眩と雪「その目の問題さ、早く治した方がいいんじゃない?」
「…は?」
双星がほかの友人と話している間、人気のない廊下で1人壁に寄りかかりスマホを見ていた雪渡の傍に寄ったのは、雪渡の天敵とも言える眩だった。
「そんな感じじゃ、真夏の陽の下だと雪渡くんが、前みたいな暴風雨だと双星くんが上手く戦えないでしょ。」
「…喧嘩売ってる?直せないからこうなってんだけど。」
雪渡の空気がピリリと張り詰めた。
「そうじゃないよ。視覚支援でどうにかならないのって話。」
「なるわけないだろ。俺たちにとってこれが普通なんだよ。他の人の視覚に変えられると俺にとっては暗いし双星にとっては眩しすぎる。」
「へー、そういうもんなんだ。」
面白くなさそうに適当な返事をする眩に、雪渡は怒りが湧いてくる。
「天候に左右されるのは大変だね。次もしランク戦があれば真夏の晴天にでもするかな。」
あまりにも軽々しいその言葉にふつふつ程度の怒りがブツンと切れた。
「お前っ、前回のを覚えてないとか言わないよな?!」
ほぼ反射的に眩を突き飛ばした。
「おー、いたた。」
「俺はいいけどあいつのことを軽視する言葉は絶対に許さない。」
「優しいんだね。」
「~~っ!お前本当にふざけるなよ!」
自分ばかりがペースを乱されている現状に雪渡は更に苛立つ。
自分たちをこうして弄んで笑っている目の前の男に殺意すら沸く。
「お前なんか周りから気味悪がられてるくせに。俺らのこと笑ってる場合かよ。」
「ん?」
少しだけ、眩の目が揺れた。
こっちは死ぬほど悩んでいるのに、こいつはこんなことで動揺するのかと鼻から乾いた笑いが漏れる。
「俺が双星を守りたいのがそんなに面白いか?お前は家族の愛もわからないバカなんだな。」
「わかんないね。馬鹿なのかも。」
ハッと吐き捨てるように笑う眩に、もう何を言っても通じないと呆れつつも、双星のこと、双星を思う自分をバカにされたことに消えない怒りを増長させていく。
「お前は1回死なないとわからないのかもな。」
気づくと雪渡は眩を殴っていた。
自分の理性のない暴力に少しだけ背筋が冷える。
「そうだね。一旦殺してみる?」
まるで暴力をせがむような笑みが、気色悪い。
こいつは何を思って俺たちを見ているのか、何が面白いのか何も分からないのが気持ち悪かった。
冷静になった時には、自分の腕や足がジンジンと熱くなっていて、目の前には壁にもたれ掛かり床に座り込んでいる眩がいた。
こうなる度に、自分の奥深くに隠れた暴力性にゾッとする。暴力なんてしてはいけないとわかっているのに、こうなってしまう。
「…そんな顔しないでよ。もう双星くん来るよ。」
眩はトリガーを起動して、なんの傷もない体に換装すると、その手で軽く、俯く雪渡の頭を撫でた。
どういう気持ちでこんなことをしているのか雪渡には何もわからなかった。
「あ!雪くん!と眩さん!おまたせー!」
笑顔で駆けてくる双星に、眩は微笑みながら手を振る。
「あれ、雪くん何かあったの?」
「いや、ちょっと僕が相談乗ってもらってたら深刻に考えちゃったみたいでね〜、優しいね雪渡くん。」
「そうなんですね、雪くんは優しいから。」
つらつらと嘘を並べる眩に雪渡はまた少し苛立ちながらも、頷いて双星の手を取る。
「じゃ、僕こっちだから。じゃあね。」
雪渡は微笑みながら去る眩を見送ると、グチャグチャした気持ちを振りはらい、双星に笑いかけた。