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    mame_cha_cha_ch

    @mame_cha_cha_ch

    基本おばみつですが、腐っているものもあります。
    ご注意下さいね。

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    mame_cha_cha_ch

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    【腐】🌈🐍
    童×蛇(現パロ)
    摩耗するのに手放せない恋愛がテーマ。
    🐍🍡では成立し得ない為生まれた世界線。
    捏造も幾つか。注意書きをしだしたらキリがないので、何でも許容できるひと向け。
    初っ端から飛ばしてますが、読後感はそれほど悪くない(はず……)

    ##童蛇

    極楽遊戯伊黒は嬌声を背に、本を読んでいる。

    「あっ……あ……きょうそ、さま」

    獣に食されてでもいるのかと、疑いたくなるような絶叫であった。
    童磨が信者の女を抱いているのだ。
    別に珍しいことではない。祭壇の裏側が閨になっており、住居空間のこの部屋と面しているために音がよく響くのだった。
    『夫に浮気されて寂しい』『人肌を失い恋しい』
    掃いて捨てるほどありふれた理由により、童磨は信者と肌を重ねる。
    当然集中などできやしない。伊黒は勢いよく表紙を閉じると、乱雑に置いた。
    現実も屑だが、本の中身も負けず劣らずだ。
    ドイツに駐留中の主人公は金銭の援助をしていた少女を懐妊させる。訳あって帰国することとなり、優柔不断な主人公に代わって友人から自分と離別することを聞かされた少女は発狂するというものだった。


    「来てたんだ」

    一仕事終えた童磨は人好きのする笑顔で言った。
    伊黒の首筋に緩く絡まると、視線を落とす。

    「舞姫は面白かった?」
    「読者の気分を悪くするためだけに作られたような話だな」

    童磨は伊黒の隣に腰を下ろすと、床に置かれていたそれを無造作に山積みの中へ戻した。
    折り重なった大量の本は小説に専門書、詩集まで混在していて、持ち主の内面を表すように混沌としている。

    「俺は好きだな。チープで可哀想でさ」

    童磨はよく〈可哀想〉と言う。
    その響きには、他人を下に見て相対的に自分を幸福だと思うようなところがない。
    伊黒はその心を穴ぐらみたいだと思う。
    どこまでも純粋で優しくて、一方でその底知れなさが恐ろしくもあるような。

    「憑きものでも取れたように清々しい顔だな」

    沈黙が金であることを理解しているが、つい余計なことを口走ってしまう。
    童磨は金属音の後に、紫煙を燻らせた。

    「気遣いで摩耗するんだけどね。肉体と精神はまたベツモノなのさ」
    「フン、それより煙草が以前より増えたのではないか? 早死にするぞ」

    部屋に来たとき吸い殻は山を成していた。
    見かねた伊黒は中身を捨てて灰皿を洗った。大理石で出来たそれは、洗うだけで腕が疲れた。

    「それも悪くないね」

    どこまで本気なのか図りかねる返答をして、悪びれることなく紫煙を吐き出す。
    童磨はいつもヘラヘラ、のらりくらりとして掴みどころがないのだった。
    そうやって肺の隅々まで煙草を堪能すると、急速に興味を失ったように揉み消した。
    伊黒の顎に指を掛け、自身に向き直らせる。

    「っ、」
    「やっぱりキミは、その辺の女の子より綺麗な顔をしているなぁ」
    「相変わらず不躾な奴だ」

    伊黒は自分の身体が熱を持つのを感じた。
    童磨の言動はいつも唐突で脈絡がない。気まぐれで与えられる優しさと、その分だけ深くなる孤独の間で、伊黒は振り回される。
    さすがのフランスベッドも、男二人が乗ると苦しそうな音を立てた。童磨はお伺いなど立てないのが常である。そのつもりで来ているのだろう? という風情で、当然のように行為に及ぶ。

    所詮自分は気遣いをする必要のない、手軽な相手なのだろうと思う。
    伊黒は得られる快楽とはまた別のところで、心が冷たくなっていくのを感じた。
    ベッドサイドの窓は開け放しているが、階下は墓地なので何の問題もなかった。軒先を水が打ち付ける音がする。雨が降り始めたらしい。



