赤髪海賊団の音楽家 今晩レッドフォース号の不寝番を担当するのは、副船長のベン・ベックマンと何人かの船員。ベックは今日は甲板の担当だ。他は晩飯を食べ終わって、自由に過ごして勝手に自分の部屋で寝て始まる。
僅かに残っている夜更かし共が集まる食堂にベックは足を運んだ。
「まだ起きてんのか。誰か俺と当番代わってくれんのかよ」
そう言うと全員揃って首を横に振る。自由にする夜更かしが好きなだけで、義務の夜更かしである不寝番は嫌なのだ。それを分かった上で揶揄ったベックはくつくつと笑いながら、小さな宝箱を開ける。あ、と小さく溢したのは誰だっただろうか。
ベックはその中の電伝虫を手に取って、シーっと人差し指を口元に立てた。
今日の波は穏やかで、雲ひとつない星空は宝箱と見間違うほど輝いている。そんな中、ベックはハンドレールに置いた電伝虫を起こした。
ジーッ、ジジッ、ジーィ……
『やっほー、ウタだよ!』
そのご機嫌な少女の声は、赤髪海賊団には到底似つかわしくないものだった。
『今日は何歌おっか?好きな歌を聴いて楽しくなろうね!』
ジジッ、ジーッ……
流れてきた音楽は底抜けに明るく、楽しく、未来を夢見るものだ。その歌声はまさに世界一と称されるに相応しい、美しく強いものだった。
また、その歌声はベッドで眠る海賊たちに微かに届いていた。そして彼らは、夢を見ていた。
「「「かんぱーい!!」」」
「おい、これ何回目だよ!」
「何回でもいいだろ!今日は宴なんだからよ!!」
「そうだな!」
机から溢れるほどに盛られた料理の数々、それを上回る食欲。そして開けられていく酒樽の数も尋常じゃなかった。すると、船長であるシャンクスが声を上げた。
「おい、宴だっていうのになーんか足んねえなぁ」
「なんだお頭、何が足りねえってんだ」
ラッキー・ルウがニヤニヤしながら合いの手を入れると、シャンクスは芝居がかった演技で顎髭を弄りながら語る。
「ん〜、何が足んねえのかなぁ……なぁ、ウタ?」
酔っ払っている男たちの視線が全て、美味しそうに骨つき肉を頬張る赤と白のツートンカラーの少女に注がれる。
「むぐっ?」
自分が呼ばれていると気づいた彼女は頑張って肉を咀嚼して、立ち上がる。
「しょうがないなぁシャンクスは。宴と言ったらやっぱ音楽でしょ!この赤髪海賊団の音楽家、ウタにおまかせだよ!」
「口に肉ついてんぞ」
「嘘、やば」
ぐしぐしと口元を拭って、ウタはもう一度満面の笑みを見せる。それにシャンクスも笑みを返して、
「お前ら!俺達の歌姫のステージだとよ!」
と手を叩く。
ウタが両腕を広げれば、そばにいたヤソップとホンゴウがその両手を持ってウタを浮かせる。
「ウタぁ、お前重くなったか?」
「もう!レディに失礼だよ!」
用意されたステージは空いた酒樽の上。昔はこの樽の上に乗ってようやく自分達と同じ目線だったのに、いつの間にか樽の上に乗られたら見下ろされてしまう。酒樽のステージは赤髪海賊団の音楽家には十分だった。
ウタが一礼すると、てんでバラバラに騒がしかった野郎供が拍手と指笛だけにまとまる。ウタは踵を子気味よく鳴らしてカウント。
一曲終わればまた次の曲、次、さらに次と曲が続いていく。何曲も何曲も歌ったウタが、ふと外を気にした。
「どうした?ウタ」
一番そばで聴いていたシャンクスが声をかけると、ウタは少し寂しそうな顔で笑った。
「そろそろ太陽が昇るから、これで最後の曲にするね」
「なんだ。太陽が昇っても歌えばいいじゃないか。だってお前は、赤髪海賊団の音楽家だろ?」
「……ふふっ、そうだね」
幼い頃と同じように笑う、血の繋がらない娘は酒樽のステージに座る。その頭をクシャリと撫でれば、髪がぐちゃぐちゃになるとシャンクスを非難する。
「さぁ、ウタ。何を歌ってくれるんだ」
「そうだなぁ……」
しばらく考えて、ハッとした様子でウタはもう一度踵を鳴らす。はじまった曲は、幼い頃から何度も口ずさんでいるやさしい歌。
それに海賊たちは耳を傾ける。叶うならこの歌声をずっと聴いていたい。だって、彼女は自慢の娘なのだ。
ウタの歌に合わせて、1人ずつ眠りについていき、穏やかに宴がお開きになっていく。
最後まで起きていたシャンクスの瞼も上と下がくっつきそう。
樽の上から降りたウタが微笑って、シャンクスの前に立つ。
「ウタ、」
「シャンクス、まだ起きてるの?」
「もちろん。自慢の娘のステージだ、最後まで聴くに決まってるだろ」
シャンクスが両手を広げれば、一瞬躊躇ってウタがその胸に飛び込んでくる。
「デカくなったなぁ、ウタ」
「なぁに?オジサンみたいなこと言って」
「いや本当に」
ウタの頭を優しく撫でるシャンクスの手は、昔よりずっと傷が増えている。
「シャンクスにだけ、特別だよ」
ウタの小さな子守唄を聴きながら、シャンクスは眠りについた。
ジーッ、ジ、ジッ……電伝虫が音を止め、ハンドレールをリズム良く叩いていたベックの指も止まった。水平線の向こうから昇る太陽に、ベックは目を細める。
船員が起きてくる前に電伝虫を宝箱に戻して、宝箱の蓋に親愛のキスを落とした。
「ありがとう、ウタ」
起きてきた船員たちは「今夜はいい夢を見た」と口々に言うが、誰もその内容を覚えているものはいなかった。ただ、「最高にいい夢」を見たことだけを彼らは覚えている。そして、また同じいい夢が見られるようにと願うのだった。
「また私のステージに遊びに来てね」