炎の熱を識る者よどこで紡がれた物語だったか。神に背いて天界の火を盗み人類へと与えた者がいたらしい。
ならば炎は罪の象徴である。神の意思は絶対で、逆らうなんて以ての外だ。それが私の正義であり、誰もが従うべき規範だとずっと信じている。
かつて、もっとも主の寵愛を受けた天使がいた。輝くような3対の翼は誰をも魅了し包むもので、この方の大きな翼は主の声を届け、我らを統べるためのものだと信じて疑わなかった。
少しだけ不満だったのはいつもどこか遠くを見ていたこと。どれだけ近くにいても視線が交わらない時が、確かにあった。だけど、だけど。私には想像できないような大きなものを背負っているような気がして、声をかけることができなかったの。
ある日のこと。あの方は悪魔にも手を差し伸べたという。主のお怒りを受けるだろうに何故そんなことをしたのか。
でもきっと気の迷い。あの方はお優しいから、愚かで汚らわしい悪魔を哀れんでやったのだ。
だから私は言ったの。「きちんと懺悔すれば主もゆるしてくださいます」って。また明日も主の声を尊びましょうって。
狭間の時間はあの方の劇場。あの方が一番輝く刻。
ああ、あの翼はどれだけ遠くてもよく見える。寵愛の証はその日も変わらず美しくて、明日もきっと美しいのだと、根拠もなく信じていた。
けれどそんな明日は来なかった。あの方が主に逆らい謀反を起こしたから。
一度、二度、三度聞いてもまだ信じられなかった。寵愛の元に居たはずなのにどうして?主を裏切るということは私たちを裏切るということだ。あの方は私たちを愛していたはずなのに!
何かの間違いだ。そうに決まっている。あの美しい6枚羽が堕ちるだなんてそんなこと、そんなこと________
「あ」
狭間の空。あの方の時間。遠い、遠いところから。
私は、みてしまった。明星の燃えるそのさまを。
きいてしまった。翼のちぎれるその音を。
目が、あった。昨日と変わらぬ優しい瞳。
もえて、こげて、くろく、そまって。
もっとも美しいものが、もっとも汚らわしいものへと生まれ変わるのを、特等席でずっとみていた。
炎は罪の象徴である。悪徳へと導く魔である。
だからわたしは熱を知らない。知ろうとも思わない。知ってしまえばもう戻れないから。
なのにいつかの問いが反響する。
「お前の信じる正義とはなにか」
決まっている。主の声に従うことだ。私はこの正義をずっと信じているし、これからもきっとそう。そうじゃなくてはならない。
私は正義の名のもとに、主を裏切ったアレを許さない。空に輝くどの星より美しくても、許してはならないのだ。