一番星の特等席「マナマナのデータは十分に取れた。ご苦労だったな」
「お役に立てて光栄です」
言葉の真意にあえて気づかないフリをして笑顔を作った。しかし、無駄だというように祈瑠が笑う。
「聞こえなかったのか?社長はごくろう『だった』と言ったんだ」
「はぁ、おっしゃっている意味がわかりませんが」
「お前は用済みってことだよ」
「…僕の力はお気に召さないと?」
「あうると陽比野まつりのデュオで十分にデータが取れている、君の協力は必要ない。それに…これ以上情報を魔法界に流されるわけにはいかないからな」
スパイだと気づきつつ俺を置いているんだろうと思っていたが、ここまでか。いつか来ると覚悟していたが、実際に言われると想像以上に重くのしかかる。
「さぁ?なんのことやら」
「しかし、君らは数少ない男性ということで人気も上々だ。チケットの売れ行きもいい。活動のサポートは今後も続けよう」
「なっ社長、本気ですか!こいつは裏切者ですよ」
「こちらが手配したライブや撮影に出演し、今後も精進してれ」
「そうですね…パートナー次第になると思いますが」
「なに、今まで通りの練習量であれば彼の負担にもならないだろう」
なるほど、俺をこの部屋には来れないようにするが、野放しにもできない。プリマジスタとしては利用価値があるから、監視もかねて手元に置いておくということか。
「まぁ、オメガ社に君の『立場』はもうないというとを肝に銘じておきなさい」
タイムリミットか、それでも少しは時間稼ぎになったはずだ。奥で浮かんでいる乗り物にいる彼女を見つめると、複雑そうな表情をしている。
御芽河あうる。彼女はまつりちゃんに出会って変わった。マナマナを排除することが本当にいいのかと疑問に思い始めている。後継者である彼女がいれば、希望はある。
俺がプリマジスタとして活動できるなら、オメガの手の内にい続ければ、どこかで対話するチャンスもあるだろう。だけど…ここからは俺の問題だ。
「…俺はご命令があればいつでも応じます。その時はまたお呼びください」
精一杯の笑顔で言い、オメガコーポレーションを去る。悔しさとやるせなさで歪む顔を抑えながら、家にいるであろう橙真のもとへと向かった。
パッと顔をあげれば、少し見慣れた部屋の景色が広がった。机に向かって何かを書いている橙真の背中に抱き着いて、がばぁ!といつもとおり脅かしてみる。
「……靴脱いであがれ、床汚れる」
「え~橙真のお部屋なんだから、靴くらいちゃんと脱いでるよ」
呆れたように振り向いた橙真は、俺を見るなり顔色を変えた。真剣な話をしにきたことに気が付いたのだろう。
「橙真、パートナー解消しよっか」
「…オメガで何があった」
「時間切れだよ。スパイの俺はもういらないって。会議にも参加できなくなっちゃった」
「ついさっき、祈瑠さんから今後のスケジュールについてメールがきたぞ」
「人気男子ユニットのトゥルースはほしいんだってさ。搾取と監視目的だろうね」
「そんな…搾取って」
「やれることはやった。オメガにはあうるちゃんがいるから、きっと大丈夫」
これ以上なにもできない自分に腹が立つ。これから魔法界に戻って情報を得ることも、オメガの様子を伺うことも出来ない。あとはただ、彼女たちを信じるだけだ。
「どんな形でも橙真とプリマジができて…本当に幸せだったよ」
けどこれ以上は巻き込めない。だって、みゃむの代わりでないなら、橙真がプリマジを続ける目的がないから。それにこれからはレッスンの時も、ライブの時も、肩身の狭い思いをすることになる。そんな目に遭わせたくない。
「なんで、勝手に終わらそうとしてるんだ」
「え?だってもう意味がな――」
「意味なくなんかない」
「もう、何も守れないんだよ。ただプリマジをするだけだ。それなら俺一人で」
「前に魔法界には戻れないって言ってただろ。オメガからも追い出されて、俺とパートナー解消までして、これからどうするんだ」
「まぁ、ソロ活動しながら内部監察かな?オメガのご子息様は口が滑りやすいし」
作り笑いでそう返すと、橙真は泣きそうな顔になった。どうしたのと聞く前に、その顔を隠すように強く抱きしめられる。
「この馬鹿。解消なんかしないし、明日からも練習するから」
「…どうして?もういいんだよ…俺の夢は叶ったんだし」
「ひゅーい、一人で抱え込むな」
「でも…きっと辛いよ」
「辛いなら尚更、二人で半分にすればいい」
一人じゃない、そう言って駆けつけてくれたあの日を思い出した。でもいいのかな、巻き込んでしまっても。もう何も持っていない、ただの魔法使いだけど。
「こんな俺でも、パートナーでいてくれるの?」
「当たり前だ。それに…ひゅーいとのプリマジは楽しいから」
「楽しい…」
プリマジは、マナマナとチュッピが手を取り協力し合うお祭り。とても…楽しいもの、そんな当たり前のことを、一瞬でも忘れてしまっていた。
「俺も、橙真とのプリマジが大好きだよ」
張り詰めた不安の糸が切れ、抑えていた涙が溢れてくる。もう終わったと思っていた一番の居場所が消えないことに安堵して、心が震えた。行くべき場所も帰る場所もない。それでもここにいていいんだ。
「守れなくても、まつり達と同じ場所で戦い続けよう」
「うん…」
あつい、橙真のマジが触れたところから身体に伝わってくる。あたたかくて…優しい。
橙真と二人なら、どんなに辛いことだって乗り越えていける気がするよ。