    初めて童磨と出会ったのもこの寺である。
    親類の法事で訪れていた伊黒は、手洗いへと通じる渡り廊下に展示された刀を鑑賞していた。
    刀というには細身の刀身と、槍のような鋭利な刃先を持った一風変わった品物であった。

    「キミもそれが気になるのかい?」

    自分でも気づかぬうちに、相当のめり込んでいた伊黒は驚いた。
    声の主は薄鈍色の髪と極彩色の瞳をもっていた。伊黒が見上げるくらいの上背があり、太陽を知らないような白い肌も相まって、男であっても一瞬毒気を抜かれる美しさである。
    容姿からして御坊とは違うらしいことが窺えた。

    「………既視感がある気がして」
    「俺と同じだねぇ」

    男はどこまでも和かに言う。
    春の陽だまりのようでありながら、腹が読めない不気味さをも感じる笑顔だった。

    「俺は美術品の類には疎いんだけど、これは背筋がゾクゾクするんだよね」
    「はぁ」
    「何かの因果だったりするのかな?」

    特に伊黒の返事を期待していた訳でもなかったらしい。男はそのままヒラヒラと去っていった。
    伊黒は記憶を辿ったが、やはり知らない男で間違いなさそうだ。しかし、喉の奥に違和感が残る。
    〈因果〉という言葉が妙にしっくりくるのだった。


    そんな出来事もすっかり忘れていた初夏の頃。
    伊黒は書店で授業に使う資料を物色していた。
    手頃なものを見つけて会計に向かうと、読み切れぬほどの本を抱えた男とすれ違った。手持ちは優に20冊を越えており、時折り本を零しながら書棚を真剣に見つめる姿が人目を引いている。

    「やあやあ、久しぶりだね」
    「………こんにちは」

    それ以上話すこともなく、曖昧に会釈してその場は終わった。
    会計後、平積みにされている本が琴線に触れ、軽く流し読みをしたものの、買うほどでもないかと店を出たら雨が降っていた。視界が白くなるほどの大雨である。
    カフェに入って資料に目を通すつもりだった伊黒は、予想外の足止めに苛立つ。

    「夏の通り雨はスサマジイね」

    振り返ると、件の男が背後に立っていた。
    いつも気配がない奴だと伊黒は思う。

    「ひとたび表へ出れば、全身ずぶ濡れですね」

    傘があってもただでは済まない、という具合の雨である。

    「ウチに来る?」
    「は?」
    「ウチのお寺なら濡れずに済むでしょう?」
    「──あぁ」

    伊黒は合点する。
    現在地の書店はアーケードが巡らされた商店街の入り口にあり、男の寺は商店街の真ん中あたりに門扉があった。
    雨水が轟音を立てて排水溝へと流れていく。
    伊黒は迷った末に雨宿りをさせて貰おうと、男の提案を受け入れた。
    寺という安心感があったのかもしれない。駆け込み寺というくらいなのだ、まぁ良いだろう、くらいの気持ちであった。

    本堂にでも通されるものとばかり思っていたが、案内されたのは童磨のリビング兼寝室となっている部屋であった。
    足を踏み入れた伊黒はギョッとする。
    本棚に入り切らない書物が山積みになっていた。部屋の四隅が見えず、何かの拍子に雪崩を起こすと生き埋めになりかねない量である。
    他には木目の美しいローテーブルと数人が座れるスペース、窓際にフランスベッドがあるだけだ。
    男はここに至る道中で京極童磨と名乗った。
    字面だけで圧倒されそうだが、恵まれた容姿から名前負けだとは感じなかった。
    案内したきり姿を消していた童磨は、大量の菓子折りを手に部屋に戻ってきた。
    生菓子にカステラ、フィナンシェ、最中、カヌレまで選り取りみどりである。

