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    ritsukkan

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    昔書いたかなち

    『たいよう』が見える場所真っ白な雲が、もくもくと広がり太陽の姿を隠していく。
    『たいよう』が見えない。
    それだけで、どうしようもなく寂しい気持ちになるようになったのは、一体いつからだろうか。
    かつては、光が届かない海の底をずっと漂っていたというのに。地上に出て、太陽の光を浴びてからというもの、その光を浴びることが当たり前になってしまったのだ。
    どこまでもどこまでも空を覆っていく、白い雲。細めた目で空の様子を眺めてから、ぼくは噴水の中へと入る。そして、ゆっくりと身体を後ろに倒した。
    身体を沈めていくと広がる、波紋。水音を立てながらぼくは、ぼくの全てを水に沈めた。
    身体を浸していく水は、未だ冷たい。雪が溶け、水浴びが出来る季節に近付きつつあるというのに、だ。
    もしかしたら、クリスマスの時みたいに風邪を引いてしまうかもしれない。そうしたら、ちあきはまた、怒るのだろうか。ぼんやりとそんなことを考えながら、ぼくは水の中に映る波を見つめた。
    眩しい光が差し込まない水面。そんな景色の中に一つの影が浮かび上がる。これは一体、なんであろうか。疑問に首を傾げていれば、穏やかな水面を突き破って、傷だらけの手が、水の中へと侵入してきた。その手はぼくの腕を掴むと、勢いよくぼくの身体を引き上げようとする。
    見覚えがある、温かい手。そう感じた瞬間、ぼくの身体は引き上げられた。
    「…ちあき」
    髪から水を滴らせながら、ぼんやりと名前を呼べば、彼の眉に皺が寄る。危ないだろう、と語気を強めて話すちあきの瞳は、怒っていながらもきらきらと光っていた。
    ぼくは手を伸ばし、その頬に触れる。眩しく輝くちあきの瞳。その瞳がもっと見たい。そう思って、ちあきの顎に親指をかけ、その顎をくいっと持ち上げれば、彼の瞳が揺れた。
    「か、かなた!?どうしたんだ…!?」
    困惑するちあきの問いに答える代わりに笑みを浮かべる。
    撫でるように顎をなぞれば、ちあきの身体が震えた。このまま一緒になりましょうか。そう囁くと、ちあきは顔を真っ赤にして後ろへ後ずさる。
    「…そんなに、いやがらなくても」
    「えっ、い、いやではないが…、だ、駄目だ!学校でこういうことは駄目なんだぞ!」
    「ぼくはなんにもしてませんよ〜?」
    「…て、手つきがおかしかったろう!?…全くこちらは心配したというのに…」
    ちあきは肩を下ろすと、やや不満そうな表情を浮かべる。これは、よくある光景だった。水に浸かるぼくと、それを心配するちあき。
    ちあきの心配は嬉しく思うが、改めるつもりはなかった。
    小さく息を吐きながら、ぼくは噴水の中から出ていく。そして水浸しの身体で外の空気へと触れれば、ちあきの眉が寄った。それからちあきは制服の上着を脱ぐと、ぼくの肩へとかけていく。これではちあきが風邪を引いてしまう。そう抗議したけれど、ちあきは受け入れてはくれなかった。仕方なく、ぼくはちあきの制服を肩にかけたまま噴水の縁へと座り込む。そして空を仰いで見るが、依然として太陽は姿を現さない。
    「…みえませんね、『たいよう』」
    「うん?…そうだなぁ…?」
    ぼくの言葉を聞いてちあきは目をぱちくりさせながら顎に手を当てる。ぼくはそんなちあきを尻目に見ながら何度も何度も空を仰ぐ。けれど太陽は見えない。太陽よりも下にある雲のせいだ。
    「『くも』よりもしたに『たいよう』があったら『たいよう』はみえるのでしょうか…?」
    誰にも聞かれずに、ぼそりと呟いたはずの言葉。しかし、その言葉はちあきの耳に入ってしまったようで、彼はとびきり明るい表情を浮かべながら、ぼくの手を握り締めた。
    「日の出を見にいかないか!?奏汰!」
    日の出ならば、太陽は雲より下にあるぞとちあきは言う。そして力説するのだ。海から眺める日の出はとても綺麗だと。その言葉にぼくは少し戸惑う。日の出を見るということはどこかに泊まるか、朝早くから家を出るということだ。しかし、家の人間がそれを許してくれるのだろうか。そう考えてーーぼくは小さく頭を振った。一日だけならば、無断外泊もしたことがある。それになにより、ちあきと日の出を見られる機会なんて、もうあるかどうかわからなかった。
    ぼくは、卒業したら海へと潜る。その前にちあきとの日常を目に焼き付けておきたかった。

