ジェトヴァニ没ネタふたつ(ボツその1)
「――ッ!」
ヴァージニアが急にぴんと背筋を真っ直ぐにする。それから彼女は背負っていた荷物を地面に置いて、一目散にどこかへと駆けていった。
「なッ!おま、どこ行くんだよッ!」
ジェットが叫ぶと、遠くから声が聞こえて来る。
「そこに魔獣に襲われてる人がいるわッ!」
「はあ!?」
そのやり取りをしていた僅かの間にヴァージニアの姿が小さくなっていく。
「チッ、くそ、うんざりだな……ッ!俺が追いかけてくから、お前らは荷物の方を頼むッ!」
「ええ、わかりました」
「リーダーを頼むぞ!」
クライヴとギャロウズを背に、ジェットは荷物を適当に放り投げた後、アクセラレイターを使いながらヴァージニアを追った。
銃声を何度か聞きながら辿り着いた場所では、ヴァージニアが数匹の熊型魔獣を相手にしていた。ジェットはひとまず加速した勢いのまま、自分に一番近い位置の魔獣の背中に蹴りを入れる。
「ジェット!」
ジェットは嬉しそうな声をあげるヴァージニアを一睨みしながら地面に着地し、アガートラームを構えた。
「あの人無事で良かったね」
魔獣を倒した後、ヴァージニアは上機嫌にジェットにそう話しかけた。
「大した報酬は貰えなかったけどな」
「誰かの命が助かったことが何よりの報酬でしょう?」
「……うんざりだぜ」
ジェットは大きく溜息をつきながら歩く足を速めた。
(コイツ、ほんとこの類の無茶が直らねえな。大人しさって概念をどっかに忘れてきたのか?)
無茶ばかり、迷惑をかけてばかりのメチャクチャな女。
一緒にいるとイライラしてばかりで、金も全然手に入らなくて良いとこなし。
好きになったのならイライラしなくなるのかとジェットは思っていたのだが、どうやらそれはそれ、これはこれで変わらないらしい。
(……本当にこれは『好き』で合ってるのか?もし本当にそうだったら自分の正気を疑うレベルなんだが)
そもそも『好き』とはなんなのか。
彼女が特別だという自覚は彼にもあるのだが、どういう特別なんだろうか。特別に世話の焼ける奴、とかそういう意味なんじゃないんだろうか。
「ジェット、ジェット」
「なんだよッ!」
つんつんと背中を突かれたジェットが振り向くと、ニコニコ笑顔のヴァージニアがそこにいた。それに彼は若干たじろぐ。
「さっき助けてくれてありがとッ!ジェットがいてくれて良かった」
「…………」
どうしてたったこれだけの言葉が、これ程までに嬉しいのだろう。さっきまで散々迷惑を掛けられて、イライラしてたはずなのに。
きゅうう、と不思議に胸が締め付けられるような感じがして、ジェットは胸を押さえた。
*****
(ボツその2。初キス話の元になった奴です。ので一部同じ文があります)
ふと、ヴァージニアの頬に冷たい感触があった。驚きつつその冷たさの元を探すと、ジェットの左手の指先が自分の頬に触れているのが見える。
「ねえ、ジェット。手、冷えてるんじゃない?寒いの?」
「冬なんだから手くらい冷えるだろ。野宿で冷たい風にさらされてる時よりずっとマシだ」
「ああ、確かに。そういう時、たき火の温かさがものすごくありがたいのよね」
密着と呼んでいい程に距離が近いのに、二人は至っていつも通りの会話を交わす。それは【とくべつ】を【いつも】に戻そうとするような、抵抗の一種だったのかもしれない。
きっと、これ以上先に進むともう戻れなくなってしまう。互いが特別であることをけして認めていなかったあの頃には、もう戻れなくなってしまうのだ。『それ』は目の前のこのひとが自分にとって特別な相手だと認める行為なのだから。
ヴァージニアは頬に触れた指が震えていることに気が付く。それがけして寒さによる震えではないことはよくわかっていた。
彼女がジェットと恋人になると決めた時、彼が口にしたのは「いいのか」という問いかけだった。
「いいのか」。自分が相手で。唯一の存在が自分で。こんな、人に造られた、単なる人形で。……それで、いいのか。
「うん。あなたが、いいんだよ。わたしはね、あなたがあなただから、一緒に想い出をつくっていきたいと思っているんだよ」
そう返した時の、彼の泣きそうな、けれど嬉しそうな、張り詰めていたものがくしゃりと崩れていく表情をよく覚えている。