お前ってやつは、本当にさ 俺のクラスには不良がいる。名前は三ツ谷隆、短髪でさわやかな笑顔が女子や教師から人気、手芸部の部長、妹がいるらしい。いやまあいい人なのかもしれない。
しかしだ。眉見てみろよ、お前。剃り込み独特すぎんだろ。なんで真ん中空いてんだよ意味わかんねえよ。しかもそれが似合っちまうんだから、もっと意味わかんねえ。
上履き見たことあるか?ぺっっっったんこだぞ、ちゃんと履けよ。学校にピアスつけてくんなよ、十字架書かれてるけどクリスチャン?授業中結構寝てるし、ケータイ弄ってるし、休み時間になるとなんかthe不良って感じのが二人絡みにくるし、不良じゃん。不良は例外なしに怖いんですよ。
しかも三ツ谷隆は、かの有名な東京卍會らしいじゃないですか。そんでもって隊長とかいうじゃないですか。いや、それがどれくらいの立ち位置にあるのかは知らないけど、なんか役職名ついてる時点でアウトだろ。
暴走族?中学生ですけど?無免許運転ダメ絶対。
ということで、俺はクラスが一緒になってから4ヶ月、三ツ谷隆と言葉を交わしたことが一度もない。だって怖いもん。
しかし、俺は今日初めて三ツ谷隆と会話しなければならない、かもしれない。昨日席替えして、席が遠かったから安心していた。俺の席、元三ツ谷隆の席だ。
なぜ気づいたか。朝教科書を机にぶち込んだら、中からグシャッと何かが潰れた音がして、取り出してみたらなんだか可愛らしい封筒。宛名には「三谷くんへ♡」と書かれていて、あ、三ツ谷隆宛だなとすぐにわかった。ラブレターを渡されたり告白されたりしている場面に何度か遭遇しているのでわかるのだ。
だがまあしかし、ラブレターを出すなら相手の漢字ちゃんと覚えておけよな。ツ、抜けてんぞ。
本当なら、三ツ谷隆の机に入れ直せばいいだけなのだろうが、手紙をぐしゃぐしゃにしてしまったことに関して謝罪しなければならない。せっかくの自分宛のラブレターをぐしゃぐしゃにされたら嫌じゃん。
俺は不良に話しかけにいく方が嫌だけどな!!
まだ教室には誰もいない。これはいつものこと。三ツ谷隆は最後ギリギリに来る。噂によると、妹の送迎をしているかららしい。
いや、なんで俺こんな三ツ谷隆の情報知ってんの、怖。
とりあえず、朝は渡せないだろうな。ラブレターのシワをできる限り直しながら朝の時間を過ごした。思った通り一番最後、チャイムと同時に登校してきた三ツ谷隆。俺は休み時間のたびに話しかけようと思うのだが、毎回廊下から現れる不良に囲まれていて話しかけられない。これならやっぱり机にぶち込んでおけばよかった。後悔先に立たず、俺は昼休みもタイミングを逃した。
帰宅部である俺は、放課後時間がある。が、しかし三ツ谷隆はすぐに部活行ってしまう。女子、ちょっと苦手。
部活に行く前に渡そうと思ったのだが、既に三ツ谷隆の姿はなかった。仕方ない、俺は気乗りしないが手芸部の活動場所に足を運んだ。深呼吸、吸って〜……吐いて〜……。コンコンッ。
「はーい、なんですか」
「あの、三ツ谷、くんに用事があって」
「あなたも不良?」
ジトリと睨んでくる彼女に少したじろぐが、俺をそんな野蛮な奴らと一緒にしないでいただきたい。
「ち、がいます!手紙!手紙届けにきたんです!」
「あれ、橋本くんだ。なに、俺に用事?」
「あ、あの、これ、三ツ谷くんに!」
腰を90度に曲げて渡した可愛らしい封筒。あれ、まるで俺が告白してるみたいになってねえか、これ。
「え、橋本くん、」
「ちっっっがう!俺からじゃねえ!です……」
焦ってタメ口きいてしまった。慌てて首を横に振ると、三ツ谷隆はプッと吹き出した。
「ハハッ、わかるよ流石に。俺、橋本くんに嫌われてるし」
「いや、嫌っては……」
いないけれど、正直苦手です。
「もしかして橋本くんの机に入ってた?」
「う、うん」
「悪ぃな、あんまこういうのしないでくれっつってんだけど」
モテる男だ……俺もそんなセリフ言ってみてえ。
「あ、漢字。赤ペン先生じゃん」
「……その、気になって」
そう、昼休みに気になりすぎて漢字の間違いを直してしまったのだ。手紙を書いた人には失礼かもしれないけど。
「あははっ!マジかよ!橋本くん最高じゃん!」
「え!?なにが!?」
人のラブレターの間違い訂正してわざわざ渡しに来るところ、と三ツ谷隆は笑った。なにかが三ツ谷隆のツボに入ったらしく、ずっとゲラゲラ笑っている。いつもクールで、冷めた顔してる不良が、こんなゲラだったなんて……。
「女子が知ったら引くだろうな」
「は?」
やば、口から出てた!?
