変わらないもの意味が分からない。
僕は溜息を吐き出した。
今日は10月14日。
当たり前だが、昨日は10月13日だった。
そして何の因果か、その2日間は自分の標的である沢田綱吉と、その家庭教師であるアルコバレーノ、リボーンの誕生日が続いていたらしいのだ。
リボーン、沢田綱吉、の順で。
そしてどうやらそのたった1日の差を利用して、リボーンは年功序列だのと訳の分からない理由をつけて、沢田綱吉を強制的に鍛えようとしていたらしい。
よりにもよって彼の誕生日である、この10月14日に。
そうとはつゆ知らず、並中に来た僕が見たのは、誰もいない校庭で必死の形相でリボーンからの銃撃から逃げ回る沢田綱吉の姿だった。
思わず呆気にとられて、うさぎのように跳ね回って逃げる彼を見ていると、がむしゃらに向きを変えた彼がこちらに接近してきたのだ。
この六道骸ともあろう僕が、一瞬対応が遅れてしまった。
気がつくと自分の胸から下あたりまで鈍く物がぶつかる衝撃がドン、と伝わる。
視線を下に下げていけば、綿菓子のようにふわふわした茶髪と、「えええ!?骸!?」と汗をかいて上気した彼の赤い顔。
迷彩色のシャツに埋もれるようにこちらを見つめる目が、驚愕で大きく、大きく開いていった。
何か言おうと口を開けば、途端にズガガガッと空気を切り裂く音が僕達に襲いかかった。
チュンチュン、と鉄が飛び回りたまにチッと髪や衣服をかすっていく。
その音に怯えた彼が「なぁぁぁぁ!」だの訳の分からない悲鳴を上げたと思うと、がしり、と僕の手を握った。
「とりあえず逃げよう、骸!」
そう言うと彼は、前のめりになるようにして僕をグイ、と全力で引っ張っていった。
いえ僕にお構いなく…と言おうとした矢先に僕のすぐ横のレンガ塀がパン、と勢いよく砕け散った。
目の前で茶色の破片が夕焼けの中キラキラと舞い踊る風景に、僕は諦めて自分の手にすっぽり収まる小さな温もりに身を委ねて走った。
人目のある場所ならリボーンも発砲しないはず、という彼の言葉に従って電車やバスを乗り継いで逃げて、たどり着いたのは何故か科学館の前だった。
ちょうど修学旅行で訪れていた他学校の学生も多く、ひとまず人混みに安堵した彼が中に足を踏み入れる。
「…アルコバレーノは何故あんな真似を?」
走り疲れてソファーに座り込む彼に問いかければ、襟をパタパタと動かして扇いでいた彼がこちらを見上げた。
「…今日がオレの誕生日、だから…?」
「…ああそうなんですか。おめでとうございます」
興味がない、という風にぶっきらぼうに言っても彼はありがとう、と言ってホワホワと笑った。
夕焼けに、彼の髪が赤い光を弾いている。
まるで額に炎を宿す彼を見ているようで僕は思わず目を細めた。
「…それで?誕生日だから何だって言うんです?」
「んーと、確かボンゴレのボスになるなら、将来誕生日パーティでの襲撃に備えろって。さっきのはその予行練習だって…」
「…相変わらず意味が分かりませんね、君の教師は」
「オレも嫌だって言ったんだけどリボーンのヤツ、全然オレの言う事聞いてくれなくてさー」
もう足が動かないー!と叫ぶとパタ、と彼はそのままソファーに体を投げ出した。
「…そして肝心なところで不用心なんですね。今目の前にいる僕こそ、君の脅威になり得るのでは?何故僕と逃げたんです?」
威嚇のつもりで三叉槍を空中から取り出し構えても、彼はそのまま姿勢を崩さずチラ、とこちらを見てんー、と唸っただけだった。
「なんか、骸は一緒に逃げてくれる気がしたんだ」
「…お得意の超直感ですか」
「…たぶん?骸は大丈夫だって思った」
現に今までずっと一緒に逃げてくれたしな、と彼はまたホワホワと笑った。
どうしてやろうか考えあぐねていると不意に彼は、あ!と叫び体をガバリ、と起こした。
「骸!ここ、プラネタリウムやってるって!」
「…は?」
「あと10分で始まるって!ついでだから見に行こう、骸!」
ほら物騒な槍はしまって?と彼は僕の袖を引っ張ってニコニコと笑う。
威圧するつもりで睨むも、彼はキラキラと瞳を輝かせて僕を見詰め、執拗に袖を引っ張る。
「せっかく今日はオレの誕生日なんだからさー。ちょっと付き合って!」
「ちょ、袖を引っ張るな!伸びる!」
「あ、ほらあと5分だって!ほらほら!」
「…あ、こら槍を返しなさい!勝手に取るな!」
「じゃあ、これ見たらお前と戦うから!」
お願い!と彼は勢いよくパン、と両手を合わせた。
敵であるはずの僕に両手を合わせ懇願する姿に、ボスの威厳なんてあったもんじゃない。
それとアルコバレーノがここまで追ってこないという確信もどこから湧いてくるのか分からない。
お気楽すぎる。
そう思い興ざめした僕は溜息をついて槍を消した。
そしてプラネタリウムの内部に入り、冒頭に至る。
修学旅行生達とは入れ違いになったようで、中の席はガラガラに空いていて僕達は一番真ん中の席を陣取った。
席に腰を下ろし、チラと隣を見る。
彼はと言えば限界まで頭を上に向け、大きいんだなー、だの広いなー、だの呟いて完全にプラネタリウムに見入っている。