    「御供物か?」
    「信者たちが持ってくるんだよ」

    参拝者ではなかろうか、と伊黒が思案していると、伝えてなかったっけ? という表情をする。

    「俺は宗教の教祖なんだ」
    「……何という名の?」
    「万世極楽教」

    聞いたことがない。カルト教団の類だろうかと、伊黒は頭痛がした。
    身構えた伊黒に対し、童磨は平然と言う。

    「安心してよ。キミを勧誘したりしないさ」

    よくある反応なのだろう。
    伊黒の挙動を意にも介していないらしい童磨は、「適当に食べてね」と菓子折りをテーブルに乱雑に置くと、自身は煙草に火をつけて美味しそうに吸い始めた。
    断りも入れずに非常識なと思ったところで、ここは童磨の家であり、伊黒は非難する立場にないことを思い出す。
    それくらい自然に、この奇妙なシチュエーションが成立してしまっていた。

    「具体的に、仕事はどういうことを?」
    「心の救済」
    「はぁ………」

    胡散臭いことこの上ないが、様々な理由で立ち行かなくなった人々の話を聞いてあげることが職務らしい。
    伊黒が法事で利用した際には御坊にふさわしい風貌の男が経を読んでいたが、彼は雇われの身であり、この寺の持ち主は童磨であると言う。

    「オーナーみたいなものだよ」
    「それで極楽浄土に行けるとか何とか言って、信者を増やしているのか?」
    「え?」
    「違うのか?」
    「極楽浄土なんて、本当にあると思ってるの?」
    「俺は信じてはいないが、教団名からしてそう謳っているだろう」
    「キミは若いのに聡明だね。良いことだ」

    童磨は伊黒より五歳年上だった。が、堅苦しい敬語はやめてくれと直々にお願いされた伊黒は、平素の言葉で話している。

    「それに綺麗な顔をしているよね。才色兼備ってヤツだ」
    「それは普通、女に使う言葉だろう」
    「そうなの? 俺、あまり男女を区別して考えることがないんだ」
    「両性愛者なのか?」
    「さぁ……必要に迫られれば、どちらだって抱けるけど」
    「は?」
    「信者の心の救済。さっき言ったじゃないか」

    伊黒の心底軽蔑した視線を受け、童磨はポカンとした。まるで、常識がないのは伊黒だと言わんばかりに。

    「人間の三大煩悩はね、経済的貧困、人間関係、肉欲だよ」

    本当に知らなかったんだね、と童磨は天然記念物のように伊黒を見つめた。
    その飾らない表情があんまりに綺麗だったので、思わず目線を逸らす。
    女性に興味がないからと言って、男性を好きになることもなかった。色恋に縁のない人生であったし、これからもそうである筈だった。
    自分の中で得体の知れない感情が膨らんでいくのを感じる。伊黒は恐怖と同じくらい、期待もしている自身を正しく認識していた。

    「………やっぱりキミは賢いねぇ」

    「頭が悪いと辛いからね」と言いつつ、童磨は伏せっていた伊黒を向き直らせた。
    虹色の瞳に真っ直ぐと射抜かれ、呼吸が止まる。

    「で、キミはどうして欲しいの? 色々教えてあげようか?」
    「………っ、」
    「俺優しいよ?」

    何と答えたのか思い出せない。或いは返答がないことを了承としたのかもしれないが。
    どうしてこうなったのかを、伊黒は未だに道筋立てて説明することができなかった。
    大雨という非日常のせいかもしれないし、童磨が言うところの〈因果〉かもしれない。

    なんにせよ、二人の関係はこうして始まった。



    伊黒が教鞭を取る高等学校に、文科省による教員研修留学の話が舞い込んできたのは秋の終わりのことだった。

    「ドコに行くの?」
    「スウェーデン」

    教育先進国への視察という名目で、期間は一年くらいの見込みだという。候補として伊黒に白羽の矢が立ったのは、赴任先が国内有数の進学校であったこと、その中でも現在担任をもっておらず独身であることが理由であった。勿論他にも候補はいるし、断ることも任意である。

    「へぇ、そうなんだ」

    童磨は伊黒が作った角煮を朗らかに食べていた。
    昭和の風情漂うキッチンダイニングは物が少なく、彼の自室と違ってすっきりと片付いている。
    童磨は美食家だ。自炊を一切せず、かと言ってファストフードもコンビニ食も口にはしない。
    普段の食事はどうしているのかと訊ねれば、一日一食、夕食のみを相応の店で済ませると言う。家庭料理など遠い記憶だと話す童磨に、勝手に胸を痛めた伊黒は時折こうやって腕を振っていた。