    だからぼくはこくん、と頷く。そして紡ぐのだ。ちあきと一緒に日の出が見たいと。









    ちあきの提案により以前海賊フェスで訪れた海でぼくたちは日の出を見ることになった。ここならば宿泊施設もあり、学校にも近いというちあきなりの配慮だろう。ぼくはちあきの心遣いに感謝しつつ、遥か彼方まで広がる海を眺めた。深夜を過ぎた海は真っ暗な闇に包まれて、さざなみの音だけがその存在を教えてくれる。ぼくは袖山をぎゅっと握りしめながら、砂浜へと座り込んだ。目を閉じて、耳を澄ませば大好きな音が聞こえてくる。
    そんな音に混じって砂浜を掻き分ける音が聞こえてきた。静かに優しく、歩く音。ぼくが目を開いて振り向けば音の主は表情を和らげた。
    「綺麗な、音だな」
    髪を小さく揺らしながらちあきは海の方へと視線を向ける。ぼくもそれに倣って海へと視線を戻すと波の音に耳を立てた。
    「はい、ぼくの『だいすき』なおとです」
    穏やかな海の音は心を安らかにしてくれる音だ。ぼくのだいすきな、だいすきな音。ぼくの言葉にちあきはそうだな、と返事を返すと隣に座り込み、膝を抱えた。
    「なぁ、奏汰」
    「なんですか、ちあき」
    「お前は…後悔、してないか…?」
    ぼくの隣に寄り添うちあきから紡がれたのは戸惑うような声。何かに迷う声。ぼくはそれを受け止めるように優しくちあきの名を呼びかける。それに背中を押されたのかちあきはぼくの方へ顔を向けると不安そうにぼくを眺めてきた。その顔は、普段ヒーローぶっているちあきとは違うちあき。たまに出てくる、悩んでいるちあきの表情だ。
    「地上に無理矢理引っ張って、俺の夢に無理矢理付き合わせて、奏汰、お前は」
    だからぼくは手に力を込めて、思いっきりちあきに手刀を入れる。これ以上、おかしなことは言わせないために。ちあき自身のことを貶めさせないために。
    ごつん、という音と共にちあきが痛そうに頭を押さえる。ぼくを見上げてきた瞳は若干涙目になっていた。
    「うっ、す、すまん奏汰」
    頭をさすりながらちあきは申し訳なさそうに俯く。そんなちあきを見てぼくは小さく溜め息を吐くと、彼の身体を押し倒した。そして、触れるだけの口付けをする。
    「か、かなた…!?」
    「まったく…ちあきはまだまだてがかかりますね?」
    唇を離してからぼくはちあきの額にこつん、と自分の額を当てる。目を見開けばぶつかってしまいそうなほどちあきの瞳が近くに見えた。ねぇ、ちあき。ぼくはそう口を開くと彼の瞳の奥を見つめる。
    「ちあき、ぼくは『ちじょう』でいきていくのも『わるくない』っておもっているんですよ?」
    「………」
    「ぼくが、しんじられませんか…?」
    ちあきの顎をなぞりながらぼくはちあきに問いかける。信用されていないかもしれない、そんな不安を抱えて。すると、ちあきはすまん、と謝罪すると顎をなぞるぼくの手に己の手を添えてくる。まるで熱を確かめるようにぼくの手に指先を触れさせてから握りしめると、大きな瞳をぼくへと向けた。
    「お前が、いつか海に帰ってしまう気がして、怖いんだ」
    「………」
    「約束、だから。だから帰るなとは言わない。けれど、俺は、こわいんだ」
    ちあきの瞳は不安で揺れていた。ぼくは唇をきゅっと引き締めるとその唇を再び塞ぐ。今度は深く、濃密に。貪るような口付けをすれば、ちあきが瞳を閉じてそれを受け入れる。水音を立てた後、熱を帯びた息と共に唇を離せばちあきの瞳が潤んでいた。ぼくは彼を安心させるように笑みを零す。
    「…かえりませんよ」
    それは、その言葉はただの誤魔化し。言い換えなのかもしれない。
    「ぼくはうみに『かえる』んじゃなくて、『むかう』んです」
    けれど、それはまるで誓いを立てるように。強く強く言葉に力を込める。それが今のぼくにとっての精一杯、限界だったけれど。それでも真剣な瞳でちあきを見つめれば、彼の瞳もそれに答えてくれた。
    「…かえります、かならず。『たいよう』のある『ちじょう』に」
    やくそくです、そう言葉を紡いでからぼくは小指をちあきへと差し出す。ちあきはほんの一瞬、戸惑ったように目を泳がせつつも、ぼくの小指に己の小指を絡めてくれた。
    「……やくそく、だぞ?」
    「はい、『やくそく』します。だからちあきもまっててくれませんか?」
    「…そうだな、約束するぞ。俺も、奏汰が帰ってくるのを待ってる。やくそく、だ」
    離れてしまわぬようにぎゅっと小指に力を込める。その力の強さにちあきは若干顔を顰めたけれど、すぐにおかしそうに笑みを零した。ちあきの表情を見て、ぼくもつられて笑みを零す。そんな時だ。視界の端に明るい光が入り込んできたのは。
    「見ろ、奏汰っ!日の出だぞ」
    嬉しそうに声を上げるちあきから身体を退ければ、ちあきは起き上がり、差し込む光をバックにしながらぼくの方へと顔を向ける。茶色に髪を揺らし、笑顔を浮かべて振り向く姿は、太陽の光を浴びて目を開けていられないくらい輝いてみえた。
    (あぁ、やっぱり)
    きらきら輝くちあきを見て、ぼくは思う。ぼくの帰る場所はやっぱり太陽が輝く場所だと。
    ぼくはこれから海へ潜る。深い深い海の底へ。けれど抗ってみせる。どんな運命にも抗ってみせる。
    そしていつか帰ってくるのだ、『たいよう』が見える場所に。
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