酒を飲む褪せヴァレの話 黄金樹の金色の葉が舞い落ちる夜
大量のゆでカニと聖杯瓶を荷物に入れバラ教会に向かう褪せ人の姿があった。
「ヴァレーさん居ます?今日も持ってきましたよ」
「下等…私の貴方ようやく来ましたね」
「誰がゆでカニ持ってきてると思ってるんだこの人は」
バラ教会の入口はヴァレーさんの定位置で、何故かいつも立ちながら聖杯瓶を飲んだりゆでカニを食べたりしている。座って食べろと言っても無駄な気がするので暗黙の了解で、ヴァレーさんの隣に座り、今日分の聖杯瓶とゆでカニを渡す。
どうも、と礼を言ったあとぷりぷりの身肉を少し見つめ口へとゆっくり運び食べ始める。
「やはり、このゆでカニ塩加減が絶妙ですね。聖杯瓶にも合う」
「ならず者が茹でるの上手いんですよ、俺がやるとなんか味が違う気がして」
へー、そうですかと興味なさげに骨だけ残ったゆでカニの殻をこちらに渡してくる。
黙って受け取りゴミ入れの代わりにしている布袋に投げ入れ、そのままヴァレーさんの前に置く。ゆでカニは清潔な布の上に五本ほど出してそれもヴァレーさんの前に置いた。
当の本人は黄金樹を見つめながら聖杯瓶の中にある液体を飲み干し、瓶を地面に投げ付け叩き割ろうとしていたところを、空き瓶を取り上げ新しい聖杯瓶を渡した。
「毎回割ろうとするのやめてくださいって言ってますよね?」
「割ったらどんな顔をするのか気になるんですよ」
「悪趣味だなぁ、デミゴット達倒す難易度上がるじゃないですか」
「本当にデミゴットを倒そうとしてるのですか?滑稽ですね。」
一か月前から聖杯瓶の調合を変えるとアルコールに似た成分を作り出す事が出来ると分かり、二週間前から聖杯瓶を酒の代わりにゆでカニをツマミに、バラ教会の前で飲み食いするようになった。
普段はバラ教会の血なまぐさい匂いが鼻を突くが、今夜は生暖かい風に流されあまり感じない。今日はいい聖杯瓶が飲めそうだ。
「最近はどうなんですか、モーグの調子は」
「様を付けてください。はぁ、モーグ様は相変わらずミケラと籠ってますよ。あんな半端な神の何処がいいのやら、私の方がモーグ様を愛しているのに…私も金髪にしたらいいんですかね私の貴方」
「いやぁー、金髪というか金髪以前の問題というか」
「そもそも、なぜ私がミケラの容姿に寄せないといけないんですか!?腹立たしい…」
聖杯瓶をまた割ろうとしている所を止め
新しい聖杯瓶を渡す。自分もカニを食べながらゆっくりと飲み続ける。
「金髪少年、愛することを強いる事が出来る神には誰も勝てませんって!諦めましょうよヴァレーさん」
「はぁ、毎日私がどんな気持ちで挨拶に行ってるか気持ち分かります?一ミケラ二にミケラ三にミケラ、三度のニヒールよりミケラが好き……そもそも、でかいじゃないですか何処が少年なんですか!?」
「そこは、俺たち褪せ人の永遠の課題ですよ。何かの突然変異とかじゃないですかね」
「適当なこと言わないでください!!」
「すみません、適当なこと言ってました」
カニを手に取り口の中へ頬張る。程よい塩加減にみずみずしさ、舌の上で溶けるような柔らかい肉身に思わず頬が緩む
「なに笑ってるんですか!!」
「ヴァレーさん飲みすぎですって!カニでも食べて落ち着いてください。」
「貴方も例の魔術師に見向きもして貰えなくてさぞかし寂しい思いをしてるんでしょうね!……やっぱりゆでカニ美味しいですね」
「なに人の地雷踏んでおいて、人の持ってきたゆでカニ食べてるんですか!?」
「貴方が食べろと言ったんでしょ!!」
いつも通りの口喧嘩へと発展し、互いに聖杯瓶をがぶ飲み、いつでも殴り合いに発展していいようにゆでカニを少し端へと置く
カニだけは守らないとダメだ。
今回、五回目の集まりだが五回中三回殴り合いへと発展している。今回も始まりそうなので四回目になるだろう。
綺麗な月夜に殴り合いなんて無粋だろうが、魔術師の話をされたら、俺はもう黙っていられない。
ゆっくりと立ち上がり鎧を脱ぎ捨て、心の底から叫んだ。
「俺だって!!!ロジェールさんと旅がしたい!!!!!!!Dが嫌いってわけじゃないんだ!!!俺も混ぜて欲しいだけなんだよ!!」
「それ、完全に私の貴方が邪魔」
「分かってんだよ!!!そんなこと!!!!
けどさ、別れてた相手が実は会っててまだ仲良いんだよねーって心が折れそうだよ!!!
ロジェールさんDの事まだ好きなのかなぁ、絶対好きだよなぁ、俺分かるもん」
「……ほら、泣かないで下さい私の貴方
鎧も着て風邪引きますよ。カニでも食べてください」
「ヴッ、ヴァレーさん……ありがとうッて殻じゃねぇか!!!!!!!!!!」
渡されたカニの殻を地面に投げ付ける。ノリツッコミが相当ツボに入ったのか、ヴァレーさんは声も上げずに体を震わせている。
「それでも軍医か!!メンタルケアどうなってるんだよ!!?誰が俺の心を癒してくれるんだ」
「んふっ …私は外科専門でメンタル系は専門外ですよ私の貴方」
「真っ当な返答なのが腹立つ」
ヴァレーさんから聖杯瓶を奪い取り、残りを飲み干すと少し冷静になった。溜息をつきながら隣へ座り直す。 アルコールが回ってきたのか自分の肌が少し赤みを持っている気がする。じんわりと汗をかき始め頭痛もしてきた。
「半裸で私の隣に座るのやめて下さい。」
「なんで、俺達毎回一緒に飲み食いしてるんですかね。」
「人の話聞いてます?…はぁ、お互い傷の舐め合いしてるんですよ、虚しいですね。」
ため息をついた後、めずらしくヴァレーさんが隣に座ってきた。大の大人が二人で肩を並べて黄金樹を見ている姿はさぞかし滑稽だろう。それでも今はあまり気にならなかった。
互いに同じ心の傷を負った同志との傷の舐め合いは、ある意味心地よいものなのかもしれない。
「ヴァレーさん俺と付き合ってみますか?」
「は?」
いつも人を値踏みするような声色はどこへ行ったのか、本気で訝しむ様な声を出されると少し傷付く。ヴァレーさんの方を見ると、正気か?と目が訴えてくる。
「正気ではないですけど、手に入らない物追いかけるのってしんどくないですか?」
「……それで、私に諦めろと」
「俺の事は好き勝手使ってもらって構わないんで」
「貴方になんのメリットがッ」
「俺にヴァレーさんを使わせてください」
「何を言って」
「代償があるなら対価も必要じゃないですか、対等に行きましょうよ…ねぇ、私の貴方」
「ッ……ぅ」