米が望む永遠 帰りたくても帰れない夏がある。もう戻れない、無邪気にはしゃいでいたあの頃には。
ライス、君はもう――。
「やっと僕達一緒になれるんだね!念願だった同じ器に盛られるんだ。ドキドキしちゃうな……」
バイクのエンジン音が鳴り響く中、ポリエステルの容器を湿らせながらライスが言った。密閉されているから彼の様子まではわからないけどさっき詰められる前にチラ見した、艶々とした彼の肌を思い出して俺は熱くなる。
俺たちはしがない牛丼屋で出逢った。牛丼の別メニューではあったが、出逢うべく俺たちは生まれてきた。これからウーバーイーツで運ばれ、いざ食を求める人間のもとへ。生まれてから最期まで同じ運命を辿るんだ。これ以上に幸せなことはない。
『やっぱりカレーにはライスだよね』
当たり前のように周りから聞かされてきた。俺もそう思う。ライス以上に俺を引き立ててくれる奴はいない。俺のせいでその美しい純白が汚れたとしても、君は食欲そそる姿になれたからいいんだと儚く笑うんだ。
俺はライスに出逢えて、好きになって、幸せだ。でも。
「お前は怖くないのか。食べられて自分がいなくなること……」
興奮して蒸気が立ち込めているライスにそっと尋ねる。
「怖くないと言えば嘘になる……でもね、カレー。本当に僕はずっと待っていたの」
君がじっくりコトコト煮込まれて僕のために美味しくなってくれたこと。今すぐにでも合体したかったのに、こだわりの深い人間のせいで一晩寝かされて我慢するのが大変だったこと。福神漬けやらっきょにナンパされても、カレーが一番好きだとなびかなかったこと。
ライスは一粒一粒、俺と出逢うまでの想いを伝えてくれた。
「……なんか嬉しくて人参に染みてきちゃうな」
「やだ、カレー!?泣いてるの!?」
「うん……ライスがこんなにも可愛くて、早く一つになりたいよ」
「ふふっ。僕もだよ」
ジジジジジ。保冷バックのジッパーが開く音がする。目的地に着いたのかもしれない。俺たちの桃源郷に。
「あれ?おかしいね」
ライスだけが運び屋に持ち上げられる。訝し気にライスは人間の顔を見た。
「……サイズ間違いがあったみたい。僕、大盛りに変更だって」
太った姿をカレーに見られたくないな。そういってライスははにかんで容器の端に寄った。
「大丈夫だ。ライスは多い方が魅力的だから」
「もう!カレーったら……へへへ、いってくるね」
合体はまだまだお預けか。お色直ししたライスはさどかし可愛いんだろな。期待に胸を高鳴らせながらライスの再登場を待った。
「ライス君とラブラブね」
手持ち無沙汰にじゃがいもをゴロゴロ転がしていた俺に、パンが話しかけた。
フランス出身の彼女は、固く身をよじらせてかたかたと震えていた。
「私なんて、臭いチーズと一緒なのよ……あなたたちは楽しそうでいいじゃない」
「そんなこというなよ。チーズだって素敵なやつじゃないか」
「ううん、そんなことない。チーズは私じゃなくてもいいのよ。彼はピザ生地がなかったから、仕方なく私を選んだってわけ」
「……お前辛かったな」
「まぁ、腹に入っちゃえば全部一緒なんだけどね。ただね……あなた運命って信じる?」
「え?」
「私は信じているの。運命の人って他にいるんじゃないかって。今度生まれ変わる時は、私……あなたと……」
キキーッ!
車が急停車する音が鳴り響くとともに激しい衝動が襲った。気付けば、俺は保冷バックから飛び出し道路に横たわっていた。
「いててて……なんだよ急に」
「大丈夫!?カレー君!」
パンが駆け寄り、縦になっていた容器を横に戻してくれた。ぶるぶると液体を震わせ正気に戻る。すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「え……ラ……イス?」
倒れ込む人間の先に、白い米粒が辺りに散らばっている。カサカサと揺れるビニール袋の影に、痛々しいほどに白く光る残骸が見えた。
ドクン、ドクン。鼓動が耳障りなほどに五月蠅い。
『事故発生。15時16分頃。ウーバーイーツのフード重症』
なんだよ。ウーバーイーツなんて今時どこでもあるじゃないか。
大丈夫。落ち着け、これは、俺の、ライスじゃない。
『被害者氏名、確認。大盛ライス。大盛の、ライスと確認。
カレー用のライスと思われ……』
頭の中が真っ白になる。俺は、君と一緒になるはずなんだ。
なぁそうだろライス。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺の泣き叫ぶ声は届かず、行き交う人々が純白の屍を踏み荒らしていく。
行き場を失ったプラスチックスプーンが二つ、仲睦まじく道路に添えられていた。
続かない