お伽噺ならよかった「マスターー聞いてくださいよ」
「沖田さんどうしたの」
現時点でのやることも終わり、所謂マスタールームと呼ばれている自室でさて何をしようかと考えていたところだった。
いつもならノックをしてから入ってくる沖田さんが、ノックもせずに入ってきたことに少し驚く。
それにしても沖田さんがそんな急ぎで来るなんて、何か緊急事態だろうか。
なんてことを考えながら沖田さんを部屋の中へ招き入れる。
「あぁっ突然ですみませんマスター。この後何かご予定があったりしますか」
それなら一旦出直しますので
しかしそう言いきった沖田さんに、どうやら緊急事態ではないらしいと察すると同時に続きを促す。
「聞いてください最近斎藤さんがひどいんですよ」
「一ちゃんが」
沖田さんの口から飛び出た人物に思わずオウム返しをする。
仕合してくれないーーなんてことは、沖田さんももう慣れっこなはずだけど。
そう考えると何か別の、沖田さんで言う“ひどいこと”があったのだろう。
更に続きを促すと、しょんぼりと言った効果音が付きそうな沖田さんがポツポツ話始める。
一ちゃん、本当に何したのこれ。
私だいぶ一緒に居るはずだけど、こんな沖田さん初めて見たよ?
「最近、斎藤さんが私のこと無視するんです……。声掛けても聞こえてないみたいで、私のことなんて全然見えてないみたいに……」
「……沖田さん、それ本当?」
聞こえてないし、見えてない。
それを聞いて、そういえば一ちゃんが変なこと聞いてきたときがあったな、と不意に思い出す。
つい先日、レイシフトメンバーで集まったとき。
この時は沖田さんも一緒に居たけれど、後衛だったのもあり一ちゃんと話してないだけだと思ってた。
でも、思い返せば。
「今日のメンバーって5人」だなんて。
誰かを見かけてないだとか、数え間違えたんだろうだとか思って余り気にしなかった私も悪い。
多分、一ちゃんはあの時から既に沖田さんが見えてなかった。
……んだと思う。
「……マスター?」
「ん?あぁ、ごめんね沖田さん」
物思いに耽り話さなくなったことで、少なからず不安を与えてしまった沖田さんに謝りをいれる。
でも、もしこれが正解なら。
一ちゃんが私に言ってこないのは、まだ確信してないからとかかもしれないし。
そもそも見えも聞こえもしなければ、確信なんてできないよねとも思うけれど。
「ね、沖田さん。一ちゃんのところ、一緒に行こっか」
「……はい?」
事情の全く分かってない沖田さんは何で?って顔してて本当に申し訳ないけれど。
これ多分だけど、第三者が関わらないと何も解決しない気がするし。
***
「一ちゃん」
「どしたの、マスターちゃん」
私が声をかけるとへらりと笑う、何時もと変わらない一ちゃんがそこに居た。
……私だけに限るなら、だけれど。
さっき沖田さんに言った通り、沖田さんは私のすぐ隣に居る。
別に霊体化してるわけでもなく、私が頼んだから何も話していないだけの状態で。
それなのに一ちゃんは、私の方は向いたけど沖田さんには見向きもしない。
あ、沖田さんが更に落ち込んでく……ごめんね沖田さん
「一ちゃん、私に何か隠してるでしょ?」
「いやぁ、僕がマスターちゃんに隠し事なんてするはずないじゃない」
うん。そうだね、そこはちゃんと信用してるよ。
でもこれは、確証が持てなくても言ってほしかったかなぁ……。
なんて。
「ねぇ、一ちゃん。……沖田さん、見えてないでしょ?」
「……何言ってんの、マスターちゃん。そんなワケないでしょ〜」
一ちゃんが一瞬、ほんの僅かに肩を揺らした。
ほぼ確信してたんだろうなぁ、これ。
「え?」
沖田さんはビックリして目、見開いてるけど。
いや本当にごめんね沖田さん。これが終わった後で一ちゃんと休暇取って。
二人で何処か行って美味しいものでも食べてきて。本当に。
「正しく言うなら見えてないし声も聞こえない……で合ってる、かな?」
「え、じゃあ……」
沖田さんの顔がサッと曇る。
それはそうだろう。一ちゃんには本当に、沖田さんが見えてなかったんだから。
「今ここに沖田さん居るの、気付いてないでしょ?」
「え、」
私に言われた一ちゃんは、まさかとでも言うように目を見開いた。
これでもう、確定。
一ちゃんは本当に、沖田さんのことが認識できてない。
「……あーー、うん。そっか」
「確証が持てなかったから、私に言わなかったんでしょ?」
不安要素は少ないほうがいいから。
多分、そんな一ちゃんらしい理由で。
「マスターちゃん。沖田ちゃん、そこに居るの?」
「沖田さんはここに居ますよ、斎藤さん」
「……うん」
一ちゃんの問いに聞こえてないのが分かってもなお、返答した沖田さんに何とも言えない気持ちになる。
沖田さんも何だか困ったような、僅かに泣きそうな……そんな顔だ。
沖田さんには一ちゃんが認識できてるのに、一ちゃんには沖田さんが認識できないなんて。
私もそんな二人はなんだか嫌だなぁ……。なんて。
「あ、そうだ」
「マスター?」
「沖田さん、一ちゃんに触れはする?」
視覚、聴覚が駄目でも触覚は大丈夫かもしれない。
いや、分からないからこその物は試しなんだけれど。
せめてそれくらいは機能しててほしいな、という私の願望もある。
「一ちゃん、ちょっと待っててね」
「えさ、触るって……。手、とかでいいんですか……?」
「うん、大丈夫だよ」
あたふたしたと思ったら、恐る恐るといった風に一ちゃんの手に触れる沖田さんを微笑ましく思ってしまう。
うん。沖田さんの方からはちゃんと触れるみたい。
なら、一ちゃんは……?
