家族割、はじめました とあるARM工房に、ギルドから一通の手紙が届く。
内容は『ギルド加盟工房にて、家族割キャンペーン実施のお知らせ』。
なんでも、若い世代が「ギルド加盟の工房は複雑な注文に対応してくれないイメージがある」とのことで、ギルド加盟工房の利用に慣れている親世代との来店を機にそのイメージを改めることを期待しているとか、なんとか。
――面倒だが、ウチもギルドに加盟しているんだ。大人しく従うしかないね。
少々強面、ARMより素手で戦う方が強そうと評判のARMマイスターは、とんてんかんてん日曜大工で見た目に似合わぬちょっとカワイイ文字の刻まれた看板を作り出した。
『家族割、はじめました』
さて――このファルガイアという世界は、悪化し続ける環境の過酷さもあってか、ちょっぴり(時にはスッゴイ)悪な人間で溢れている。
相手の隙は儲けるチャンスだと思え。
まあ、そんな治安の悪い考えの渡り鳥の多いこと、多いこと。
そんな彼らの前に『家族割』なんてモノを出したらどうなるか?
「に、にーちゃん、俺のARMも強くなるかな!?」
「モチロンよ、弟ッ!にーちゃんもお前くらいの時にはだな……」
答えは、『ちっとも似てない家族が店を訪れる』である。
……まあ、つまり、偽家族が大量に店を訪れたのだ。
腕っぷしが強いと評判のARMマイスターも彼らが本物の家族ではないことは分かっていたけれど、元々家族割なんてイマイチ乗り気じゃなかったし、目の前で繰り広げられるお笑い偽家族劇場が愉快だったし、
「俺から見て、家族っぽければ良しとしてやろう」
そんな、ギルドが聞けば「そういうことじゃないんだけど……」としょげそうな方針を取ることに決めた。
そんなARM工房のある街を訪れたヴァージニアご一行。……の中の、ちょっぴり悪よりの少年、ジェット・エンデューロ。
彼はそんな工房の噂を聞き、
「成程。こいつはいい節約になりそうだ。丁度ARMに手を入れたかったところだしな」
と興味を持った。
しかし、家族割をするには当然家族となる人物が必要だ。誰かに家族役を頼まなければならない。
だから、ジェットは考えた。
(他の奴らだと何をしでかすかわからねえ。なら、あいつに頼むしかないか)
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「僕に?あまり適役ではないと思いますが……」
ジェットが男性陣の部屋にてひとり読書をしていたクライヴに家族割のことを話すと、そんな気乗りしていなさげな答えが返って来た。
「家族のフリをするとして、兄役です?父役です?どちらも僕とあなたでは見た目的に少々適していないように思いますけど」
「それは俺も分かってる。でも、残り二人をあてにしてみたところで、うんざりな結果は目に見えてるだろ。あいつらがマイスターにうまく隠し通せるとは到底思えねえ」
「それは。……そうかもしれないですね」
クライヴはジェットの言葉に苦笑した。きっと、イマイチ隠し事がうまくないリーダーとムードメーカーがマイスターの前で盛大に失敗する図を想像したのだろう。
「この際、駄目元だ。うまくいけばよし、うまくいかなかったら素直に諦めればいい。試して損することはないだろう」
「成程。一理ありますね。……で、じゃあ、僕は何役をすればいいですか?」
「……まあ、……父役だろうな」
ジェットの頭に浮かんだのは、ハンフリースピークの自宅でケイトリンを抱き上げるクライヴの姿だった。ジェットには家族というものはよくは分からなかったが、あのクライヴの姿が『父親』というものなのだろう、ということはなんとなく理解出来た。
「いくらなんでもこんなに大きい子どもがいる年じゃないですけどねえ」
「思ったより年取ってるってことでいいだろ」
「……若く見えるとか、もう少し良い言い方をしてくれませんかね」