    「スウェーデンって依存症予防のためにアルコールの縛りが厳しいんだよ」
    「え?」
    「酔って声が大きくなるのもご法度だし、千鳥足で歩くだなんて不気味過ぎて人も寄らない」
    「はぁ、」
    「極寒地故に、酔った留学生が路上で寝てしまって凍死する事例も多い」
    「…………」
    「だから、キミも深酒だけは気を付けてね」

    ニコ!と隙なく笑い、童磨は食べ終わった食器を重ねた。会話終了ということらしい。
    伊黒は呆気にとられてしまった。
    それほど真剣に考えていた訳ではない。言語の壁もあるし、候補の中には英語教師がいたので、彼の方が適任だと思っていた。
    さしずめ童磨を試したくて、振った話題だった。そうして、見事に玉砕した。
    全てを詳らかにすれば良いというものでもない。分かっていながら、伊黒は時折どうしようもなく苦しくなる。薄氷の上にいるような関係に名前が欲しいと願ってしまう。

    「エーッ、蛍光灯切れたのかなぁ?」

    洗面所から童磨の呑気な声が聞こえた。
    少し距離を置く方が賢明かもしれない。
    伊黒は静かに絶望した。



    「………何してるんだ?」
    「転んじゃったんだよ。今って、玄関先に荷物を放置するのが主流なの?」

    童磨は住居側の入り口前で蹲っていた。
    ネット注文した蛍光灯が置き配されているのに気が付かず、足を取られて転んだらしい。
    爪の形まで美しい手からは血が滲んでいた。

    「全く酷い世の中だなぁ」
    「いいから中に入れ。手当てするぞ」
    「今から信者来るんだけど」
    「ならば、余計にさっさとしろ」

    指示された通り、開けたこともない箪笥の引き出しを開けると、古びた救急箱が入っていた。
    恐る恐る中を確認する。

    「これ、最後に使ったのいつなんだ……」
    「使ったことないから分かんない」

    消毒液はとっくに使用期限が切れていたが、未開封なので使うことにした。水で洗った方が余程衛生的だろうが、単に伊黒がそうしてあげたいだけだった。
    ハッとしてしまうほどに赤い血を流しながら、当の本人はニコニコとしている。

    「お前の血も赤いんだな……」
    「何色の血が似合う?」
    「青とは言わんが、赤黒い感じかな」
    「キミは俺のこと鬼か何かだと思ってる訳?」
    「……ははっ、当たらずとも遠からずと言ったところだ」
    「酷いや」

    処置の終わった傷口を見て、童磨は初めて眉を顰めた。

    「教祖なのに、こんなところに傷を作って格好がつかないよ」
    「扇でも内側に持って誤魔化しておけ」
    「今、真冬だよ? 可笑しくない?」

    そんな取るに足りない会話をして、童磨は信者の元へと去っていった。
    さて、と伊黒は辺りを見回す。
    約三ヶ月ぶりに来てみると、やはりダイニングキッチンは同じ期間を使われないまま過ごし、うっすらと埃を被っている。伊黒はシンクを磨いて拭き掃除をし、冷蔵庫内の期限切れ食品を捨てた。
    ついでに蛍光灯も替えてやる。

    あれから伊黒は寺を訪れるのをパタリと止めた。元々それ以外に二人の接点はなかった。童磨は伊黒がどこに住んでいるのか知らなかったし、連絡先さえ交換していなかった。話の流れで勤務先だけは伝えていたが、当然訪ねては来なかった。
    一抹の寂しさはあるものの平穏を取り戻し、伊黒は安逸な日々を送っていた。
    昨夜、勤務を終えて学校前の大通りを駅に向かって歩いているときのこと。
    正面から見覚えのある男が歩いてきた。童磨だった。