「一ちゃん、どう?」
「……いやー、びっくり。ホントに、沖田ちゃんここに居んのね」
自分の手を不思議なものを見るようにまじまじと見ながら、一ちゃんがそう言う。
と、いうことは。
「触覚はあるんだ」
「そーみたいだねぇ。何か、変な感じだけど」
まだ沖田さんが握ったままの自分の手を見て、一ちゃんが微かに笑う。
この二人から触覚も消えてなくて良かったな、なんて。
まあ、けど。異常が発覚したからには。
「とりあえず、ダ・ヴィンチちゃんのところ行こっか。一ちゃん」
「まぁ、そうなるよねー……」
心底嫌そうに溜め息を吐く一ちゃんに苦笑する。
それを見て沖田さんもちょっと笑ってるけど、これ一ちゃんは見えてないんだよなぁ……。
「僕、一応1回行ってるんだけどねぇ……」
「え?やっぱり何か心当たりあるの?」
「まぁ、ねぇ……」
何だか聞き捨てならないことを言ったね、一ちゃん?
というかでも、やっぱり。
「あー……沖田ちゃんは一緒に来ないでよ?」
「何でですかーー」
思い出したように付け足されたそれに、沖田さんが抗議する。
とは言っても、一ちゃんには聞こえないから言いながら胸板辺りをポカポカ叩く感じで。
触覚あるって分かってから遠慮なくなったね、沖田さん……。
まあずっと曇った顔してるよりは、こっちの方がいつもの沖田さんらしいし。
「というか沖田ちゃん、地味に痛いんだけど……」
「痛くしてるんですー!」
2人を見てると微笑ましいんだけど、一ちゃんには沖田さんが認識できてないって考えるとやっぱり何だか悲しい。
早く、治ってくれればいいのに。
「とりあえず時間も掛かるだろうし、沖田さんはまた後でね」
「うぅ〜〜」
沖田さんすっごい悔しそうだけど、一ちゃんが色々話してくれないのも困るし……。
何となく、だけど。
沖田さんに聞かれたくないこと、あるんだろうし。
「何かあったら教えるから、ね?」
「うぅ〜〜……。絶対、ですよマスター?」
「ちょっと僕のプライバシーは」
そんなもの知りません何て言って、沖田さんは触れていた一ちゃんの手を離す。
離れた瞬間、一ちゃんの何かに耐えるような顔が。
沖田さんのほんの少し泣きそうな顔が見えて。
ああ、早く元通りの笑ってる2人が見たいななんて。
「……じゃあ、一ちゃん行こっか」
「はいよ」
私室へ帰って行った沖田さんを見送って、一ちゃんへ声をかける。
あとは何、隠してるんだろう。
***
**
「ダ・ヴィンチちゃーん!」
コンコンと扉をノックして、居るであろうダ・ヴィンチちゃんの返答を待つ。
……居る、はずなんだけどな?
いや、中からドッタンバッタン聞こえるから居るな?
「ちょ〜っと待っててね、マスターくん」
「う、うん……」
中で何事が起きてるんだろうか……。
いや、ダ・ヴィンチちゃんだし大丈夫だと信じたいけど……。大丈夫かなぁ……?