クライヴが口の端を引きつらせながらそう言ったのに対し、ジェットはぷいと顔を逸らして返す。クライヴはそんな彼を見て溜息をついた後、膝に置いていた本をぱたんと閉じて机の上に置き、立ち上がった。
「まあ、いいです。僕が父親、あなたが息子ということで。ケイトリンのお兄さんになりますかね。ケイトリンが兄弟を欲しがっていたので喜びそうです」
「別に本気でお前の息子になる訳じゃないんだが」
「そう思い込むくらいじゃないとうまくいきませんよ。ああ、それと、息子なら僕のことを『お父さん』と呼ぶんですよ。……まあ反抗期の息子として呼び捨てでもいいかもしれませんけど、呼び方を変えた方が説得力があるでしょう?」
「なッ!?」
一言言ってやろうとジェットは口を開くも、クライヴの笑顔の圧にたじろいでしまう。お前が言い出したんだろ、という声が聞こえて来た気がして、そして実際その通り過ぎて、ジェットは発するつもりだった言葉を失ってしまった。
「はい、……はい。そうです。僕の息子の分のARMの改造もお願いしたく」
ARM工房にクライヴと共にやってきたジェットは、壁に背を付けてマイスターとやり取りをするクライヴを後ろから見ていた。経験上、こういったやり取りはジェットがやるよりも話し上手な三人(うち二人は単にお喋りなだけだとジェットは思っているが)に任せた方が話がスムーズに進むので都合が良い。だから彼は手持ち無沙汰にぼんやりとしていたのだが、
「ほら、ジェット。……あなた、何ぼうっとしてるんですか」
そこに急に話を振られたせいでジェットは動揺し、慌てたあまりに傍にあった棚にがつんと肘をぶつける。流石にこれくらいでどうにかなりはしないのだが、彼は地味に効いてくる痺れに思わず唇にぎゅっと力を込めた。なんとか痺れに耐え切った彼がクライヴの方を見ると、彼は明らかに呆れを顔に浮かばせている。
「何をやっているんですか、まったく……。大丈夫ですか?」
ジェットは気恥ずかしさからクライヴの問いには答えを返さず、壁から背を離しすたすたと彼の横に並び、カウンター越しにマイスターと相対する。
「それにしても似てない父子だね」
マイスターの鋭い眼差しがジェットとクライヴに突き刺さる。その視線には明らかに疑いの意図が含まれていた。
「この子は母親似なんですよ」
クライヴは平然とそう返し、それからジェットに向けてアイコンタクトを送ってくる。
『呼び方を変えた方が説得力があるでしょう?』
ジェットの頭にクライヴの言葉が蘇る。これはつまり、呼び方を変えろということだろうとジェットは判断した。なんだか慣れないと思いつつ、しかしジェットは合図のままに口を開いた。
「お父、さ……」
けれどすぐに彼はぱたんと口を閉じ、もう一度開けたかと思えば今度は
「……親父」
目を逸らしながらクライヴをそう呼んだ。
瞬間、クライヴはぶはっと噴き出してしまった。それにジェットが呆気に取られていると、クライヴは笑いながらジェットの頭に手を伸ばし、そのまま軽く撫でだす。
「昔みたいにお父さんとは呼んでくれないんですか?」
彼はからかうように存在しない想い出を堂々と言い放ち、またひとつ笑いを零す。ジェットはたちまち表情を不機嫌に染め、むすっと口を曲げた。
そんな二人の様子を見ていたARMマイスターは楽しそうに告げる。
「わかるぞ、少年。俺もそのくらいの頃から親父を親父と呼ぶようになったもんだ」
どうやら二人のやり取りは、偶然にも彼の想い出に思いきり突き刺さったらしい。
「すっかり生意気に育っちゃって……。困っているのですよね」
クライヴの言葉をキッカケに、ARMマイスターとクライヴは生意気な息子についての話で盛り上がってしまった。あまりにもクライヴがごく自然にお父さんの態度をするためにARMマイスターも疑うことなく家族割を適用して無事にジェットの当初の目的は果たされたものの、いつまでも反抗期のトゲトゲ少年の話が続くこの場がいづらすぎて、ジェットはただただ疲れた息を吐くのであった。