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    ⚠︎夢
    ⚠︎解釈違い
    ⚠︎主→女/名無し/「私」/カフェバイト

    #crsmプラス
    crsmPlus

    店員の名札ついてないタイプのカフェ「今日はお仕事おやすみですか?」
    「いえ、ワールドセクシーアンバサダーに休みはありませんよ。今日は新たなセクシーを見つけるために、最近話題のお店を回ろうかと」
    「そうなんですね」

     全然わかんないけど、そうなんですね。
     ニコニコ楽しそうに笑って、いつも通りコーヒーを注文していくお客様とはついに世間話をする仲になってしまった。
     自称ワールドセクシーアンバサダー(長いのでWSAと略す)の天堂天彦さん。私が働くカフェの常連さんだ。こじんまりとした小さなカフェの、屋外座席になりかけた席が彼の特等席。短い軒下で、木製の椅子に腰掛けてコーヒーを楽しむ姿は、この店の売りのひとつになっている。彼はこの店の看板娘ならぬ看板セクシーだ。
     看板セクシーはとにかく脚が長い。カウンターの椅子はかなり脚が長く、私などの一般人は浅く腰掛けても足がつかないのだが、彼は深く腰掛けても足がつく。流石に脚を組むと片足しかつかないみたいだが、片足でもつけば十分だ。
     日替わりのコーヒーを毎回香りから楽しんで、この世の褒め言葉全てを集めたように豊富な語彙で讃美するものだから、マスターはすっかり彼の虜。看板セクシーはマスター公認である。

    「雨降ってますし、奥のお席ご利用になられては?」

     マスターがこだわりのコーヒーを淹れている間、雨が降っている今日はお客さんも少ないのでWSAとお話に勤しむ。

    「いいえ、雨に濡れる方々もセクシーですから」

     やっぱりよくわからない。確かに水も滴るいい男とはよく言うけれど、物理的に滴ってていいのだろうか。あと、

    「天堂さんが水滴りますよ」

     短い軒にバタバタと音を立てて降る雨が、軒下に落ちて天堂さんのズボンの裾を濡らしている。彼は本当に気づいてなかったのか、慌ててズボンの裾を確認した。

    「吹き込んできますし、少し中に入られたら?」

     割と濡れてしまっている裾を気にしながら、天堂さんは私を見上げる。

    「いえ、道行く人たちを見てセクシーを探すのがWSAの仕事のひとつなので」

     そんなことを言いながら、軒から落ちる雨粒に綺麗な革靴が濡れている。それに、天堂さんより少し外側にあるが、テーブルの端がすでに濡れ始めている。

    「こちらの席からも、外は見えますよ」

     天堂さんはその長いまつ毛をゆっくり上下させた。私が積極的に彼に話しかけることなんて今までなかったから驚くのは当たり前と言われれば、そうかもしれない。

    「……そうですね、せっかくおすすめしていただいたんですから、移動しましょうか」

     私にとってほんの2、3歩の距離、彼にとっては1、2歩の距離。ソファ席に深く腰掛けた彼の前に、マスターが淹れ終えたコーヒーとケーキを差し出す。

    「すみません、気遣ってもらって」

     申し訳なさそうに眉を下げて笑う天堂さんに、こっちが申し訳なくなる。

    「いや、私が天堂さんに風邪ひいてほしくなかったの、で……今の忘れてください」

     手に持ってたトレーで顔の下半分を隠すが、天堂さんがこちらを見ているのが見える。

    「それって、僕のことが心配で……?」
    「いえ。常連さんが風邪ひいたらかわいそうだなと思っただけです」
    「天堂さんに、って言いましたよね」
    「気のせいです」

     両肘をテーブルについてニコニコ笑う天堂さんの顔が見れない。
     いけない、このままではバレてしまう。焦る私は慌てて天堂さんから離れて自分の定位置に戻ったが、私の定位置はカウンターの一番外側、つまり天堂さんの席から一番話しかけやすい位置である。いつも軒下の席に座る天堂さんを観察してもおかしくない位置だと思って選んでいたのが失敗だった。

