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    おーり

    ゲン/千とゲ/黒千と黒千/千、千/黒千が散らかってます。
    地雷踏み防止に冒頭にカプ名(攻のあと/)入れてます。ご注意ください。
    シリーズと一万字超えた長い物はベッターにあります。https://privatter.net/u/XmGW0hCsfzjyBU3

    ※性癖ごった煮なので、パスついてます。
    ※時々、見直して加筆訂正することがあります。
    ※地味に量が多いらしいので検索避け中。

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    おーり

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    ◆ゲン/千付き合い始めころ
    ◇造船中あたりの話

    ##ゲン千

    唇で魔法をかけて 蓋をされたビーカーの中で赤い液体がきらめいている。
     作業があるからとラボに呼び出されたものの、呼び出した当の本人は居らず、静寂と薬品臭さがゲンを出迎えた。彼が出かけた先の手がかりを掴もうと足を踏み入れると、光の透過で赤く染まった影を落としていた液体の水面が小刻みに揺れた。美味しい液体を化学実験器具で作る、それだけでマッドな雰囲気が味わいに加味された気がしてくる。

    『夏バテ対策に何か飲みやすくて栄養が取れるものはないでしょうか?』

     造船作りの作業中、村人や作業員の身を案じたルリから問われて、千空が用意したのは赤紫蘇のシロップだった。
     仕上げに炭酸を注いで『千空汁』と命名されたその飲み物は、ネーミングセンス最悪だが、あっという間に人気になった。一応ノーマルと柑橘入りで経口補水液もあって福利厚生で振る舞われたが、人気なのは刺激的な炭酸入りの飲み物だった。
     美味しくて身体にいい。実験器具で作られた赤いジュースを初めて見たとき俺が「変な気持ちになりそう」とぼやいたのを拾った千空ちゃんはそれが衛生面からの食欲がらみとでも思ったのだろう。
     即座に「俺は実験器具の使用経緯を全把握して食用とは分けているし、次亜塩素酸ナトリウムと煮沸で消毒している」と返してきた。なるほど、実験器具に囲まれている科学の申し子は発想が違う。使えるものは使い回すのが合理的精神。それが調理器具を職人に作ってもらう閃きを邪魔しているらしい。

    「ねぇ、この赤い液体。見ていると魔法薬に見えない? これを書けたら司ちゃんも目覚めそう」

     どうしてそんな言葉が出てきてしまったんだろう。赤い色に惑わされたのだろうか。

    「ククク、百億パーセントねえ話だな。なんだ、リアリストだと思ってたが、テメーも夢見るタイプか?」
    「夢見るだけならタダでしょ。……そうだね、科学を愛する千空ちゃんよりはファンタジーを信じるかな。恋に効く薬とか作ってよ」
    「無理だな」

     振った冗談を即答で返される。科学に嘘をつかない少年は正直で困る。笑ってやり過ごせばそれ以上千空ちゃんは何も言わなかった。
     硬いふちが光るガラス容器の中、赤い液体からに生まれた泡が壁や底に張り付き、上に浮かんでは弾けていく。イチゴ、ルビー、ウサギの瞳……赤いものを並べ立てて似ているものを探す。

    ――ああ、ウサギの目が赤いのはアルビノだけだったな。

     考えを一度修正に戻そうとして、目の赤い人物を思い出す。千空ちゃんも色素薄くて不思議な髪色、アルビノかな。太陽の下で動き回る少年、紫外線に弱ければありえないことだから、とまた考えを修正する。
     赤は愛情、情熱、興奮、怒り、危険……本能を刺激する命の色。
     炭酸がはじけ飛び、押されるようにして出てくる香りはシソそのもので梅干しを考えて唾液が出てきた。味は嫌いではないがのどを潤すのならいつも飲んでいる黒~茶褐色の液体がいい。
     ああでもあれも丸底フラスコに入れてしまえばポーションに見えなくもないな。だとしたらどんな効果だろうか。
     知識チートの千空ちゃんに聞けばすらすら答えそうだけれど、それは面白くない。カフェインが入っていないから頭痛薬としての効果は期待できなさそう。お腹が膨れてダイエット効果、飲んだ時の爽快感で気分転換、石化復活後の時代のコーラはハチミツとライムが入っているから疲労回復も期待できそうだ。
     考えていたらのどが渇いてきてコーラが飲みたくなってきてしまった。頼めば科学少年の彼が作ってくれるだろうか。作業中だと追い払われるだろうか。

     ラボから出て空の青を見上げる。千空ちゃんの居場所をあれこれ考えあぐねていると、はるか遠く、俺には豆粒くらいに見えるコハクちゃんが「ゲーン! 千空が川で君を待ってるぞ」と叫ばれた。
     今日は室内で作業でなくて外で何かの調整や作成をしているらしい。
    礼を言う代わりに片手を大きく振って合図するとコハクちゃんも手を挙げて返事をした。

     川までの道のりは多くの人間に踏み慣らされて獣道からちょっとした小道へと格が上がっていた。俺が歩いて司帝国と石神村を行き来していた道より歩きやすい。
     新緑の間を薫風が駆けていく。足元から立ち上る湿った土の匂い。泥臭さの中に生い茂った草や木々の葉の青臭さが混じったものが鼻をくすぐる。高い場所で輝く太陽が大地を熱で焼いていく。ゆらゆらと揺らぐ陽炎に村人が夏のお化けだ、なんだと騒ぐと「そりゃ、空気のムラや水蒸気による光の屈折だ、馬鹿」と大雑把で親切が足りない説明をして千空が耳をほじっていたのを思い出した。

