それは性感帯でもあるらしい「うひっ」
それは唐突に、小さな口から漏れ出てきた。捕まれてしまった足をぶんぶんと振り回してそこから逃れて、ソファの端まで逃げていく。この膝に無遠慮に乗り上げてきたのは、他でもない彼だというのに。
レイシオとアベンチュリンは恋人という関係にあった。お互いの家を行き来するような生活を続けていて、今はレイシオの家で食事も風呂も終えた後だった。読書にいそしむレイシオの膝の上に、風呂上がりの彼が端末片手に寝そべりに来たのだ。
膝枕であればまだかわいらしいだろう。そんな時期もあったのだ。何をするにもこちらの様子をうかがって、ほんの少しだけ欲をのせたうえで、なのに遠慮ばかりを携えて触れてくる。それがあまりにもいじらしくて、不覚にも愛しいと思ってしまって。慌てる彼をよそに抱き寄せたのはずいぶんと前だ。
だというのに、だ。それは今や見る影もない。いや、ここでそれだけ気を抜くことができているのならそれはそれで喜ばしいことではあるし、実際こちらの方が彼の素面に近いのだろう。いつでもどこでも緊張の糸を張り詰めさせているような彼が、ここでそれを緩められているのであれば構わない。けれど。
のっしりとその腹部を座っているレイシオの膝の上に乗せて、うつぶせのままに端末をいじる。足は垂直に折れ曲がっているせいで視界の端でちらちらと揺れていた。頭に当たるか当たらないか。そんな場所で白い足が揺れているのだ。煩わしいと思ったし、正直欲を掻き立てられるとも思った。けれどここまで気を抜いているのだからアベンチュリンにその気はないのだろう。そう思って、ただその動きをやめさせるために白く細いそれをひっつかんだ。
そして冒頭に戻る。急なそれに驚いたのか情けない声を上げて、アベンチュリンは今ソファの端で縮こまっている。まるで恨めしそうにこちらを睨んで、触れられたその足を守るように抱えながら。
「な、にするんだ」
「ただ掴んだだけだろう」
「んな、っだ、そんなわけ、」
「何の話を……あぁ、なんだ」
くすぐったかったのか。そう言えば、縮こまったままのアベンチュリンはか、と顔を赤くした。人がその感覚を「くすぐったい」と感じるのには個人差があり、しかも自分で触る分にはそう感じない。もしかしたら初めてなのかもしれない。足の裏を他人に触られるなんてそうないだろうし、彼にしてはこんな無防備な状態でいられることだって珍しいはずだ。
「……ふむ」
「……レイシオ?」
「足の裏は確かに、人が『くすぐったい』と感じる有名な部位だ。他には例えば、」
「ちょ、っひ!?」
「膝」
「ぁ、っひゃ!」
「肘」
「っれ、しおッ!」
「それから脇腹」
「ひぃっ!?」
逃げたと言えどソファの上だ。そこは決して広くはなく、故に退路もない。簡単に捕まえた足と抵抗しきれない身体に手のひらで、そして指先で触れていけば面白いほどに声が上がった。藻掻いて、藻掻いて、それでもレイシオから逃げ出せない。そんな華奢な身体がレイシオによって何度も震えて、何度も跳ねて。
――――――これは、まずいのでは。
「れいしお!」
「っ」
そこまで考えて、そこでようやく、彼の肌の上をなぞっていた手が止まる。無意識のうちに肌に触れようとしたそれは、不躾にも彼の服を酷く乱れさせていた。寝間着しか身にまとっていなかったというのもあるだろう。まくり上げられたズボンからは白い足が伸びているし、シャツはボタンがほとんど外れて引っかかっているだけだ。白い肌が薄桃色に染まっている。そしてそこの上で色濃く主張するのは、ふたつの小さな突起。
「この、っや、ろ」
「す、まない」
息も絶え絶えの彼は潤んだ瞳で睨みつけてくる。それに、まるで心臓を殴られたような心地がした。そもそも、もともとは彼が「くすぐったい」と感じるそれが珍しいと思っただけなのだ。個人差があるそれは、レイシオは一切感じたことのないものだった。足の裏も、膝も、脇腹も肘も、どんな触れ方をされようがそこまでの衝動は感じない。ただ「触れられている」というだけで、逃げ出したいほどの何かなんて一切なかった。だからつい、もう少し知りたくなってしまって。
でもこれは聞いていない。今日は決してそんなつもりじゃなかった。彼がこの家を訪れたからといって、朝までいてくれるからといって、別にそういった行為を必ずしなければならないなんてことはない。アベンチュリンだってレイシオと同じように、ひとつの企業に身を置く忙しい人なのだ。負担が彼の方が大きくなるこの行為を、決して強要すべきではない。
「……れいしお?」
「い、や」
目に毒。その一言に尽きた。ただの興味本位、そしてほんの少しのいたずら心だったのだ。本当に最初はそれだけで、他意なんて一切なくて。ごくり、生唾を飲み込む音が、聞こえる。いや違う。単純に自分では経験したことのないものだったから、彼がそれを身に感じて悶えるのが何だか珍しくて。それをもっと見たいと思っただけ、で。
「……はは、君って」
案外分かりやすいよね。そう口にする彼は、先ほどまでとは比べものにならないくらいの色香を放っていた。先ほどまでは小さな子供の様にこちらを睨みつけていたのに、今はそのかけらもない。
「今度はちゃんと、触ってくれるんだろ?」
乱れたそれをつまみ上げた指先は、レイシオのものよりも細くて白い。見え隠れする白くて火照った身体。言葉を紡ぐ唇も、紅潮した頬も、潤んだ瞳も全部が酷く欲情的だ。
「ね、レイシオ」
本当にそんなつもりはなかったのに。でもそんな顔をした彼から目を離すこともできず、拒むことだってできる訳もなく。結局その言葉に誘われるままに本能に溺れるくらいしか、レイシオの選択肢は残っていなかった。