暫く待つと、中がシンと静かになりダ・ヴィンチちゃんの「もういいよ〜」との声がする。
うん。さっきまでの音は何も聞かなかったことにしよう。
「一ちゃん、」
返答はなかったけれど、私は先にダ・ヴィンチちゃんの居る部屋へ入る。
「マスターくん、どうしたんだい?」
私にそう聞いてきたダ・ヴィンチちゃんは、続けて部屋へ入った一ちゃんを見て「あぁ、」と納得した。
納得する要素あった……?と思ったけど、一ちゃん1回ここに来てるって言ってたか。
「いらっしゃい。まあ、とりあえず適当に座ってくれたまえ」
「うーんと、ダ・ヴィンチちゃんはどこまで一ちゃんから聞いてるの」
聞いてるのであればダ・ヴィンチちゃん側からの話も、と思ったのだけれど。
「そんなに聞いてないとも。だから、詳しいことはそこの彼に聞くといいさ」
「あーー……。ま、そうなるよねぇ」
一ちゃんがうーん、と唸りそれからいつもの様にへらりと笑う。
「……どっから話そうか」
「え。えぇと……じゃあこれの原因は分かってるのその辺分かってれば」
いきなりこっちに振られても考えてなかった。
いや、だって聞きたいことが色々ありすぎて。
「……こないだブック系の敵のところ行った時あったでしょあれよあれ」
僕ってば、あの時に何か呪い貰っちゃったみたいなんだよねー。なんて。
いや、そんな軽く言われても。だって、
「ブック系、って。でも全部倒した筈じゃ……」
「そーなんだよねぇ。倒したはずなのに厄介な呪いが残ってるわけよ、一ちゃんは」
ブック系の敵から、呪いって。
しかも倒してるのに呪いだけが残ってるなんて。
「帰還したときは、沖田ちゃんの姿も見えたし声も聞こえたのよ。だから気付くのが遅れたんだよね」
ああ、だから。
確証を持ちたかったのかと。
「ダ・ヴィンチちゃん……」
「勿論、可能な限りは調べてあるともただ……」
「ただ?」
「色々と解呪の条件が面倒そうなんだよねぇ……。まあ、言っちゃえば呪いだしね」
流石ダ・ヴィンチちゃん……だけど1言多いよ不安になるでしょ主に私が
一ちゃんは顔色も変わらないし当人なのに
「流石ブック系の敵というか……これ、何てお伽噺かなぁ」
「お伽噺?」
「そう。……大切な人が認識できなくなる呪いだよ。オマケに解呪方法も今のところはお伽噺みたいでね」
サラリとダ・ヴィンチちゃんから凄い情報落とされた気がする。
大切な、人。
一ちゃんが沖田さんを心配してるというか、大事にしてるというかそういうのは知ってたけど。
いざそれを聞くと何だか……。
「人数が1人だけだったのは正直助かっちゃったけどね」
まあ、それは確かに……。
なんて、ダ・ヴィンチちゃんの話を聞きながら考えてしまう。
確かにこれで他にも認識できませんー、は大変だっただろう。
当人たちの精神的にも、きっと。
「で、方法は一旦おいとくとして。面倒なのが、彼女に解呪の方法を教えちゃダメなことかな」
「え」
「……ま、教えられたところでどうにもならんと思うけどね。僕は」
何でそんなに後ろ向きな。
とは考えたけれど、さっきダ・ヴィンチちゃんがお伽噺って言ってたな?と思い何となく察した。
確かに人の感情をどうこうするなら私達には無理だ。
仮にやれるとしても決してやりたくはないものだけれど。
「さて。さっきから百面相してるマスターくんも、何となく気付いたみたいだけれど」
……たぶん、百面相はしてなかったと思うよ……?
確かにちょっとぐるぐるはしてたけど。
……一ちゃんは、このあと言われることも分かってるみたいに表情も変わらない。
でも、いつもみたいに笑ってもない。
「今回の呪い。自分が、向けてるものを相手からも向けてもらわないといけない」
「……と、いうと」
「分かりやすく言うなら、恋情を向けているなら恋情を。友情を向けているなら友情を、親愛なら親愛を……って感じかな?」
「大切な人って一言でいっても幅が広い……」
“大切な人”の定義が広すぎるよ、これ。
本当に対象が1人で命拾いした気がする。
かかった一ちゃんと、その対象の沖田さんはたまったものじゃないだろうけど。
話を戻して、現状分かっていることといえば。
一ちゃんが沖田さんに向けてる感情を、沖田さんからも一ちゃんに向けてもらうしかない。
しかも沖田さんにはこれを教えられもしない……ということ。
そして、それよりも大切なことが1つ。
「……そもそも一ちゃんって、沖田さんのことどう思ってるの?」
一ちゃんの本音が聞けなければ、2人はずっとこのままだ。
そんなのは嫌だけど、かと言って無理矢理聞き出すこともしたくない。
なら、どうしたらいいだろう。
「……マスターちゃん、それって言わなきゃ駄目?」
「言いたくないなら、無理に聞き出したりしたくないけど。……でも今みたいな2人見てるの、私は嫌だよ」
だって、2人共ちゃんと笑ってない。
沖田さんも一ちゃんも寂しそうで、泣きそうで。
「……2人が、寂しそうに笑ってる今は嫌だよ」