ロジェール飯に振り回されるDと褪せ人 時を遡ること半月前、円卓でふらふらしていた俺にロジェールさんは声をかけてきた。
「今晩料理を作るのですが、貴方も一緒にどうですか?」
「え、いいんですか!?」
「もちろん、腕には自信があるんですよ」
ふわりと微笑むロジェールさんに、こちらも笑顔で返すが、正直舞い上がっていた。
かなり舞い上がっていた。ロジェールさんの手料理を食べる日が来るなんて、俺は運を使い果たしたのかもしれない。
集合場所は円卓のキッチンですよ、と伝えた後楽しそうに手を振りながら去っていった。
俺はその場で小さくガッツポーズをしてから
約束の時間になるまで、無駄に狭間の地と円卓を往復していた。
夜が訪れ、約束通り円卓のキッチンへ向かい
ロジェールさんにこちらへどうぞ。と案内された先には、Dが居た。
少しの絶望が心に重くのしかかるが、ロジェールさんの手作りを食べれるので良しとしよう。全然、ショックなんか微塵も受けてない……
「料理お持ちするので、待っていて下さい」
俺を残してロジェールさんは隣のキッチンへと姿を消した。
テーブルの方を見るとさっきから微動だにせずDは壁を見つめている。重い沈黙の中俺はゆっくりとDの前の席へ座り、どこか様子のおかしい彼に声をかける。
「あの、D?どうした?」
「はぁ…」
深いため息を吐きながら、兜を外したDの顔色が酷く悪い。普段白い肌がさらに白くなり
再びため息をつきながら…両手で顔を覆い
弱々しい声で言った。
「貴公、なぜ来た……」
「え、ロジェールさんに誘われて」
「悪い事は言わん、引き返せ」
「は!?なんで俺が……」
頭に血が上りかけたが、あまりにも弱々しく覇気のないDを見て少しずつ恐怖心が積み重なっていく。よく見るとDの手が震えていた。そこまで恐ろしいのか
「これは、聞かない方がいい事なのかもしれないけど……もしかしてロジェールさん、壊滅的に料理が」
「お待たせしましたー!」
嬉々とした声に遮られ、Dの答えは聞けなかったが確実にそうとしか思えない。
一体どんな料理を出されるのかと怯えていたら、美味しそうな料理達が目の前に出された。
「お?」
「ッ……」
「今日は力作ですよ!味には自信があるのでお口に合えばと」
「とっても美味しそうですね!」
テーブルの真ん中には香ばしくいい焼き加減の肉、赤いロアの実がアクセントのサラダ
目の前に置かれた透明度の高い琥珀色のスープ、デザートにアップルパイ最高か?
見た目からしても百点満点、この料理たちが不味いはずないだろ。目の前のDを少し見ると、さっきの絶望顔はどこへやら。
いつもの表情に戻り、スープを飲み始めた。
「ロジェール、スープの腕を上げたか?とても美味い」
「本当かい?そう言って貰えると嬉しいな」
見なくても分かる、俺の後ろで褒められて嬉しそうにするロジェールさんの顔。
それにしてもDの絶望顔はどこへ消えたのか
本当は俺に帰って欲しかっただけなのか?
いや、考えるのはよそう。心配も杞憂だった。
「ロジェールさん、いただきますね」
「どうぞ、沢山食べてください」
スプーンを手に取り、琥珀色のスープをすくい口へと運ぶ。 どんな味かと想像をしながら
舌にスープが触れた瞬間、世界が暗転した。
何処からか赤子の泣き声と満天の星空に大きな満月、狼の遠吠え、脳の内側から何かに犯されたような気がした。
ハッと意識が戻ると、Dはスープを飲み続け
ロジェールさんはお味はどうですか?と聞いてきた。どうやら数秒気絶していたらしい。味…味?味ってなんだ?
「え、あの……味」
「美味すぎて言葉に出来ないらしい」
「よかった、作ったかいがありますよ」
Dがすかさずフォローを入れてくれた。
もう、兄貴と呼ばせて欲しい。なぜあんなにも平然とスープを飲めているんだあの男は、
正直、スープを飲むのが怖いという感覚がはじめてで、スプーンを持つ手が震える。
「ワインを忘れてました!取りに行ってきますね。」
突然思い出したかのようにロジェールはワインをキッチンへ取りに行った。
Dと二人きりになった食卓は、妙な空気に包まれていた。
「D…D!!さっきは疑って悪かった。俺が間違ってたから、どうかこのスープの飲み方を教えて欲しい。さっきから手が震えて飲めない」
震える声で懇願する俺を見るDの顔色がまた悪くなっている。彼は彼で大変なのは分かるが助けて欲しいほんとに
「気合いで飲め」
「気合いで済む話じゃないって分かるでしょ!?」
「ふふ、冗談だ」
Dの微笑んだ顔を見たのははじめてで、少しときめきを感じてる間に、震える手を捕まれ強引に引き寄せられる。手に軽く唇が触れ
ぶわりと鳥肌が立つ。
「D…なにを」
「黄金よ、この者の魂を律したまえ」
静かな深い声は心地よく響き、身体の内側から温かくなる。恐怖は消え祝福されていることを感じた。Dは、パッと手を離し何事もなかったかのようにスープを飲み始めた。
「それで少しは楽になるだろ」
「え。あ…ありがとう」
心臓の高鳴りは無視して、姿勢を正し恐る恐るスープに口を付けると、先程の気絶は無くなった。
壊滅的に味は不味いが気絶するよりはマシだと思い。黙々とスープを飲む。