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    ドラコルル長官と副官の小説⑤

    ・前作の長官視点

    #ドラコルル
    dracol
    #長官
    #副官
    adjutant

    その名を忌む   -長官-やられた。

    ドラコルルはすでに息絶えた目の前の男を愕然と見下ろした。部屋にただよう微かなアーモンド臭。青酸カリだ。
    拘束時に何か隠し持っていないかはおおよそ調べたはずだ。だがこいつは、いつでもその命を絶てるよう、奥歯に毒を忍ばせていたのだ。

    その日、自身も含め諜報部のほとんどの人間は基地の外へ出ていた。そのタイミングでこの男は諜報室へ侵入し、軍の機密を探ろうとした。扉にかざすIDカードは偽装され、残っていた数人の部下たちも眠らされていた。幸い、空軍所属の1人の男が異変に気づき、スパイは拘束され、事なきを得た。知らせをうけて基地に戻り、尋問しようとした矢先の出来事であった。

    勤務を終えたあと、ドラコルルは昼間の出来事を思い出しながら、夜道を歩いていた。悔しさから、ギリッと歯を鳴らす。こういう日は夜風にあたるに限る。



    …それにしても、スパイを捕らえたあの男。あの名前はあまりにも…。

    知らせを受け、諜報室に戻ったときには、スパイを確保した男の姿はすでになく、部下から簡単な報告を受けたのみであった。その男の名前があまりにも異質であったため、ドラコルルの頭にはその男のことが深く刻まれていた。



    ふと、顔をあげると軍の人間馴染みの居酒屋の前に来ていた。店の中からは、賑やかな声が漏れている。プライベートで大勢の人間と飲むのは好きではないが、居酒屋特有の、あのガヤガヤした雰囲気は嫌いではない。諜報部として、他の組織の雰囲気や内情を知ることも仕事のうちだ。ドラコルルは胸元の諜報部の組章をポケットにしまい込み、店の扉を開けた。

    店に入るとやはり基地の近くとあって、店内の客のほとんどは軍の人間であった。カウンター席に座り、適当な酒とつまみを注文する。背後では、数人の男たちがしゃべっていた。ドラコルルは出てきた酒を飲みながら、耳をそば立てた。



    「しかし、中尉、なんであいつが怪しいって分かったんですか」
    「廊下ですれ違った時にピンと来たんだ。あれは後ろめたいことがある人間の顔だ。後をつけてみたら案の定、諜報室に入りやがった。諜報部の組章もない人間がだ」
    「サングラスをかけているのに、後ろめたいとか分かるもんですか」
    「分かる。口元とか、歩き方とか、靴の音とか…。あとはまぁ勘みたいなものだ」

    ドラコルルは背後の会話を聞き、目を見開いた。

    ーあのとき、スパイを捉えたのはこの男だったのか。

    ドラコルルはさらに背後の会話に意識を集中させた。

    「中尉は本当にすごいですよ。いつから、俺に子どもが生まれるってこと気づいてたんです?」
    「春頃だな。やたら上機嫌だし、お前は分かりやすすぎる。いつ公表するのか、こちらは黙っておくのが大変だった」
    「はは、公表したその日に妻あてにルイボスティーだなんて、準備がよすぎて驚きましたよ」

    ースパイの確保といい、部下への気遣いといい、ずいぶん勘のいい男だ。

    やがて話題は子どもの名前の話になった。が、ドラコルルは背後の会話にわずかな変化を感じた。確かにそこにいるはずなのに、あれだけ話の中心にいた男の気配が消えたのだ。

    ー自分の名前が異質なゆえ、この話題はつらいのだろうか?

    ドラコルルはその男に興味を持った。あの男と話してみたい。腕時計を見ると時刻は10時半を回っていた。店内にいるのは、自分と背後のグループだけだ。ほんのわずかな期待を抱いて、ドラコルルはカウンターテーブルに伏せた。



    「大丈夫か?」
    酔い潰れた人間など、放っておけばいいものを、やはり声をかけてきた。ドラコルルはニヤリと笑った。男に気づかれないよう、寝起きを装い、ゆっくりと体を起こす。
    「…すまん、寝ていたか」





    宿舎への帰り道、ドラコルルは隣に歩く男の姿を横目で観察した。ずいぶん大きな身体だが、荒々しい感じはしなかった。

    「お疲れだったのですね」
    男が心配そうにドラコルルに目を向ける。さっきの部下たちへの気遣いといい、自分への態度といい、体格に似合わず優しい奴だなと、ドラコルルは苦笑した。

