君に下剋上する 閉じかけた瞼の隙間から赤い色が俺を誘ってくる。普段、明るい場所では透き通って見える色彩が黒を混ぜた濃さを見せた。白く先が淡いグリーンの前髪の房をゆっくりと耳へかきあげて、傾けられた端正な顔が俺へと近づいてくる。
睫毛、長ぇな。そう思っている間も顔が迫って距離は狭くなっていった。触れ合うギリギリのところでとまると延びてきた千空の舌がべろりと俺の唇を舐めた。
「冷てぇ」
ヒヤリとした舌に思わずそんな言葉が出た。ねっとりと生温いと思っていた予想は裏切られ、ほのかな甘い香りが鼻に届く。
「ククク、唆るだろ」
べぇっと緑色の舌を見せて千空が冷たさの正体を明かす。どうやら隠れてかき氷でも食べていたらしい。
「~、テメーの考えそうなことだな。くそっ」
驚かされた悔しさに顔をそむける俺の首に千空が両腕を絡めてくる。再び近づいてきた彼の顔をそのまま受け入れる代わりに腰と後頭部に手を回した。重なる唇の隙間で絡みついた熱が混ざっていく。
「美味しいか?」
「知りてぇか?」
愚問だろ、と腰を押し付ければ千空がにやりと口角をあげた。
目の前にある、鏡で見たようにそっくりだと言われる千空の顔。一卵性の双子として産まれたのならそれもそうだと思えるが生憎俺と千空はそうじゃない。一つ下の従弟だ。
親が逝去した千空が百夜の元に引き取られてから十数年。俺は入学した高校で千空と初めて出会った。初めはお互いに「テメー、誰だ」と驚きから会話が始まり、どうやら従兄弟らしいと判明するまでそう長くかからなかった。理由の一つとして千空の実親と俺の親が疎遠で、引き取られた百夜とも繋がりがなかったからだ。
「黒、テメー、また背が伸びたな」
キスの途切れた隙に千空が俺の頬を撫でながら感慨深げに呟く。
「今それを言うのかよ」
情事に突入するには雰囲気が大事だ。白けたわけではないが今このタイミングで抱く側として年下扱いはされたくない。たかが一歳、そう思っても年下なのは変わりがない。従兄はここにきて一歳の差を大きくみせたいのだろうか。
ぐるぐると思い悩む俺の眉間の皺を千空が人差し指で伸ばしてくる。
「そうじゃねぇ。見上げるっていうのも悪くねぇなって思った」
俺の頬を撫で自分と同じように俺の下がった黒い前髪を脇に避ける。まるで自分の顔にするように俺にも触れてくる千空に子ども扱いされている気がして俺は彼の顔を両手で包むと深く口づけをした。
「んっ、黒っ」
鼻にかかる甘え声を出す千空を無視して俺は彼の服の裾から手を滑り込ませた。運動しないくせに肉のつかない薄い腹。男にしてはキメ細かい肌触り。わき腹をくすぐって臍を指で円を描くように弄れば、嫌だったのか手を払いのけられた。
「いてっ」
痛みを口にした俺を文句と抗議の代わりに睨むと、今度は千空が俺の服の裾を無理矢理引っ張ると出来た隙間から手を差し込んできた。俺と同じように腹をくすぐって、さらには下半身まで手を……というところでズボンに阻まれて彼の手が止まる。
「おい」
「? 何だ?」
千空の声に反応すると、肩眉を交互にした赤い目が俺を困った顔をして見ていた。
「外腹斜筋とズボンの間に隙間がねぇぞ」
率直な意見だが、どうやら言いたいのは肥ったのではないかということらしい。それを暗に伝えて本人に諭させるとは、我が従兄ながらどうなのか。腹と言わず筋肉の名称を口にする当たりもかしして千空は筋肉フェチなのだろうか。
「ベルト、締まってるからだろ」
「う~ん、今度テメーのために効率的な筋肉のための食事と運動を……」
千空がペタペタと腹を触ってくるので今度は俺が彼の手を掴んでやめさせた。いつもよりきつめにベルトを締めているのは千空が二人きりの時に何かと手を差し込んで下半身を触ろうとしてくるからで、別に肥ったわけではない。昨晩も今朝も体重計で増えていないのは確認済だ。
それでもこの従兄にはそれがわかるわけがないだろう。
「だったら、俺のダイエットのために運動に付き合えよ……ベッドの上で」
はっと企むように低い声で煽ってやれば、怪訝な顔をして千空が首を傾けた。
「? 一回の性行為の消費カロリーはざっくり百キロカロリーぽっちだぞ」
ベッドの上でやる運動と言えば千空の中にはセックスしかないらしい。腹筋や背筋、柔軟運動などは思いつかないようだ。どれだけ俺とヤりたいのか。賢いのにひょっとしたらエロいのだろうか。
「誰が一回で終わるって言ったんだ?」
焚きつけられてここで引くような気にはなれない。嫌だ、もうやめてというまで付き合ってもらわなければ。そうして俺がいかにいつも千空にやさしくて紳士的であるのかを知らしめないと。俺をいつまでも年下扱いしてかわいがる従兄の首にそっと俺は歯を立てて甘く噛みついた。
【END】
・体位によっても消費カロリーが違うので、全制覇して欲しい。