敵であるはずの僕と並んで座り、急所であるはずの喉元が無防備に僕に晒されている。
僕は何度目かになる溜息を吐き出す。
本当に意味が分からない。
彼も、そしてのこのこついて来てしまう、この僕も。
肘掛に肘を置き、頬杖をつく。
並盛の方向はどっちだろう?と彼はいちいち笑いながら言う。やかましい事この上ない。
色々と彼には聞きたい事があったのに、口をついて出てきたのは結局当たり障りのない質問だった。
「…君ねぇ、何だってそんなにプラネタリウムにこだわっているんですか」
「オレ、今までプラネタリウムって入った事なかったんだ。だから、どうせ後で帰ってリボーンに怒られるなら、せめて今プラネタリウム見てから帰りたいって思って」
あれで映すのかー、と彼は球体の機械を楽しそうに見つめる。
「今日が君の誕生日だというのなら、せめて君の友人と見ればいいものを」
「まーまー。成り行き、成り行き!」
「…敵とこんな暗闇の中で過ごそうなんて君、随分と図太い性格になりましたね」
D・スペードと戦った時も僕の体を遠慮なく殴ってましたよね、と皮肉を続けようとすると不意に彼はポツン、と呟いた。
「…だってオレ、骸とも仲良くなりたいんだ」
「…は?」
予想外の言葉に思わず間抜けな声を出すと、彼は上を見るのを止めてようやくこちらを見た。
夜空のように落ち着いた彼の瞳が僕を貫く。
「…たくさんの事件を乗り越えて思ったんだ。今に、こんなに怖くて辛い事が続くと、オレは変わらずに今のオレのままで居られるか分からないって」
変わりたくはないけど、と悲しそうに彼は目を伏せる。
「リボーンにどやされてさ、獄寺君や山本とふざけあって…たまにお前とも会って。そんな風にオレが笑って過ごせる生活があとどれくらい残されてるのか、オレにも分からない。」
こちらを見つめる彼の顔が、すこし緑がかった。
スクリーンで非常口の説明をしているのだ。
逃げるならこちらへどうぞ、と。
そんな光を遮るように手を翳して彼は続ける。
「だから何ていうか…今の内に骸ともちょっとでも仲良くなっときたいなーって。
いつオレが、お前の嫌うような人間になるか分かんないから、オレがマフィアでない今の内に、お前の事ももっとよく知りたいって思って。マフィアになったら、オレはお前の事を何も理解しないままお前と敵になるかもしれないだろ」
「…今現在、僕と君が敵対しているとは考えないんですか?」
「え?してるのか?」
疑問を疑問で返す会話になんと答えたらいいのか分からずにいると、周囲がゆっくりと薄暗くなっていった。
途端今までの静かな雰囲気は何処へやら、彼はあ、始まる!とはしゃぎ、僕から目を逸らし正面を向いて椅子に深く座り直した。
「…ずっと昔から変わらない星空を巡る旅、だって。素敵な言葉だね、骸」
アナウスに相槌を打つようにして彼は静かに微笑んだ。
次第に周囲が闇に塗り潰されていく。
ねぇボンゴレ。
変わらない夜空の星だって、いつか死ぬのでしょう?
それも光り輝く存在であったはずの星は、最後は周囲の物全てを飲み込む闇になって。
己の周りにある全ての物の存在すら許さず、ただひたすらに全てを己の中へと取り込んでいくだけの、そんな悲しい存在へと変わって。
…悲しい?何が?
何故僕は、たかだか星の最後の話にこんなに感傷的になっているのだろうか。
-…それではここからプラネタリウムの暗闇に目を慣らすため、10秒数える間だけ目を閉じて下さい…-
我に返り暗闇の中、隣に座る彼を再び見ると、彼は馬鹿正直にアナウスの声の言う通りにそっと目を瞑っていた。
…僕はマフィアである君を好いてなんかいない。
ただ、今のように馬鹿みたいに素直な君を失うのは、少しばかり惜しい気もする。
薄汚れたこの世界で温かい炎を灯し仲間の為に己の道を突き進む彼は、まさに周囲を照らす恒星そのものだ。
いつか、その信念の光すら星と同じように消えてしまうのだろうか。
今僕の目の前で無防備に人を信じて目を瞑る君も、いつかは。
そう思うと、君の姿から目が離せなくなって。
そして次の瞬間、僕は唇に伝わる妙に柔らかな感触に目を見開いた。
目の前には目を閉じている彼の顔。
重なったのは僕と彼の唇。
初めは目を瞑っていた目の前の彼も、今は薄暗闇の中でも分かるほど目を見開いていた。
きっと顔は真っ赤に染まっているに違いない。
慌てて唇を離すと彼の唇から温かな吐息と、むくろ、という小さな声が漏れた。
驚きで漏れた彼の溜息は熱を帯びていて、妙な色気があった。
近すぎる彼の距離と掠れた声に、今更ながら自分の心臓が激しくバクバクと脈打つのを感じた。
僕は今、彼と何故キスをした…!?
ただ目を瞑る彼を見ていただけだったのに、まるでそうするのが当たり前のように、僕は身を乗り出して彼と唇と唇とを合わせていた。
-今この空に見えている夏の大三角形は、あの有名な彦星、織姫の恋人達の星座から出来ています…
闇の中、星ではなく互いを見つめ合う僕らの背後ではアナウンスが変わらず流れ続けていた。
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