匂いに誘われて 約200年生きてきて、そりゃきれいな項の処女の女の子の血を飲みたい…いや取り敢えず血を飲みたいと思う事はある。仕方ないじゃん。吸血鬼なんだから。だからといって人間を突然襲うような事はした事がない。紳士はそんな事をしないと言うのもあるが、引きこもっていたこともあって生々しい血の匂いを嗅ぐことが無かった。
しかし、この目の前に居る退治人ロナルド君はすぐに怪我をして帰ってくるからこっちの自制心を保つのがなかなか厳しい。何時もならそそくさとご飯を作りに行くのだが今日は何があったのか。何時もより多く血が出ている。その為血の匂いが充満している。
「君、何をしたの」
「ああ。珍しく吸血鬼らしい吸血鬼が出てさ暴れる暴れるお陰であちこち切れちまって…ドラ公…」
気が付くと少し低い声が出ていた。
「…君はもっと自分を大切にしてくれないか。こっちの身にもなってくれ。若造を見た時、死ぬかと思ったぞ。私が」
「あ、ああ…悪りぃ…」
「ジョンこの5歳児の怪我の手当をし…ら…そ……」
徐々に二人の声が聞こえなくなる…。ジョンジョン頼む何とかロナルド君を遠ざけてくれ
アア…クライタイ…
チガ…ノミタイ…
落ち着け駄目だいくら血の匂いが広まろうとも、其れだけは
まるで大きな沼に沈んでいくようだった。もがいてももがいても沈んでいくだけだった。闇に沈んでいく。
「なん…にやってんだテメーは」
「えっヴェエーー」
スナァ…ァアナス
塵から復活すると私はロナルド君の横に座っていた。私の口には血が何故か付いている。そしてロナルド君は顔を紅くしてこちらを睨みつけていた。右手で左肩を押さえている。まさか。
「おま…お前今のはなんだよと、突然…」
「待って私今何したこの血何少しクドいけど不味くはない…じゃなくて何故君は肩を…」
またパンチを食らう。
待って。本当にわからないけど、私の口に少しクドい味の血。そしてロナルド君の左肩。そして荒い息遣い。もっと良く見ると手当てをしたであろう頬に剥がれかけているガーゼ。
もしかして…
「もしかして私…君を襲ったの…」
一段と紅くなるロナルド君。あ、いい。
「覚えてねえのかよっもう知らねえ」
「まっ…」
大きな音を立てて扉が閉められた。静まり返った部屋に散らばるガーゼの中からジョンが出てきた。ヌヌヌとジョンは心配してくれたので私も幾分か落ち着きを取り戻した。
「大丈夫だよ、ジョン。…でも何が起こったのか…」
ヌヌヌヌージョンが珍しく私の頭を叩く。
ジョンが言うには私が突然、ロナルド君の項に噛み付こうとして、それに瞬時に気が付いたロナルド君が振り向いて避けようとした拍子に仰向けに倒れてしまい私がロナルド君に乗っかる形になったそうだ。そしてロナルド君はいつも以上にキレていたけど、私は構わず左肩に噛み付いた。そしてそのまま、吸血していたそうだ。
ロナルド君は驚きと衝撃で身動きが取れなかった様だったらしい。程なくして私が離れ、正気に戻り今に至るという…。そして怒号と共に殺されたという。
「我ながら最悪だ…」
頭を抱えてしまう。確かに血を吸いたかった。項の綺麗な女の子の血を吸えたらどんなに嬉しいか。でもそれ以上に、ずっと一緒にいる内に気が付いた恋の相手の血を吸えるなんて嬉しい限りだ。しかし、その相手に我を失って襲ってしまうとは…。相手を怖がらせて吸いたくなんてなかった。