地毛か染めてるか「佐野くん、今日もかっこいい……」
「まぁた言ってるよ。目ぇ覚ませー、あれは関わったらいっちばん危ない、東京でも一二を争う天下の大不良なんだからね」
そんなことは百も承知である。私を心配してくれている親友のマミコには悪いが、私は佐野くん、今一番有名な不良集団のひとつ、東京卍會の総長を務める無敵のマイキーこと佐野万次郎くんのファンを辞めるつもりはない。
「アンタなんでそんなに佐野くんのこと好きなわけ?」
「好きっていうか……好きなんだけど、恋愛的な好きじゃなくてファン的な好きだからね?誤解しないでよ?」
「はいはい」
マミコには何度も言っているのに、全然信じてくれない。
そもそも、私が好きになったところでなんだと言うのだ。私なんて、佐野くんにとっては、道端の小石にも満たないちっぽけな存在だ。恋愛的に好きになったところで、報われないのはわかっている。となれば、アイドルを好きだという気持ちと同じ「好き」を抱くのも当然だと思う。
それに、きっかけがきっかけなだけに、「好きです、付き合ってください」じゃなくて「好きです、今日も健康でいてください」の気持ちが強いのだ。
私が佐野くんを好きに(恋愛的な意味ではなく)なったのは、去年、中1の秋のことだった。
カラッと晴れた青空の下、私は不良に絡まれていた。私よりずっと年上らしい男の人たちは、私をカラオケに誘っていたのだが、知らない人について行ってはいけないという母の言いつけを守ろうと必死になって撒こうと頑張った。しかし、あまり人気のない路地に入ってしまっていた上に、全然撒けなかった。
これはもうダメだ。そう思いながらも、どうにか逃げ帰れないかと必死に抵抗していたが、わずかながら通りかかる人たちの誰も、助けてくれる様子はない。
カバンを人質、いや物質に取られた私は、わけもわからず涙を浮かべながら、返してと訴える。しかし、男たちはゲラゲラと笑うだけで返してくれないし、私の肩に腕を回してきた。
誰か助けて。そう思った瞬間、私の肩に置かれていた手が消えた。というか、肩に腕を回していた人が気づいたら地べたに寝ていた。
「え?」
「オンナノコ1人相手に3人でって、ダッセエ」
風のように現れた金色の少年を見て、男たちは怯えた様子で呟いた。
「ま、マイキー!?無敵のマイキー!?」
「なんでこんなとこにいんだよ!!」
「なんでって……」
唇をツンと尖らせた少年は少し考えてから、ニッと笑った。
「悪物退治?」
逃げようとする間もなく、男たちは地面に伏された。その呆気なさに私は口をぽかんと開けっぱなしにしてしまう。だって、あんなに抵抗しても敵わなかった相手が、こんなにもあっという間に沈んでしまったのだ、驚くだろう。
男たちが手放した私のカバンを拾った佐野くんは、パッパとカバンについた砂埃を払って、ぼーっと突っ立ってる私の前に差し出した。
「はいこれ、アンタのでしょ」
「……あ!ありがとう!」
「タメ口?」
「!!……ありがとう、ございます」
私は一方的に同級生の佐野くんを知ってたけど、佐野くんにとってモブでしかない私を、佐野くんが知ってるはずがない。知らないやつにいきなりタメ口叩かれて、不快になるに決まってる。
「あの、えっと、同級生で、あの、学校一緒で、えっと」
何かいい言い訳はないかと頭をフル回転させても全然動かない。頭のてっぺんから湯気を出しながら放心した私を見て、佐野くんは笑った。
「何、俺ら同級生なの?じゃあタメ口でいいよ」
ケラケラと笑う佐野くんからは、さっきのピリついた雰囲気は感じられなかった。
「じゃあね、気をつけて帰ってよ。ここら辺ヤンキー多いから」
カバンを私に押し付けるように渡して、佐野くんは私と反対方向に歩き出した。
私を助けてくれた王子様、好きにならないわけがない。あくまでファンとしての好きだけど。
それから、佐野くんをよく見るようになった。甘いものが好きとか、いつも寝てるとか。中2になれば、ひとつ下の学年に妹が入って、いつも不良のトップとして君臨する佐野くんが、妹さんと親友さんと一緒にいると柔らかく笑うとか。色々知ることができた。
あの出会いの後、私から佐野くんに声をかけることはない。佐野くんから声をかけられることも。
ただ、ひとつ願いが叶うなら、
「佐野くんの金髪が地毛かどうかだけ教えてほしい」
「何それ」
私の唐突な発言に慣れている親友は興味もないのに私の話を聞いてくれる。
「ほら、佐野くんって金髪じゃん?あれって地毛なのかなって」
妹さんのエマちゃんは、以前、校門での身体検査で「地毛で〜す」と言って先生を無視してた。佐野くんと親友の龍宮寺くんは身体検査の時間に来なかったからわからない。
「妹さんが地毛なら佐野くんも地毛だよね」
「アンタは人を疑うことを覚えなさい。不良やギャルが言う「地毛」「すっぴん」は嘘に決まってるでしょ」
「そんなことないもん。エマちゃんは佐野くんと一緒で、素直でいい子だよ」
無敵のマイキーに対して素直でいい子なんて言うのはアンタくらいだよ、とマミコはため息を吐いて席を立った。マミコは毎日塾で忙しいのだ。
「じゃあね」
「ばいばーい」
誰もいなくなった教室で夕日を見ながら1人で考える。
佐野くんやっぱ染めてるのかな、あの金髪。それにしてはサラサラ、ふわふわすぎない?でもエマちゃんもサラサラだしな。まつ毛の色見ればわかる!そんな見つめられるなら話しかけられるよ。
「そんな気になる?」
「え!?」
突っ伏した机の前にいたのは、しゃがんでこちらを覗き込む佐野くん。私の考え事が独り言になって口に出てたらしいです。
慌てて立ちあがろうとする私の手首を掴んで、佐野くんはその手を自らの頭の上に導いた。
「ぐしゃぐしゃってして、根本見たらわかんじゃね?」
「そ、そんな、ぐしゃぐしゃなんて」
手を頭から話して首を横に振るが、佐野くんは今度は自ら頭を差し出してくる。
「いーよ。エマに直してもらうし」
キラキラ、夕日の光を吸い込み反射する柔らかそうな金髪。一度触れてみたかった。
私の手はそっと佐野くんの頭に伸びていた。
想像した通りの柔らかさ。痛み知らずの金髪に感動してしまう。私は夢中になって佐野くんの頭を撫でた。
ある程度満足して、手を離す。
「佐野くん、触らせてくれてありがとう」
「いいよ。じゃあ次、今度は俺の番ね」
「へ?」
私が言われた意味を理解する前に、佐野くんの大きな手が私の頭に触れていた。
私はファンとして好きだったのに!