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    副官とピイナ補佐官の小説⑤

    ・前作の続き
    ・次長がえげつない
    ・戦争ってこういうことですから……

    影になり日向になり -最終章-ピイナは部屋の隅に座りこむと、目を閉じた。

    あの日、副官の力を借りて、なんとか自分は逃げのびることができた。命からがら、やっとのことで自由同盟の地下アジトの一つにたどり着き、そこに身を寄せ、助けを得た。日々のピシアによる追跡の恐怖に怯えながらも、なんとか今日まで生きながらえることができた。
    ギルモアが敷いた体制は、あまりにもひどいものだった。街中に監視装置が設置され、わずかでも自身への反逆ととらえられる言動は、徹底的に弾圧された。そのような言動をした者だけでなく、その家族さえもピシアにとっては拘束の対象だった。ギルモアの官邸の屋上から時おり聞こえる銃声に、ピリカの人々は恐怖した。

    社会的な恐怖と不安は、さらに人々の心を蝕んでゆく。

    わずかでも自身の居場所を確保するため、次に人々の目は他人へ向かった。クーデター以降、疑わしき者がいればただちに密告し、報酬を得る者が後を絶たない。そんな人々の心理を利用して、ピシアはピイナに懸賞金をかけた。

    ──副官から借りたこの服が、こんなにも役に立つなんて……

    部屋の隅にうずくまりながら、ピイナはぎゅっと腕をつかんだ。ダボダボだった隊服は、自身のサイズに合うよう、自由同盟の人間が仕立て直してくれた。多少、不自然さは残るが、それでもこの隊服を着ている限り、今のところはバレていない。しかし、身を隠す期間が長くなれば長くなるほど、さらに残酷な知らせがピイナの耳に届く。


    ──本日午後より、1日につき1人、国民を無差別に銃殺する。ピイナ補佐官、出てくるならば今のうちだ──


    宇宙へ逃れたパピとゲンブ、そして未だに身を隠している自分への、国民の怒りを利用したピシアの警告だった。国民からすれば、国を守るべき人間が命惜しさに自分たちを置いて逃亡したとうつっても、なんら不思議はない。自由同盟の人間は止めたが、ピイナにとっては限界だった。自分が姿を見せさえすれば、国民は救われるのだ。
    自由同盟の人間は、全て別のアジトへ避難させた。ピシアへもこの場所は連絡済みだ。来たる拘束の瞬間に怯えながら、ピイナは1人、暗い部屋の中で震える体を抱え込んでいた。