    その名前に全くそぐわない性格のこの男は、どれほど自身の名を嫌っているのか?ドラコルルは自分の目で確かめるべく、中尉に質問した。
    「君、名前は何という?」
    軍の教育はしっかりと受けているはずだ。上の階級の人間になら、軍人らしく快活な口調で答えるのだろうか?
    「自分は、第9連隊の…」
    続く声が小さくなる。わずかな沈黙ののち、男は小さな声で自身の名を答えた。

    ーなるほど。これは重症だ。

    ドラコルルは男に気づかれないよう、男の衣服に盗聴器を忍ばせた。
    「私はドラコルルという。中尉、今日はありがとう。また会おう」

    宿舎の入り口に着くと、ドラコルルは中尉に別れを告げ、その場を後にした。







    大統領選が近づいていた。
    「全く政治家というのは、叩けば埃が出る奴ばかりだな。こんなことをしておいて、大統領になろうというのだから、世も末だと思わんか」
    ギルモアは諜報室のドラコルルの机に広げられた資料を見ながら、呆れたように呟いた。
    「おっしゃる通りです。将軍」
    ドラコルルもギルモアに同調した。机の上には大統領候補者3人のうち、2人の汚職の証拠となる文書がずらりと並んでいた。
    「子どもの方は何か出たか?」
    ギルモアがドラコルルに問うた。
    「全く出ません。その頭脳もさることながら、各方面からの人望も厚い」
    「まだ10歳やそこらの子どもでは、金や権力にそこまで興味はあるまい。純粋な思いだけで、出馬しているのだ。…実に好都合だ」
    ギルモアがニヤリと笑う。ドラコルルもその顔に笑みを浮かべた。
    「して、他の2人の汚職情報はいつ流す?」
    ギルモアが問うた。
    「投票日の直前です。早すぎれば、言い訳を考える時間を与えてしまいます」
    「では、お前に任せる。何としてもあの子どもを当選させろ。計画の第一段階だ」
    ギルモアが諜報室から出て行くのを見届けると、ドラコルルは椅子に深く腰掛けた。



    ギルモア将軍を中心とした軍内部では、恐ろしいクーデターの計画が企てられていた。

    まずはあの10歳の少年を確実に大統領に当選させる。各議員は、それぞれに汚職の情報を匂わせた上で、こちらの陣営に引き入れる。

    金と利権が渦巻く政界は、既得権益にしがみつく人間は多い。いくら国民から人気があろうが、清廉潔白さゆえ、あの子どもは必ず政界で孤立する。どんなに正しい政策を提案しようが、必ず古巣の反発を招く。そこを利用するのだ。

    時期が来るまで、この計画は絶対に悟られてはならない。今は、軍としての失態をさらさぬよう、大統領選に向けて治安の維持と警備に万全を期す。

    ドラコルルは、候補者の情報を警備隊と共有すべく、諜報室の扉を開けた。



    廊下に出ると、あの男の後ろ姿が見えた。
    「中尉」
    ドラコルルは呼びかけた。振り向いた中尉はドラコルルの背後の部屋を見て、一瞬驚いたようだった。
    「諜報部の方だったのですね…」
    「ああ、自己紹介が不十分だったな。ここの室長をしている。3日前は、ありがとう」
    ドラコルルは中尉に頭を下げた。
    「自分は、何も大したことはしていません。どうか頭をあげてください」
    頭をあげると、中尉の視線は、自身がもつ資料に向かっていた。
    「その資料、大統領選に向けてのものですね」
    やはり、よく見ている。この書冊の表紙だけで察したか。
    「ああ、候補者たちをよく思わない人間もいる。詳しくは言えんが、あらゆる可能性を潰しておく必要があってな。まぁ、君達の手を煩わせるようなことはないだろうが」
    「何かありましたら、おっしゃってください。俺も含め、第9連隊の奴らはなんでも協力しますよ」

    ー協力か。時期が来たらぜひとも頼むよ。

    ドラコルルは中尉に微笑んだ。






    『すぐ医務室に行け』
    『いや、そんな、こんなの大したことないですってば!』
    『歩き方が違う。さっきの訓練で痛めたな?血の匂いもするぞ』
    『うわ、いきなり抱き上げないでくださいよ!』



    中尉に忍ばせた盗聴器の音声を聞きながら、ドラコルルはため息をもらした。

    ーやはり有能な男だ。

    部下への気遣いといい、その観察眼といい、指示の的確さといい、逸材であった。
    おそらくずっと昔から、その名前ゆえ軽蔑や好奇の目にさらされてきたのだろう。それゆえ人の表情、行動に敏感なのだ。子ども時代には、いじめも経験したかもしれない。あの名前をつけた親の心は全く理解できないが、あの男の人を見る目、察する力は、間違いなく自身の名前によるところが大きい。

