立てられた髪はあちこちへ跳ね放題だ。
「あぁぁ…拙者の髪が…」
「もう風呂入るだけだからいいだろ。明日は休みだし」
「ふむ…それもそうか」
ふっと笑った万斉の表情は、教室で見るよりも柔らかい。これは俺の特権だろうか。そうなら嬉しいが、それを確かめる術はないので心の中で勝手にそう思い込む事にしている。
「泊まる?」
「勿論」
「ご飯は?」
「え、作ってくれぬの」
狼狽える万斉をよそに立ち上がれば、慌てたように万斉も立ち上がった。子供みたいでちょっと可愛い、なんて。俺よりガタイが良くて、圧倒的に男前な万斉に笑ってしまった。
「うそうそ、材料見に行くからそれで考えよ」