    「僕の話相手をしていただけませんか」
    「仕事中ですので」
    「他のお客様がいらっしゃるまででいいので」

     年老いたマスターは、店の一番奥にある古い椅子が指定席で、そこでうつらうつらと船を漕いでいる。他の客もいない店内では心地よい雨音とささやかな音楽だけが流れていて、何も喋らないのも気まずいかと思い、天堂さんに目配せをして話を促した。あぁ、そんなキラキラした眼でこちらを見ないでほしい。

    「セクシーとは何だと思いますか」
    「ノーコメントで」
    「僕はセクシーで世界を平和にできると思うんですよ」

     会話とはこのようなものだっただろうか。天堂さんは私が話を聞いているかどうかを一応会話の中で確認しながら話を進めるが、基本的に一方的な談話になっている。大体セクシーに関する話だった。

    「セクシーは品のないものだと考えられがちですが、そうではなく。一人一人の魅力をより引き出すものであって、決して忌避されるものではないんです。わかってくれますか?」
    「なるほど……?」

     私にセクシーとは何かをつらつらと叩き込んだ天堂さんは、再び質問を再び投げかけた。

    「あなたにとってセクシーを感じるもの、人、仕草は?」
    「……天堂さん、ですか、ね忘れてください」

     手元になかったトレーをわざわざ持ってきて顔を隠す。天堂さんはあのニコニコ、キラキラ笑顔でソファから立ち上がって、カウンターに腰掛けた。

    「僕をセクシーだと思ってくださるんですか?」
    「ノーコメントで」
    「セクシーなんですよね?僕」
    「ノーコメン」
    「セクシーですよね」
    「ノーコ」
    「セクシー」
    「のー」
    「セクシー」
    「…………」
    「セクシー、ですよね?」

     食い気味に確信を持って聞いてきているのだから、ずるい人だ。

    「……そう、ですね。セク、色気を感じます」

     天堂さんの表情が一気に明るくなる。曇り空に慣れていた眼には少し眩しすぎる。

    「どこが!具体的にどこがセクシーですか!」
    「あぁ、いや、その」

     自信満々に聞いてくるその姿に眩暈がしそう。

    「……脚、ですかね」
    「あし?」
    「ほら、天堂さん脚長いから。組んでるときの姿勢とか、様になっててかっこいいなと」
    「なるほど……。もっとセクシーに見える姿勢を研究してきますね!」

     何の研究だと思って聞く前に、外の雨が止んでいることに天堂さんが気づいた。

    「長く居座ってしまいましたね」

     店の奥で夢の中にいるマスターに挨拶を投げかけて、天堂さんは店を出て行った。また、と小さな約束を取り付けて。


     天堂さんのどこにセクシーを感じるか。
     そんなの愚問中の愚問だ。脚が長い、とだけ答えたのは、私の気持ちに気づかれないための当たり障りのない答えを出しただけにすぎない。
     新聞を読む伏せ目、頬に落ちるまつ毛の影、キリッとした太眉に甘くて優しい雰囲気の垂れ目、男らしい骨ばった輪郭に、柔らかなウェーブを描く壺菫色に似た紫色の髪、優しそうな雰囲気の中にチラつく性的な魅力。案外筋肉質なところとか。とても丁寧な物言いをする、いつもおしゃれ、姿勢がいい、コーヒーを飲む時にアイスでも冷ましてしまうことがある。天堂さんのセクシーなところなんて、あげ始めたらキリがない。
     しかし、これだけ天堂さんの特徴をあげられるとなれば、私がどれだけ天堂さんを観察していたかがバレてしまう。それだけは避けたい。
     天堂さんは私のバイト先のオシャレな常連さん。私は個人経営カフェのバイトC。それくらいでいい。いつか天堂さんとメッセージを送りあえたら、なんて、図々しいもんね。



    「店員さん、そろそろお名前教えていただけませんか。僕、あなたのことをもっと知りたいんです」

     あの大きな両手で手を包まれて、名前を教えるまで離してもらえない日が来るなんて、考えたこともなかった。

    「……案外、指太いんですね」
    「それもセクシーですか?」

     素直になれないカフェ店員と、真っ直ぐ優しいWSAの関係はうまくいくものだろうか。
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