     初夏の匂いを体中で吸い込みながら、俺は千空ちゃんの待つ川へと足を運んだ。
    穏やかな渓流の流れる川の淵、大きな岩の上に千空ちゃんは座っていた。服の裾を引っ張り上げて水の中に両足をつけ、日陰で風にあたりながら涼を取り、ひざ元に置いた板の上で、紙の図面に炭で作った鉛筆もどきを走らせていた。それでも熱いのか頬は紅潮し、風に吹かれて額から汗が零れ落ちた。

    「千空ちゃん、お疲~」
    「ククク、来たなメンタリスト。ほれ、そこにコーラ冷やしてあんぞ」

     クククと意地の悪い笑みで千空ちゃんは笑っていた。俺が来るのを見越して冷やしていたと、川の中に石で囲んで作ったプールを指さす。日陰に作られた人口のプールにスイカと一緒に三分の二ほど瓶が浸かったコーラが一本入っていた。
    川からコーラを引き上げると俺は千空ちゃんの隣に座り、足を川の中へ投げ出した。

    「ん~、準備良すぎて怖いから聞きたくないんだけどさぁ、絶対何かあるよね? 企んでるよね」
    「ああ、仕事が用意されてんぞ」

     やはり親切からではなかったか。コハクちゃんに言づけてまで呼び出すのだから最初からあてにされていたのだろう。

    「あのさ~、いつも思うんだけど、俺じゃなくても良くない?」
    「ぁ? テメーが一番無茶振っても良く働くだろうが」
    「一番振ってるのは断トツで職人のカセキちゃんでしょ」
    「ククク、カセキは好きでやってんだからそこまで無茶とは言わねぇな」

     俺にはワガママが言える、つまりはそういう話だが言っている本人は甘えていることが分かっていない。惚れた弱みで作業はするけれど、扱き使われている感は否めない。

    「冷えたコーラ一本で扱き使いすぎでしょ、ジーマーで」
    「~、そういや、テメーが大怪我したあの時どうしてコーラが飲みたいなんて言いやがったんだ? そんなに飲みたかったのか?」

     瓶の中で揺らされた炭酸がブクブクとガスを吐き出している。この世界のコーラはハチミツを焦がしたカラメルで色の濃さが決まって、薄かったり濃かったりとその時々で微妙な変化がある。
     炭酸を吸い込んで俺はふと顔を緩める。

    「ん~、どうだろ。よく覚えてないけど、千空ちゃんならって作れるかなって思ったのと、戦地に赴く前に好物が食べたい戦士の気持ちだったんだよ」
    「ほーん」

     石化前から俺が好きだったコーラ。千空ちゃんに作れるかと聞いてみたときは期待でしかなかったけれど、彼になら出来るかもとどこかで思っていた。司ちゃんを裏切るための報酬は何でも良かったけれど、俺は命を張るのに好きな食べ物しか浮かばなかった。あの時は失敗したらどうなっただろう、なんて考えはなかった。俺ならどうとでも司ちゃんを言いくるめられると思っていたし、俺に命を預けた千空ちゃんを助けてやりたかった。だそれだけ。

    「俺は臆病者だからさぁ、司ちゃんにはこれ以上人を殺めて欲しくなかったんだよね」

     ぷはーっと勢いよく、二酸化炭素を宙に返す。キンキンに冷えた炭酸が身体にしみていく。血液の中に溶けていけば俺の身体も酸性に傾くだろうか、そんなありえないことを想像して笑った。言葉にしてみればきっと科学少年にけんもほろろに切ってしまわれることだろう。

    「ククク、臆病の使い方が違ぇだろ。テメーは人としての倫理観があって、司よりは俺に考えが似ていただけだ」
    「俺は薄っぺらい言葉ならべる蝙蝠男よ」

     倫理観がある、褒めているのだろうけれど、この世界でも人として守りたい一線のところだった。臆病だからと思っていた俺に千空ちゃんが光を与える。

    「ぁ? 人を幸せにする嘘しかつけねぇ呪いにかかった蝙蝠男な」
    「……今、なんて?」
    「おら、仕事は山ほどあんぞ。さぁ、飲んだ分きっちり働いてもらうからな」

     ニヤリと狡猾に笑む千空ちゃんの瞳の赤が光る。きっと彼の中にあるのは未来に向かって生きる強さの色。
    『人を幸せにする嘘しかつけない』そんな呪いにかかっていたなんて知らなかったけれど、千空ちゃんがそういうのならそれでいいと思う。

     青嵐が木の葉を揺らして俺と千空ちゃんを通り過ぎていった。
    湿った風に顔を上げれば大きく成長した積乱雲が見えた。顔にまとわりついた髪を耳にかきあげて、俺は今の風景を思い出す。小さいながらもみんな仲が良く、外から来た部外者の、裏切り者だった俺を迎え入れてくれた村。停戦後、リリアンを語って騙していた俺を仕方ないと笑い飛ばして守ってくれた仲間。
     石化前、口先で巧みに渡り歩いていた芸能人の俺には見えなかった未来がここにある。
     立ち位置は変わってしまったけれど、見えている世界は悪くない。昔よりもずっと近くで色んなものに触れて感じて。石化しなければ出会うことのなかった人たちと出会ってしまった彩りの世界。
     年月を重ねても変わらず訪れてきた四季。起きていても寝ていても過ぎていく時間の中であと何度俺は君と一緒に季節を過ごせるだろうか。

    「俺の嘘で千空ちゃんを幸せにしてあげるよ」

     言えば、「嘘は余計だ」と横から顔に水を引っ掛けられた。

    <END>
    支部にて2021年6月19日に初出
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