    -……コツ……コツ……

    誰かが階段を降りてくる音が、ピイナの耳に届く。ついに来たかと、ピイナはさらに体をこわばらせた。

    ──来るのは誰かしら。副官かしら……

    せめてもの願いだった。彼ならば絶対に手荒なことはしない。たとえ捕まったとしても、彼の手柄になるならばそれも悪くないなと、靴音を聞きながらピイナは力無く笑った。

    -……ガチャリ

    重い扉がゆっくりと開かれる。見ると、背後の光に照らされながら、見覚えのある軍服の男が扉の前に立っていた。
    「……あなたは……」
    「久しぶりだな。ピイナ補佐官」
    光の眩しさに目を細めながら、ピイナは男に問いかけた。男は笑みを浮かべている。
    「まさかあのときのドジな女が、あんただったとは思わなかったよ。隊服なんか着て、ずいぶんと手こずらせてくれたじゃないか」
    ピイナは、男の軍服に目をやった。紺色の軍服に縫い取られているラインは白だ。間違いない。官邸を出た直後に、銃を持たない自分に声をかけてきた男だ。
    「ええ。ピシアも大したことはないわね。子ども1人見つけるのに、ここまで苦労するんだもの」
    「あんたの逃げ足が速かっただけさ。まずは、そのヘルメットを取ってもらおうか」
    そう言うと、男は銃を取り出した。まっすぐにその銃をピイナに向ける。
    「言われなくても分かっています。せっかちな男は嫌われるわよ」
    「心外だな。こう見えて俺は、ピシアでいちばん女に優しい男で通っているのに」
    男は、さらに口角を上げた。
    「処刑でもそうさ。男はすぐに殺す。だが、女はできる限り生かすよう努力する。まずは足を撃って骨を砕く。悲鳴を聞いたあとは腹だ。2.3発、腹にぶち込んで声が小さくなってから、次は触角を狙う。両方ぶち抜いて、自分の声すら聞こえなくした後は、いよいよ……」
    「やめて!!」
    あまりにも残酷な光景を想像して、ピイナは声をあげた。
    「……とまぁ、こんな具合に俺は女には優しい。今のあんたにしたって、強引にヘルメットを剥ぎ取ることは可能なのに、俺はそれをしていない。さっさと取った方が身のためだと思うが?」
    そう言い、男は照準を合わせた。男に促され、ピイナは震えながらヘルメットに手をかけた。保護シールドによって暗かった視界がひらける。
    「……へぇ、近くで見ると可愛い顔をしてるんだな。その可愛い顔で、その隊服の持ち主も、たらしこんだのか?」
    「……なんですって?」
    ピクリとピイナの口元が揺れた。
    「誰があんたにその隊服を貸したのか。あの日のあいつの行動を考えれば、だいたいの見当はつく。着替えもあいつには見せたのか?」
    男はそう言うと、手に持っていた白いスーツとパンプスを、ピイナに投げ渡した。
    「あんたの執務室のクローゼットに残っていたよ。全くもって詰めが甘い。俺だったら持ち去るか、その場で燃やすがね」
    男はそう言うと、ニヤリと笑った。


    「着替えろよ。あんたの服だ。今すぐここで隊服を脱げ」


    「……な!?」
    ピイナは目を見開いた。
    「副官にも見せたんだろう? 別に裸になれとは言っていない。上着とズボンを脱いで、自分のスーツに戻れと言っているだけだ。それとも下着すらつけていないのか?」
    「……ッ!!」
    男の言葉にピイナは体をこわばらせた。この男は全てを分かっている。分かった上で、自分を辱めようとしているのだ。

    「……副官と言ったわね……」

    ピイナは動揺を押し殺して、男に向き直った。
    「あなたの言う通り、確かにこの服は副官のものよ。でも、これは先日、彼が忘れていったもの。クーデターの日に、たまたま目に入って、私個人の判断で着ただけよ。彼は何も知らないわ」
    「ずいぶんとあいつを庇うじゃないか。奴も俺と同じピシアなのに」
    「副官ならあなたと違って、私に着替えを強要したりはしないでしょうね。しても、きっと後ろを向いているわ」
    「官邸では、そうやって着替えたのか? 俺は絶対にやらないね。不意打ちされちゃあ、たまったもんじゃない」
    「副官は関係ないって言ってるでしょう!?」
    ピイナは声を荒げた。男の口から出る一言一言が、不愉快で仕方がない。

    「その副官だが」

    ピイナの声など全く気にしていないとでも言うように、男は続けた。
    「パピを追って、今は長官と遠征中だ。一体なんで長官は、あんなドジをいつまでも副官にしておくんだか……」
    男は顔に不快感をにじませた。
    「本来ならば、あの立場にふさわしいのは俺のはずだ。だが、長官はあいつを選んだ。俺には次長なんて大そうな役職を与えて、結局いつも副官を守る。付き合いが長いって理由だけで、いつもいつも……」
    男は唇を噛み締めた。
    「俺には長官にも負けない冷酷さがある。あんな詰めの甘い脳筋野郎とは違う。今回の件だってそうさ」
    男は続けた。
    「国民を無差別に銃殺すると言えば、絶対にあんたは出てくると思った。こんな考え、副官じゃあ絶対に思いつかない。なかなかいいアイデアだと思わなかったか?」
    「……あなたがッ……!」
    ピイナは男を睨みつけた。
    「よくそんな考えが思い浮かぶものね。これで私が名乗り出なかったら、どうなっていたことか」
    「そのおかげで、俺はあんたを捕えるという手柄を立てた。だが、副官はどうだ?」
    男はピイナを見つめた。
    「あいつはくだらない情に流されて、あんたを逃がした。結果的に戦争は長引き、ピシアも自由同盟も犠牲者は増える一方だ。この落とし前をどうつけるのやら」
    男は舌打ちをすると、しばらく黙り込んだ。一連の話から察するに、この男はひどく副官に嫌悪感を持っているようだ。