    「やぁ、久しぶりだね! 元気にしているかい?」
    「………ああ」

    昔の同級生にでも出くわしたような、ギクシャクとしたところのない話し方だった。
    それが童磨らしくもあり、伊黒を切なくもさせる。

    「お前の方はどうなんだ?」
    「んーー、蛍光灯を切らしたままで不便してる」
    「いつまでそうしているつもりだね? 新しいものに替えればいいだけだろう」
    「最近仕事の方が忙しくてさ。電気屋に行くのも億劫なんだ」

    単純なことであるのに、本当に困った顔をしているから呆れた。
    童磨は根っからのアナログ人間である。
    頭が切れる男なので、覚える意思さえあればデジタルにも馴染める筈だが、本人にその気はないらしい。今日びクリックひとつで何でも購入できると言うのに、難儀な話だ。
    悲しいかな、帰宅後の伊黒は寺を宛先にして蛍光灯をネット注文するのだった。その上、こうして律儀に様子を見に来ている始末である。
    とどのつまり、伊黒は腹の底では未だに童磨のことが好きなのだろう。理屈は役に立たない。

    今日は信者との面談がやたらと長引いている。
    童磨曰く、面談ではなく〈告解〉というらしいが、伊黒にしてみればどちらでも良い。
    暇を持て余していると、学生の時分には馴染めなかった文学小説がフと目に入った。今なら新しい視点が得られる期待を胸に、伊黒は表紙を捲る。
    短編なのですぐに読了できた。
    京都に下宿する病人の主人公が檸檬と出会い、その美しさに感銘を受ける。それを爆弾のつもりで洋書店に仕掛けて逃走する、という話だ。

    全く意味が分からなかった。

    「梶井基次郎だね」
    「、っ」

    毎回、可笑しいくらいに肩を跳ねさせてしまうのが悔しい。
    突然耳元から綺麗な声がすることに、全然耐性がつかないのだ。

    「どうだった?」
    「宇宙人が初めて地球に遊びにきたような話だな」
    「キミは何を読んでも、そんな感じなの?」
    「お前の本のラインナップが悪い」
    「生粋の純文学だよ。教科書にも載っているものばかりだろう?」
    「これから何を教訓にすれば良いのか、さっぱり分からん」
    「大抵さ、純文学の登場人物ってクズかヘタレばっかりじゃない? それって可哀想で愛しいよ」

    伊黒は反論するのも面倒になって、適当に本を戻した。
    窓の向こうはすっかり夜の帳が下りている。

    「お腹空いたなぁ。何か食べに出よう」

    童磨が言った。
    空白の時間など端からなかったような声だった。



    「それで、どういった相談だったんだ?」

    二人は童磨御用達の店で夕食をとり、帰路の途中でコンビニへと立ち寄った。
    童磨が煙草をきらしたからである。

    「余命イクバクもないんだって」

    伊黒は頷くでも相槌するでもなく、傍らの缶飲料の陳列棚を見ている。
    童磨は特に気分を害するでもなく、話を続けた。これが男同士の利点であると思う。

    「何のために生まれてきたんだろう、って言うんだよ」

    伊黒は目線だけでチラリと童磨を窺う。頭の片隅で缶コーヒーとドリップコーヒーのどちらにするかを考えながら。

    「そんなもの、ある訳ないのにね」

    やはりないらしい。
    伊黒も同意見であるが、平素から同じような質問を向けられているであろう童磨ならば、ある種の真理を持っていると思っていた。
    「万券しかないや、ごめんね」と言いながら、童磨は支払いをする。

    「おっと」

    お釣りを受け取った拍子に、小銭が散らばった。
    キャッシュレスにすれば良いのに、と伊黒は思うが、口にはしないでおく。

    入り口横の喫煙エリアで、伊黒は隣から立ち昇る紫煙を見つめていた。
    その光景を酷く久しぶりだと感じながら、ぼんやりと缶コーヒーを啜る。

    「ご尤もな理由でもあるのかと思った」

    ん? とシンプルな顔をした童磨は、「ああ、生まれてきた理由ね」と先程の話題の続きであることを理解した。

    「だってさ、そんなものあった方が死にたくならない?」
    「まぁな」
    「陳腐な理由だったらどうするんだろうね? 俺はアマノジャクだからさ。キミはどう思うの?」
    「目前を懸命に生きるしかないのでは」
    「救いがないね」
    「俺は教祖でも何でもないからな」

