クローン千空ちゃん 顎に指をかけられて上を向かされる。目深にかぶったフードの影が消えて急に視界が明るなったかと思うと、そこに紫色の瞳が並んでいた。
「柘榴石みたいで綺麗だね」
自身の額を飾るアメジストよりも宝石に見える双眸を持った男は俺の瞳を覗き込むと感心したように声を出した。驚きに目を丸くしたまま男は首の角度を何度も変えて俺の顔をじっくり見ると急に瞳がスッと細めた。
「ジーマーでゴイスーそっくりだよねぇ……そっちの王族にはもしものために生まれたと同時にクローンを一体作る決まりなんだっけ?」
冷えた言葉に身体の下の方からぞわりと恐怖が駆け上がる。クローンは俺の国の国家機密。潜り込んだスパイにもわからないようにして最新の注意を払って育てられる。国民や他国には双子だと偽り、有事の際には王族の血を流したり、絶やしたりしないための道具として使われてきた。
それをいくら大国とはいえ知られているなんてどういうことだ。体中から汗が噴き出しそうだ。
「っつ!」
「……バレないとでも思った? 千空ちゃん?」
青ざめる俺の耳元に男がまだ教えてもいない名を吹き込む。
「な、何で俺の名前を」
王の影武者として作られた俺に名前などない。世話をする下々の人間はオリジナルといっしょたくりに若様と呼んでいたし、呼び名で秘密がバレてしまわないように人前では一緒の名前を使っていた。俺を千空と呼ぶのは可愛がってくれた先代と病気がちな本物だけだった。
黒髪、緑の目をした王子のクローンとして生まれた俺はどういうわけか髪と目の色が反転していて、白い髪に赤い目。そのため、見た目に差があり使えないと揶揄されることも少なからずあった。
国の中での本物は俺ではなく、国の催事や他国との会議の際など顔が見られる機会は俺が表に立って顔を売ることになっていたが、まだ元気な先代の意向でお披露目の機会は一切なく自国民も他国民も俺と本物の容姿を知る機会もなければ、ましてや呼び方を知ることなどもなかったはず。
そこまで考えてこの国が魔法国家であることを思い出した。知らなかったのは自分たちだけで情報を握られていたのかもしれない。
「本物ちゃんもさぁ、替え玉なんてジーマーでいい度胸してるよね。うまく騙せるつもりだったのかな?」
何で知っているんだという俺の疑問には答えてくれず、高貴な目の色をした青年は淡々と話す冷たく棘がある口調で話した。
「ち、違う。アイツは関係ねぇ。これは俺が勝手にしたことでっ、悪いのは俺だけだから、俺はどうなっても構わないからっ。アイツだけはっ」
もし、欺けたとしてもほんの時間稼ぎにしかならない。それは最初から覚悟の上だったが、そんな簡単に見抜かれるとは思っていなかった。
見苦しくもひれ伏して慈悲を請う。迂闊だった。強国からしてみれば科学王国なんてとるに足らない存在だ。取引なんて関係なく、武力でどうとでもなる。
ここで俺が出来ることは目の前の男の機嫌を損ねないことだけ。巨大な国に君臨する支配者を前にふざけたことをして許されないのはわかっている。どうして俺の名を知っているのか、クローンのことを知っているのか、そんなことはどうでもいい。オリジナルを守るのが俺の存在意義、それだけはどうしても果たさないといけない役目。
「何でもするって……オリジナルのせいでこんな目に合ってるって言うのに庇ってあげてるの? いい子だね、千空ちゃんは。でもさぁ、身代わりに来て俺を騙そうってしたってことはそれなりの代償を払って欲しいんだよねぇ」
「お、俺に出来ることなら」
何をされても構わない。そう心に誓って国を出た。世話になった先代の王や俺の元となった人間を守るためにこの身を捧げる、それが俺の生きている理由。恐れを我慢して男の言葉に頷くと「手始めに俺のことはゲンって呼んでね」と伸びてきた両手に頬を挟み込まれた。