    時計を見ると、午後2時を回っていた。盗聴器の音声を聞くに、あの男の部隊は食堂で少し遅めの昼食をとっている。ドラコルルは、椅子から立ち上がり、食堂へ向かった。




    「中尉」
    ドラコルルの姿に気づいた中尉は、急いで隣の席の椅子を引いた。ドラコルルは椅子に座ると、ぐるりと周囲を見渡した。
    「君達が第9連隊か。先ほどから見ていたが、ずいぶん仲がいいようだな」
    「そりゃ中尉の下にいますから。どんな軽口も許していただいております!」
    隊員の1人がにこやかに答えた。
    実に隊の雰囲気が良い。隊員たちは、次々に口を開き、中尉の人柄や失敗談を話してくれた。その名に似合わず、この男が非常に好かれていることがドラコルルには見てとれた。
    「君はずいぶん好かれているんだな」
    腕を組みながら、中尉に告げる。
    「まぁ、ここの連中には恵まれました。子どもの頃は…」
    中尉の言葉が途切れた。ドラコルルはサッと中尉の衣服に仕込んだ盗聴器を取り去り、自身の手中に納めた。
    「君が慕われているのは、君の人柄だろう」
    そう呟き、中尉を見遣る。
    中尉の視線は自身の膝に置かれた手に向けられていた。







    大統領選の最終日、投票を終えたドラコルルは宿舎への帰り道を歩いていた。

    もはや大統領選の結果は明らかであった。3日前に流した2人の候補者のスキャンダルは瞬く間に世間に広がり、両名の慌てふためく姿に、国民は辟易した。明日には、あの子どもが大統領になる。計画の第一段階は成功だ。

    ふと前を見ると、あの中尉が歩いていた。
    「中尉」
    ドラコルルは中尉に声をかけた。
    「投票の帰りか。一緒に行こう」


    「君はあの子どもをどう思う?」
    ドラコルルは中尉の意志を確認すべく、探りを入れた。この男も、あの子どもに投票したのだろうか?
    「…正直なところ、眩しいです」
    中尉は答えた。
    「完全無欠すぎて。悪いところが何一つ見当たらない。ああいう人間は、たいてい博愛主義で平和だの、軍縮だの、綺麗事を述べるものなのに、あの子どもはそうじゃなかった。きちんと俺たちにも配慮ができる人間だと思いました。ついつい、期待してしまいます」
    中尉の言葉にドラコルルは、微笑んだ。才能にも、家族の愛情にも、その名にも恵まれた若き大統領。さぞかし君には眩しく映るだろうな。
    「眩しいか…。君らしい」

    「ドラコルルさんはなぜ俺に近づいてくるんですか」

    一瞬の虚をつかれ、ドラコルルは歩みを止めた。平静を装い、中尉を見つめる。
    「どういう意味だ?」
    「諜報部の室長まで務めておられる方が、たかが中尉の俺を、こう何度も呼び止める理由が分かりません」
    ドラコルルは黙って中尉の顔を見つめた。


    …今が言うべきタイミングか。

    ずっと心の内にあった考えを、ドラコルルは中尉に話すことにした。この男を自分のもとへ引き抜きたい。


    「君に興味がある。その名も含めてな」
    ドラコルルは静かに中尉を見つめた。
    「これでも諜報部の人間だ。君の名はずっと前から知っていた。正直なところ、どんな悪人ヅラかと思っていたよ」
    ドラコルルは続けた。
    「ところが実際の君は、真面目で、朗らかで隊員たちに慕われていた。部下たちの心や行動の変化を敏感に感じとる。おそらくは私にも違和感を感じていただろう?その観察眼は見事なものだ」
    ドラコルルはさらに続けた。
    「その観察の目は、一朝一夕で身につくものではない。おそらくは過去に他人から向けられた好奇や冷たい眼差しから得られたものだろう。その点に関しては同情する」
    中尉は、黙ってドラコルルの言葉を聞いていた。ドラコルルは中尉の肩がわずかに震えていることに気がついた。
    「私は君を評価している。ぜひとも諜報部に来てほしい。その名ゆえに苦しいことも多かっただろうが、その名だからこそ君は類まれな観察の目を身につけることができたのだ。…まぁ、少々おっちょこちょいなところはあるようだが」
    そこまで話し、ドラコルルは中尉の反応を伺った。
    「…この名前でほめられる日がくるとは思いませんでした」
    涙を押し殺すような中尉の声に、ドラコルルは微笑んだ。
    「もっと自分に自信を持つがいい。そうすれば心から笑える日も来るさ。いい返事を待っている」



    中尉が自分のもとに来てくれればきっとクーデターは成功する。この優しい男も、いずれは計画の中心となってあの子どもを追い込むことになるだろう。

    心に生じた痛みに、ドラコルルはわずかにその口元を歪めた。






    つづく
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