    「……俺は」
    しばらくの沈黙ののち、男が口を開いた。
    「長官がピリカに帰ってきたら、俺は副官の違背を進言するつもりだ。この責任はしっかりと取ってもらう」
    「……え」
    ピイナは目を見開いた。
    「違背を進言って……。じゃあ副官は一体……」
    「どうにもならんさ。命令に背いた軍人の最期はたいてい銃殺だ」
    「!!」
    ピイナはさらに目を見開いた。
    「俺からすれば、さっさと死んでほしいところなんだが、残念ながら証拠がない。あんたを痛めつけて、一言『副官が逃がしてくれた』という証言が得られれば、楽なんだがねぇ」
    男の言葉に、ピイナは体をこわばらせた。
    「だが、そんなことを長官が許すはずがない。あの人は意外と優しいんだ。拷問なんて絶対に認めない。だから、副官の違背を伝えたところで結局は不問さ。……安心したか? ピイナ補佐官」
    男はピイナを見つめると、さも残念とでも言いたげに息をはいた。


    ──絶望、動揺、恥辱、怒り、焦燥、恐怖


    ピイナの目には、この男が自分の感情のゆれ動きを、心底楽しんでいるようにうつった。そのいやらしさと冷酷さは、ドラコルル以上ではないだろうか。

    「さ。話はここまでだ。すぐに隊服を脱げ。いつもの白いスーツの方が、見栄えがいいってもんだ」
    「……私が」
    ピイナは唇を噛み締めた。
    「……私があなたの目の前で着替えることは、耐えがたい屈辱よ。だから約束してほしい。辱めを受ける代わりに、副官を陥れるようなことは絶対にしないで」
    「そんなもん約束できるか。さっさと着替えろ。あいつの着替えは見たくせに自分は屈辱だなんて、こんなときだけ"女"を使うんじゃあない」
    男は銃を持った手をさらに伸ばした。先ほどよりも至近距離で、男の銃口がピイナを狙う。

    ──副官……

    決して助けを求めてはいけない男の姿が、ピイナの心の中に浮かび上がる。
    隊服のファスナーに手をかけるピイナの手は震え、その目には涙が浮かんでいた。














    部下たちにピイナの連行を任せた男は、床に落とされた緑の隊服に目を落とした。先ほどまでピイナが着ていたそれは、靴、ヘルメットも含めて、無造作に床に広げられている。


    「いやはや。いいものが見れたねぇ」


    男は笑みを浮かべながら、隊服を拾い上げた。それを自身の顔へ持っていき、スンと鼻をならす。
    「あの年代の女の肌は最高だ。ふくらみかけた胸に、水も弾きそうな肌。そして何よりこの香り……」
    男はさらに顔を寄せると、隊服ごと息を吸い込んだ。

    『辱めを受ける代わりに、副官を陥れるようなことは絶対にしないで』

    嫌悪感を込めた目で、自分を睨んできたピイナの言葉を、男は思い起こした。
    「……ずいぶんな言われようだ。長官だけでなく、補佐官の心もつかみやがって……」
    男はそう言うと、ぐしゃりと隊服を握りつぶした。床に投げ落とし、そのまま軍靴で踏みつける。



    「短足のブ男が。やるじゃあないか」



















    ピイナ拘束の知らせを受け、ドラコルルは安堵の息をついた。ピイナがピシアの手に落ちた以上、必ずパピはピリカに戻ってくる。当初の予定とは少し違ったものになったが、自分たちが有利であることには変わりない。ピリカに帰還したら、ピイナにどんな言葉を浴びせてやろうか。そう思いながら、ドラコルルはほくそ笑んだ。