「橋本くんマジでヤバい!めっちゃ好きだわ〜アハハッ」
俺の両肩に手を置いて、またゲラゲラと笑い続ける。もう声が出なくなってプルプル震え出したよコイツ。三ツ谷隆に好きって言われちゃった、女子に知られたら殺される。こういう軽々しいところも、俺は苦手かもしれない。まあ、それが人気の理由なんだろうけど。
「ありがとな、橋本くん。今度お礼させてよ」
「い、いや、いいよ。別に」
「時間取らせちゃったし、なんでも言って、できる限りやるよ」
なんでもとか、顔のいい男は言っちゃいけない。すぐ揚げ足取られると思うんだよ。
「……じゃ、じゃあ、いつか、ピアス開ける時、なんかおススメ教えてください」
三ツ谷隆は一瞬キョトンとして、また吹き出した。三ツ谷隆マジでツボ浅いな。
「そんなことかよ!」
「だ、ダメだった?」
「いーや、全然。むしろそれでいいん?って感じ。まあ、言ったからな!開ける時絶対俺呼べよ!」
そう言って三ツ谷隆は、俺にケー番とメルアドを紙に書いて寄越した。あまり機械が得意では無いから、電話くれると嬉しいと言って。この天然人たらしめ。
それ以降、俺と三ツ谷隆が会話することすらないまま、卒業を迎えた。
「あれ、橋本先輩それMitsuyaのピアスじゃないですか!なんで!?」
「え、あ〜なんとなく?」
俺は社会人になって、ピアスが自由な会社に就職した。三ツ谷隆は俺が知らない間にブランドを立ち上げて、今じゃ世界でも指折りのデザイナーになっている。すげえなと思いながら、商品紹介をしているSNSを見ていたら一個のピアスをみつけた。その名前が「Hashi」で、説明には「ラブレターの赤ペン先生に」と書かれていた。
三ツ谷隆、お前ってやつは。あれ以降話してすらいない他人との約束を、こんな形で果たすかよ。急いでピアッサー買って穴開けて、ピアスも頼んだ。ピアスがまだ予約期間だったせいで、一度穴が塞がってしまったのはミスったなと思った。
ようやく届いた時はビビり散らかして、開けるのにかなりの時間を要した。
開ける前の箱の状態で既にカッコよくて、デザイナーってすげえと思ったことをよく覚えている。箱が黒地で金の文字が刻まれていたのは、多分東京卍會の制服イメージなんだろうな。恐る恐る箱を開けて、速攻で写真を撮った。連写だ。
整頓されてはいるものの、特にオシャレというわけではない俺の部屋で、唯一そのピアスと箱だけが異彩を放っていた。そのピアスは黒くて四角いフープピアス。5つの金色の小さな宝石が連なって埋め込まれている。どういう意味か俺にはよくわからなかったけど、カッコいいことだけはわかった。
それから、俺は三ツ谷隆に届くわけがないとわかりつつも、SNSに写真ごと載せた。
『約束果たせたぞ、三ツ谷隆』
「ねぇタカちゃん、これ説明意味わかんないんだけど」
「んぁ?あーそのピアスか。約束があんだよ」
いつも俺のことをじとりと睨みつけていた赤ペン先生との約束が。