3Z万←山 くそ、くそ、お前のことなんか一個も好きじゃねぇ。
どろどろと汚い気持ちが溢れて、目の前で飄々とした態度を取り続ける男を睨みつける。
何が前世だ。何が人斬りだ。
そのサングラスを叩き割ってやりたい。ヘッドホンのコードを引きちぎって、地面に叩きつけて粉砕してやりたい。
俺はくぐもった声を上げて背中を丸めると、ぼたぼたと落ちていく涙のあとをぼんやりと見続ける。
昼休みの事だった。あまりの暑さに俺はタオルを頭から被って、隣りでうちわを仰ぐ河上越しの微風で涼みながら、談笑していた。高杉のこと、万事部のこと、風紀委員のことをどう思っているかを聞いていたところだった。
「なぁ、俺のことは?どう思う?」
他の奴らより話す機会も増えて、休みに会うこともあって、親しい関係になれたのかと思って、問いかけてみた。少しの下心だってあった。恋心ってこんな感じなのかな、なんて淡い期待もあった。
口元が緩んだとき、もしかして、何て心が浮きだってしまった俺に、万斉は「再び出会えて良かったと思う」と言った。
再びとはどういう意味かと問う俺に、少し残念そうな顔をした河上は俺から視線を外すと、校庭でサッカーに励むクラスメイトを眺めながら「拙者は前世を知っておる」と、意味不明なことを口にした。半ば真っ白になりそうな頭で、河上の言葉をなんとか理解しようと耳を澄ます。知っているようで、知らない言葉が飛び出し、俺は眉を顰めて黙った。
「まぁ、つまり拙者は犯罪者で、ぬしは警察官をしておったよ。前世のぬしは、近藤らに忠義を誓い、拙者の知る限りではそれを貫いておった。
現世のぬしも、そう変わらぬようで…当てはまる言葉が思いつかぬが、安心したでござる」
「……」
「ぬしのことは、そうだな……」
良き友として、これからも話し相手になってくれたら嬉しい。
真っ直ぐにして俺を見た河上の言葉に、きっと嘘はなかった。
思えば、時々河上の言動には違和感があった。それがこいつの言う前世というものに拠るとしたら、俺はなんて恥ずかしい人間だろう。
「…そっか。うん」
「信じてもらえるとは思っておらぬよ。ただ、まぁ、嫌でなければ」
「いや、信じるよ。そうだよな。お前、何かちょっと変なとこあったしな」
「む。変とは失礼では」
「いや、ござる口調からしておかしいだろ。未だに江戸時代かよ」
下を向いたまま肩を震わせれば、ちょうど予鈴が鳴り響いた。サッカーを止めたクラスメイト達が、ぞろぞろと教室へ戻っていく。隣りの河上も立ち上がったが、授業には出ずに万事部へと向かうらしい。
「俺は顔洗ってから戻るわ。汗がいたし、焼けて熱い…」
「そうか。では先に失礼するでござる」
ポンと手を置かれた肩が、やけに熱い。タオルで頭を隠したまま、俺はひらひらと河上の方に手を振った。足音が消えてもう一度チャイムがなる頃には、辺りはすっかり静かになっていた。
「………っ」
思い上がっていた。特別なんだと思っていた。だから自分には優しくしてくれるのだと思っていた。
酷くズキズキと痛む胸の辺りをギュッと掴めば、河上の言う傷跡が疼いた気がした。
河上にしてみれば、俺という人間に興味があった訳ではなく、ただ前世とかいうやつで見つけた俺との共通点を探していただけの話だった。
「なんだそれ、意味わかんねぇよ。むかつく」
俺のことを見ていなかったことも、勘違いしていたことも、無駄な期待をしたことも。
それでも好きでいることにも。
「…むかつく…」
いくつも地面に落ちた雫は、誰にも知られずに太陽光によって消え去っていく。小さな嗚咽も、誰に聞かれることなく落ち着いて、俺は立ち上がって保健室へと歩き出した。
その日俺は、河上万斉の夢を見た。
勿論前世などではない。俺が好きで居続ける、今の河上万斉だった。