    ──しかし、副官。顔色ひとつ変えないとは、なかなかやるじゃないか。

    ピイナ拘束の知らせを受けたとき、真っ先に頭に浮かんだのは、副官の姿だった。官邸への襲撃前、彼はピイナに特別な感情はないと話していたが、それが信用できるものかどうかは怪しいところがあった。しかも部下たちの話を聞くに、クーデターの日、彼は部下たちを地下へ向かわせ、自分は1人、官邸の上の階を目指して階段をのぼっていったという。

    ──副官が故意にピイナを逃したのではないか

    そんな疑惑がピシアの内部では持ち上がっていた。ドラコルルは信じなかったが、なにせ何事も疑ってかかる性分ゆえ、副官のその後の態度は注視すべきものがあった。
    感情がすぐ顔に出る彼のことだ。敵とはいえ、想い人が拘束されたとなればきっと動揺するだろうと、ドラコルルは思っていた。

    ところがピイナ拘束の知らせを受けても、副官の態度に全く変化はなかった。

    パピの仲間を甘く見、取り逃したことに苛立つ上官の感情を察して、確かにうろたえる場面はあった。しかし、ピイナ拘束の知らせを聞いた瞬間の彼は、動揺どころか喜びの声すらあげていた。彼の心の内が本当はどうだったのかは分からない。しかし、少なくとも彼は自分の部下であり、絶対にピイナの味方ではない。その確信が得られただけでも、ドラコルルにとっては十分だった。

    「長官」

    ふいに自分を呼ぶ声に、ドラコルルは顔をあげた。
    「ワープに入ってしばらく経ちました。そろそろお休みになっては?」
    見ると、副官がいつものごとく心配そうな表情で、自分の方を見つめている。
    ピリカまでの道のりは長い。帰還すれば、また自由同盟との戦闘の日々で休む暇もないだろう。超空間にいる間だけでも休んでほしいという副官なりの気遣いだった。
    「いつもすまんな。少し考え事をしていた」
    ドラコルルは副官に目を向けた。
    「さっきの映像通信の話だ。ピイナにビンタを食らいそうになった。実際に会ったらどんな恨み言を聞けるのか、今から楽しみで仕方がない」
    「そりゃあ補佐官も悔しいでしょうよ。一度は出し抜いた相手なんですから」
    副官が口を開いた。
    「純粋そうな顔をして、平気で我々に嘘をついたんです。しかも俺の隊服を着て逃走していただなんて、キツネみたいな女ですよ」
    「少し前までは『可愛い』と言っていたのに、ずいぶん見方が変わったじゃないか」
    「あの容姿にだまされましたね。こう見えてショックだったんです。俺からすれば、あなたの方が分かりやすい」
    副官は続けた。
    「嘘をついているときのあなたは饒舌になる。でも、あの娘の嘘は本当に見抜けなかった。つくづく女は怖い生き物だと思い知りましたね」
    「全くだ。……どうだ? 副官」
    ドラコルルがニヤリと笑った。



    「ピリカに到着したら、私はさっそくピイナの独房へ行くつもりだ。どちらが先にあの娘を泣かせられるか、勝負しないか?」



    「……え?」
    副官の動きが一瞬止まった。ドラコルルは顔に笑みを浮かべたまま、じっと副官を見つめている。

    しばらくの沈黙ののち、副官は口を開いた。
    「……俺はやめておきます」
    副官は笑顔を見せた。
    「あの娘がどんな泣き顔を見せるのか、興味はありますよ。よくも俺たちをだましたなと、殴りかかりたい気持ちもある。でも……」
    副官はきっぱりと告げた。





    「嫌いな人間には関わりたくない。あの娘とは、もう二度と会いたくありません」





    副官の言葉に、ドラコルルは笑った。
    「そうか。ならば仕方がない。ピイナの泣き顔は、私だけで楽しむとしよう」
    内に秘めた冷酷さを隠す気など、さらさらないのだろう。ドラコルルは笑みを浮かべながら、艦橋から立ち上がると、仮眠を取るべく操舵室を後にした。
















    自身の心についた嘘を、副官は生涯、誰にも語らなかった。






    おわり
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