短冊に願いを…「良かったら、どうぞ」
バイト帰りに商店街を歩いていると、声をかけられ、何かを手渡された。青紫色の短冊に、「ああ、もう七夕なのか」と驚いた。月日が流れるのは以外に早い。あの夜から、いつの間にか○ヶ月が過ぎていたのか。手渡された短冊をボディバッグの中にしまうと、商店街を後にした。
『短冊に願いを…』
時刻は夜の八時。屋台が並び賑わう道路から離れ、裏道を通っていく。七夕前日の曇のち雨という天気予報が嘘のように晴れた。夜空に輝く星々に織姫と彦星は出会ったかなと、ロマンチックなことを考えてしまう。
「柄じゃないな」
大学の友人たちに誘われた七夕祭りには、気を使われている気がして、どうしても行く気になれず、断りを入れた。バイトの予定も入っていた為、長くは一緒に遊べないのはわかっていたし、一人になりたかったのもあるのだ。
「楽しかったね!」
「ほら、前見て歩きなさい」
楽しそうな親子が歩いてくる。木曜日にも関わらず、家族連れが多い。
「懐かしいな、小さい頃はよく来たな…」
まだ家族が元気だった頃の事を思い出す。麻里がよくりんご飴を強請って、父さんが買ったけど、結局全部食べ切れなくて母さんが「今度はいちご飴にしなさい」って、いつも怒られてたっけ。懐かしい思い出に浸りながら、せっかくの星空をより近くで見たくなった暁人は、整備された山道を歩いていく。長い石階段を登る。ここの神社は社より下に手水舎があり、そこから町が一望できる。
「うん、いい眺め」
ビルだらけの場所とは違い、ここは星空が良く見える。同じ考えの人が他には居らず、暁人だけの特等席となっていた。静かに空を眺める。
「お兄さん」
「――っ⁉」
突如、背後から声を掛けられ、肩が跳ね上がる。後ろに振り返ると、優しそうな顔をした神主が居た。
「宜しければなのですが…」
「あ、ありがとうございます」
手渡されたのは、またしても短冊であった。
「社の方に吊り下げる場所がありますので、良かったら」
神主はそう告げると、社の方へと戻っていった。
「…願い事は書いたんだよな」
七夕前に貰った短冊に願い事を書き、今日ここに来る途中の商店街に吊るして来たばかりなのだ。既に一枚書いてしまった暁人は願い事を考える。
「うーん、願い事…願いか…」
ボディバックからペンを取り出し、短冊に文字を書いていく。
「うん。これかな?」
社へと続く石階段を登り、大きな竹が飾られているところへと足を運んだ。
「書き終わりましたか?」
「ええ」
短冊を手短な場所へ結びつける。ひらひらと舞う短冊に、不意に笑みが零れた。
「宜しければこれも」
短冊を書いた皆様全員に渡しているんですよと、一本の線香花火を貰った。下の手水舎の所がちょうどいいですよ、と教えられる。暁人へと手渡すともう用がないとばかりに、神主はそそくさと社の中へと戻っていってしまった。
「線香花火か…」
神主の言葉通り、手水舎の傍まで歩くと、使いもしないライターをボディバックから取り出す。火が付きやすいようにその場でしゃがみ込み、線香花火に火をつけた。
「ふふ、線香花火得意なんだよね」
得意げに笑い、線香花火を見つめる。シュワシュワと音をたて、火花が散っていく。何年ぶりだろうか、思い出にふける。
「そうなんだよね、お兄ちゃんていつも最後まで残るんだもん」
「線香花火に得意、不得意ってあるのかって話だけどね…」
「でも、本当に得意だよね」
帰ってくる言葉に隣へと視線を移す。そこには、セーラー服を着た麻里が暁人の傍で、一緒にしゃがんでいた。
「麻里…」
「お兄ちゃん、ご飯ちゃんと食べてる?」
「…うん、食べてるよ。昨日もラーメンにチャーハン大盛り、餃子も頼んだよ」
鼻の奥がジーンと痺れる感じがする。目の縁に涙が溜まり、鼻を鳴らす。
「お前、前から思ってたが、それは流石に食いすぎだろう」
「そ、そんなことないよ!育ち盛りだ、し…KK?」
「おう、案外元気そうだな」
足を大きく広げて、踵をつけてしゃがんだKKが隣にいた。初めて会った時の恰好のままのKKが其処にいる。
「それにしても、長くないか?」
「だから、お兄ちゃん得意なんですよ!」
「線香花火に得意ってあるのかよ」
暁人を挟むように陣取るKKと麻里が、線香花火を見つめながら、終わりがいつ来るか、話合っている。ああ、そうか。
「これが落ちたら、終わりなんだね…」
「永遠なんて無い。わかってるだろう…」
「わかってる…」
「お兄ちゃん…」
「大丈夫、生きてくよ、最後まで、約束したから…」
ぽとっ…光が消える。色とりどりの火花が散っていく。終わってしまった…まだ、話していたいのに…
「……」
「お兄ちゃん、頑張りすぎないでね」
「無理はするなよ、相棒」
「うん」
肩と背中を叩かれる。二人の声にゆっくり頷く。
「ありがとう」
瞳の奥から涙が溢れる。二人に諭され、気づく。生き抜くと、約束した通り、頑張って生きよう、普段通りにと頑張りすぎていた。みっともなくても、と言ったのに、弱音を吐いたっていいんだ。頬を伝う涙を拭い、去っていく二人を背に振り返らず、立ち上がる。燃え尽きた線香花火だったものをゴミ箱へ入れ、鳥居が並ぶ石階段をゆっくりと降りていく。まっすぐ、前へと歩いていく。
『大切な人にもう一度会いたい』
黄色の短冊がひらひらと風に揺れた。
おわり