    あはは、と童磨は声を出して笑う。
    そうして煙草を灰皿に押し付けた。

    「マ、どれだけ短い人生でも生きている時間の方が長いからね」
    「いつかは死後の方が長くなるのでは?」
    「それは生きている他人から見たらだよ。本人は死んだら無になるだけだ」
    「……確かにそうだな」
    極楽浄土を謳う宗教の教祖とは思えぬ言葉ではあるが、言い得て妙だと思う。
    童磨は煙草を揉み消したあとも、伊黒が飲み終わるのを律儀に待っていた。コーヒーは1/3ほど残っていたが、伊黒は見切りをつけると缶をゴミ箱に捨てた。

    「まだ残ってたんじゃない? いいの?」
    「ああ、帰ろう」

    古紙の懐かしい香りがする、あの部屋が恋しかった。



    「留学はやめたの?」

    伊黒の衣服に手を掛けながら、ついでみたいに童磨は問うた。
    常識的に考えてこのムードの中する話ではなかったが、共感性が皆無の童磨に教え諭すことは無駄である。

    「やめた。英語教師の方が適任であったから、そちらを推薦した」
    「そう」
    「………憶えていたんだな」

    ニッコリと不敵な笑みを浮かべると、童磨は作業を再開した。
    突然会話に終止符が打たれることにも慣れているので、伊黒はまな板の上の魚になって好きなようにさせている。

    「本当にキミって均整のとれた身体つきをしているよね。女性と並んでも見劣りしないくらい細部まで綺麗だし」
    「フン、お前に言われると嫌味に思える」

    自分より余程人目を奪う容姿をしながら、何を言っているのだろう、という感じだった。
    伊黒の背後で童磨はアレコレを探している。「久しぶりだからなぁ」と呆けたことを言いながら。少しは片付けろと言いたくなるが、「エーッ、キミがやっておくれよ」と返されるのが関の山なので口を噤む。お願いされれば結局のところ、甲斐甲斐しく世話を焼いてしまう訳であるが。
    抜け目ないようでいて、放っておけない危うさもある。喰えない男だとつくづく思う。惚れた側の遠吠えだ。
    伊黒は窓枠に身体を預けて外を見た。
    街灯に照らされた墓地が仄かに浮かび上がり、上弦の月がくっきりと空に浮かんでいる。
    黄泉と浮世の境界は存外曖昧なのかもしれないと、なんとはなしに思う。

    「そういうシュミがあったの?」
    「は?」
    「見られて興奮するタイプ?」

    伊黒の否定を待たず、童磨は潤滑剤を肌に落とす。ニコニコと人好きのする顔で。
    その部分だけが外気に触れて冷んやりとした。

    「女だったら、今この瞬間にも準備万端だろうにな」
    「一手間かけてもキミとしたいってことだろ」
    「………そういうものなのか?」
    「えっ、キミは違うのかい?」

    そう返されると言葉に詰まる。
    まるで此方が狭量であるかのような気分になってきた。

    「全く酷いや」

    囀るみたいに言って、童磨は伊黒の中に入った。
    この男は自称に違わずいつでも優しい。
    視界が滲んで、墓地も空もひとつになった。

    今この瞬間だけは、桃源郷も極楽浄土も手中にある気がする。霞む頭の端で伊黒は思った。


    ─完─


    あとがき
    まず、このトンデモカップリングのお話を読了できた貴方に拍手喝采を送りますw
    お相手は柱にしようかと思ったのですが、基本的にみんな根が良いので難しくて……キメツの中で恋愛すると一番疲れそうな人を選んでみました🤣
    伊黒さんのような甲斐甲斐しいタイプは、魅力のある屑(言い方w)に引っかかると苦労しそうだよなぁ、なんて。童磨くんに対して『こんなことする奴じゃない!』という気持ちが皆無なので、自分の解釈違いに悩まず書け、最安産でした🌟
    童×蛇を今後書く予定は今のところないですが、誰か書(描)いてくれたら喜んで見に行きます!こういうヒリヒリしたの大好きなので……💞
    読んでくださって、ありがとうございました💐
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